監禁されたんだが
――その犯行に、特に計画など必要なかった。
夜リビングのソファーで寝ている俺を、魔術の発動を阻害する魔道具で縛り上げる。
ただそれだけだ。
「……」
俺は今、アリサの部屋のべッドに横になっている。
両手両足に枷を嵌められ、目隠しを付けられながら。
(――何だこれは。どんな状況なんだ?)
確かに昨晩はリビングソファーで眠ったはず――。
――ギィィィ。
「……!」
扉が開く音がした。
(アリサか?)
誰かが俺の元まで近付くとそっと俺の耳元で囁く。
「おはよう、えどがぁー♡」
その蠱惑的な、いつもよりずっと甘ったるい声に恐怖を感じて、俺の背筋はびくり、と震えた。
「――ふふ。起きてたのね、エド。ちょっと窮屈かもしれないけど、我慢してね。あと、エドのお世話は私が見てあげるから心配しないでいいわよ」
――すす……。
アリサの指が頬を伝う。
愛おしそうに、その感触を確かめるように、そして俺の口元まで辿り着くと、今度は俺の唇をなぞり始めた。
そんなアリサの様子に混乱しながらも、俺は頭を回転させる。
(――アリサが何を考えているかを知らなくては)
「アリサ、これはどういうことだ?説明してくれるか?」
できるだけ優しく語り掛ける。
(今のアリサは様子がおかしい。慎重にいかなくては……)
アリサの指は俺が話している最中でも俺の唇から離れない。
「エド、あなたって私がずっと傍にいてあげないと、すぐ死んじゃいそうになるから」
すっとアリサが俺の頭を抱き締める。
「だから一生、エドの側にいることにしたの。
大丈夫、心配しなくていいよ。
エドは私が養ってあげる。一生守ってあげる。
エドは悪い子だもんね、わたしがしっかり面倒見てあげるね」
アリサの甘い囁きは、俺の脳髄まで溶けてしまそうになる。
(――だめだ、全く俺の話を聞こうとしない!)
「アリサ、いい子だから俺を開放するんだ。今までみたいに二人で朝ごはんを食べよう?」
オーバーヒートしそうになる脳を何とか働かせ、俺はアリサを説得しようと試みるが――。
「あぁ……エド、おなかが空いていたのね。わかったわ、食べさせてあげるから少し待っててね」
アリサは嬉しそうにそう言うと、パタパタとどこかへ行った。
それを耳にした俺は、その隙に魔術を使い脱出しようとするが、魔術自体がうまく使えない。
(この枷のせいか?)
おそらくこの枷は俺を召喚した時に使っていたものだ。
俺を縛り付け、逃げないようにする枷。
今のアリサは俺を召還した時と同じような、俺を信じられない状態になっている可能性が高い。
俺を召還した時は初対面から来る不安があった……のだろう。
今は俺に対する不信感。恐らく昨日の実験で俺が暴走してしまったことが原因だ。
アリサは昨日言っていた。
俺を失うのが怖い、と。
(俺が何とかしなければ――)
あの少女に寄り添ってあげられるのは俺しかいないのだから――。
――パタパタ。
廊下を走る足音。
アリサが戻ってきた。
「エド、朝ごはんを持って来たよ!じゃ、起きて壁に寄りかかってくれる?」
「わかったよ、アリサ。でも体勢がきついな。せめて足枷だけでも外してくれないか?」
一縷の望みをかけて俺は言う。
「ダメよ」
それまでの甘い声は一転――逆の意味で背筋が震えるような低い声で、アリサは冷たく言い放つ。
それには俺の自由を許さないという、絶対の意思が込められていた。
「ふふ……エド?だめよ、これはおしおきなんだから。そんなこと考えたらいけないでしょ?」
(思考を……読まれてるのか?)
ぞくり、と背筋が震えた。
「そんないけないことを考えるエドにはもっとお仕置きが必要ね――」
それを俺が耳にした時。
――ちゅ。
アリサは俺の頬にキスをした。
「どう?世界中から疎まれる、こんなに醜い私のキスは?これに懲りたら、もうわがまま言っちゃだめよ?」
アリサは俺の頬を丁寧にぬぐう。
(――何をアリサは言っている?アリサが疎まれる?なぜ?こんなにも綺麗な少女を醜い?)
「何でアリサが疎まれているんだ?俺はアリサが醜いとは思わない。しかもアリサは偉大な魔導士なんだろう?」
それを聞いたアリサの掌が、ぶるり、と震えた。
「それだから、私はあなたを……」
「……アリサ?」
「……いいから、ごはんにしましょう。私の愛しいエドガー」
――アリサは俺に飯を食べさせ終えるまで一言も話さなかった。
***
食事を終えると、アリサはベッドで俺の隣に寝ころんだ。
そして、俺の目隠しも外してくれた。
二人で一つの狭いベッドに寝ころび、同じ天井を見上げている。
「……」
「……」
俺達はお互いに何も話さない。
アリサが俺を抱き締める。
そのまま俺はじっとしている。
無言。
沈黙を共有する。
俺達は足りない何かを埋め合うように、ただ、寄り添っていた。
それはお互いの傷を舐め合う獣のようだった。
アリサは飯の時間になるとすぐに食べれるものを用意し、身動きが取れない俺にちょっとずつ食べさせた。それに、当然トイレ、風呂にもアリサがついてきた。
枷のついたままできる範囲内でやろうとはしたが、風呂場なんかではほとんど自分を洗えず、かなりアリサの手を借りた。
……しかし、それ以上のことは何もない。
そんな雰囲気でもなかったしな。
いざ監禁されたとなると、案外することも話すこともなく、お互いに無言。たまに簡単な言葉を掛け合うだけ。
何かあるとすれば、たまに、『エドガーは永遠に私のモノ……あなたは私なしでは生きられないのよ……』と俺の脳内に刷り込むように呟き、俺を強く抱き締めるくらいだ。
そうこうしているうちに、三日が経った。
……特に問題はなかった……と思いたい。
***
そして監禁生活3日目の夜。
「……エド、やっぱり枷も外してあげましょうか?」
アリサの部屋に月の光が差し込んでいる。
アリサはそれを一身に浴びながらそう言った。
「いや、いい。アリサが外したくなったら外してくれ」
俺はその提案を断る。
これは、枷のあるなしの問題ではないのだ。
俺とアリサの間の問題だ。
「どうして?」
「……気になるか?」
不思議そうに俺を見るアリサに、そうだな、と言って俺は軽く笑う。
「……代わりにアリサのこと、教えてくれないか?俺の知らないアリサの事」
俺に寄り添っていたアリサが、ぎゅっと俺の服を握った。
「アリサのことを、俺はほとんど知らないんだ。
前に言ったよな、満月の夜。アリサは、俺を愛してるって」
アリサはゆっくりと俺の上にまたがる。
「ええ、言ったわ」
アリサはそのまま顔を俺に近づける。
二人の唇はあと少しで触れ合いそうだった。
「――それが、どうしたの?」
じっとアリサは俺を見つめた。
「その気持ちは変わってないか?」
「当たり前よ」
アリサは強い口調で言う。
「私はあなたを愛している。この気持ちは絶対誰にも邪魔させないわ。あなたにさえ」
目がすっと細まる。俺に二言は許さない、と強くアリサは言う。
そして、俺もまた、言った。
「……俺も、アリサを愛したい」
アリサの視線が俺の視線と絡み合う。
「アリサ、俺もお前を愛している」
「……ッ!」
アリサは信じられないというように、じっと俺を見つめた。
「……どうして?エド?私はこんなに醜いのよ?」
アリサは自嘲気味に言う。
「この体だってそう。心もそう。異世界から来たあなたは知らないと思うけど、この白髪、赤眼の見た目の私と、まともに私と話してくれる人なんてこの世界にはいないわ。この見た目のせいで、誰からも迫害されてきた。親からさえね」
唇を噛みしめるアリサ。
――でも、俺はそうは思わない。
「心だってそう。愛している人にさえこんなひどいことをした。いや、している。
……卑しいの、私は。あなたを私のものにしたい、私をあなたの物にして欲しい」
アリサは
「エド……私、止まらないのよ。日に日に膨れ上がっていくの。この濁った気持ち。
こんな醜い私のどこを愛してくれるっていうの……!」
「――醜くなんてないさ」
――アリサは綺麗だ。俺達が初めて会った時からずっと。
「他人がどう思おうかは知らない。だけど俺はアリサの髪がきれいだと思うし、その眼はいつまでも見ていたいと思う。アリサはどう思っているかは関係ない。
俺はアリサが甘えてくれるのを心の底からいやだと思ったのは一度もない。俺はアリサと一緒にいる時間が好きだよ」
アリサの眼から涙が零れ落ちた。
「――アリサ?」
アリサは首を横に振る。
とても辛そうで、悲しそうで、でも嬉しそうなその顔を両手で隠しながら泣いていた。
「……エド」
「……アリサ」
「……エドガー、あなたは私を愛してくれるの?」
「ああ」
「……こんな醜い私を?」
「君は美しい」
「……こんな卑しい私を?」
「君は俺を愛してくれた。」
「……私はあなたを愛していいの?」
「ああ、人は愛されることに飢えてるんだ。当然俺もな。どんどん愛してくれ」
俺は若干おどけて言う。
「……ばか」
アリサは手をどけて、顔を見せた。
彼女は、笑っていた。
「なぁ、俺じゃアリサの弟子、失格か?」
「……当たり前でしょ、失格よ」
アリサの顔が俺に近づく。
――ちゅ。
キス。
しょっぱい味がした。
「……あなたみたいなお馬鹿さんは私の弟子失格よ――せいぜい恋人止まりね」
アリサは涙を流しながら、笑っていた。
それは今まで見たアリサの中で、一番輝いて見えた。
***
それから俺は枷から解放されると、庭でアリサと長い長い話をした。
アリサが今まで見た目を理由に虐げられて生きてきたこと。
アリサの師匠のこと。
師匠が死んで寂しくてたまらなかったこと。
誰かに傍にいてほしかったこと。
そして俺を好きになったこと。
俺も話した。
子供の頃のこと。
本当の親が死んで、引き取られたこと。
父親のこと。
母親のこと。
父親がいなくなった時のこと
母親が死んだ時のこと。
それからの一生懸命生きた俺のこと。
俺達は満月の元、お互いのすべてを語り合った。
時には失敗談に笑いながら。
時には不幸に泣きながら。
今までの俺達に足りなくて、でも必要だった時間が、確かにそこにはあった。
俺達はやっとこの日、家族になれたんだと思う。




