事故なんだが
ドラゴンを回収した次の日。
いつものように朝飯を食べた後ソファーに横になっていると、白衣を着たアリサはソファーの前でぐっと腰に手を当てて不敵に笑う。
「ふっふっふ……今日からドラゴンの素材で研究を始めるわよ。こんな素材を扱うのは久しぶりだし、やる気が出てくるわね!もちろんエドにも手伝ってもらうわ!」
首だけアリサの方を向ける。
「……俺は何も知識とかないぞ?手伝うことなんてあるのか?」
「大丈夫よ、というかエドのための研究でもあるんだから、いてくれなきゃ困るわ。早速行くわよ!」
とアリサは俺の手を掴むと、動こうとしない俺をずるずると納屋まで引き摺っていった…。
***
納屋についた俺は、ドラゴンの死体の頭、翼、胴体それぞれの大きさに圧倒される。
(……よくもまぁこんなもんに勝てたもんだな)
「エド~!こっちよ!」
アリサが手をぶんぶんと振っている。
それはドラゴンの胸のパーツがある辺りだった。
(それにしても今日のアリサは元気だな)
久しぶりの研究で、血が滾っているのだろう。
「ああ、今行く」
俺はぶるり、と体を震わせると、アリサの元へと向かった。
***
「ふふふ……」
アリサはぐしゅぐしゅとドラゴンの肉を切り開きながら、何かを探していた。
それは、傍から見たら異様な光景だった。
20歳にも満たない白髪の少女が、血まみれになりながら肉塊の中心にいるのだ。
そして返り血を浴びた少女の顔には、狂気に満ちた笑みが浮かんでいる。
また、白衣は当然、返り血に染まっていた。
何とも言えない妖しさがそこにはあった。
すると、何か見つけたのか、アリサはこちらを見上げて言う。
「――エド!あったわ!」
アリサの右手には、暗い橙色の宝石のようなものが握られている。
全身血まみれのアリサを横目で見ながら俺は言った。
「それを探していたのか?」
ちなみに俺は、ドラゴンの牙、爪を丁寧に切り出していた。
大きさ、鋭さ、頑丈さともに、武器に使うには申し分ない。
「そうよ。あとは今日の晩ごはん用のお肉を取っていきましょう」
「何の料理だ?」
「――ステーキよ」
思わずごくりと喉が鳴る。
なんと言ってもドラゴンだ。魔獣の王だ。
『ドラゴンステーキ』というだけで想像がどこまでも広がっていく。
その肉は、さぞかしうまいに違いない。
ドラゴン、お前の肉、ありがたく食わせてもらおう。
(……今晩が楽しみだな)
その後肉をブロック状で切り出した後、再びアリサがドラゴンの死体を凍らせると、戦利品を担いで俺たちは研究所に戻った。
***
「その宝石は結局何なんだ?」
アリサと俺は、地下にあるアリサの研究室に向かっていた。
そこに、研究に必要な魔道具が沢山あるらしい。
アリサは俺の方を振り向いて言う。(研究所につくとすぐにアリサはその体を綺麗にしていたため、今も血塗れということはない)
「魔獣のコアよ。魔石と呼ばれているわ。それぞれ属性があって、自分の属性に合った魔石を使えば、自分の魔術が強化できるの」
アリサはその魔石を掲げた。
照明の光が反射する。
「今まで倒してきた雑魚にはなかったが?」
「大型以上じゃないとなかなか結晶化しにくいのよ」
だから貴重なの、とアリサは言った。
大型魔獣は目撃情報も少なく討伐される機会も滅多にないため(遭遇した者のほとんどが死亡しているだけかもしれないが)、魔石の数は非常に少なく、価値も高いとのこと。
そんなやり取りをしている内に、俺達は研究室へ着く。
***
意外なことに、研究室は訓練所と同じだけの広さがあった。
ここで魔法の実験をすることもあり、この広さでちょうど良いらしい。
入り口近くに机が二つ並んでいて、そして部屋の奥には何やらごちゃごちゃと魔道具が置かれていた。
「私の机はこっち、これからエドはそっちの机を使って」
「わかった」
俺は自分の机の上に乱雑に置かれた書類を、机の隅にまとめる。
……ここは以前アリサの師匠が使っていたのだろう。
読むことのできない文字が書きなぐられた紙を眺めながら、そう思う。
俺の読めないその文字はこの世界の文字だろう。
……そう言えば、なぜアリサは日本語を話せるのだろうか?
翻訳の魔道具でもあるのか?
「エド、早速実験を始めましょうか!」
とアリサは言うと、俺を研究室の中心にある広いスペースへと連れていった。
「この円の周りには結界が張れるの。
火属性のドラゴンのブレスすら防御できるほどのね」
部屋の中央には半径20mほどの円が書かれている。
「おっと」
俺が円に入ると結界が発動し、半透明の膜でドーム状に包まれた。
(それにしてもドラゴンのブレスにも耐えられるって……。
普段ここでどんな物騒な実験を行ってるんだ…アリサは…?)
きらきらと輝く結界を見ながら、そんなことを思った。
アリサは結界に入ってきた俺の右手に魔石、左手に水晶を握らせる。
左手の水晶は放出されている属性を示すもので、前に俺の属性を調べた物の小型版らしい。
「さぁ、その魔石に魔力を出してみて!」
「お、おう」
食い気味のアリサに気圧されながら、俺は頷く。
――魔石に意識を集中する。
特に難しくはない。
魔力を放出するだけだ。
魔術のイメージはいらない。
「いい感じよ、エド。その調子」
気付くと、魔石が暗い橙の光を放っている。
左手の水晶も橙色を示していた。
「それなら次は、この砂を固めてみて」
「次は魔術か」
アリサに言われた通り、砂を固めるイメージを作り上げようとする。
普段はそのようなイメージを作らない上、操るものが砂と細かいため難しい。
なんとか俺は、砂それぞれを動かしながら、隙間ないように砂を固めるイメージを作り出し、放出した。
俺の右手の魔石が一際激しく輝く。
砂が少しずつ動きながらも、一か所に集まっていく。
俺は完全に固まり切るまでイメージを維持し続ける。
アリサはいつからかそれを食い入るように見つめていた。
「嘘……できた」
アリサは呟く。
俺の前には一つの砂の塊が出来上がっていた。
「ふぅ……」
俺は額の汗をぬぐうとほっと息を吐く。
(物が細かいせいか疲れるが、なんとかできたな)
呼吸を忘れるほど集中していたのか、俺の息が上がっていた。
「ね、ねぇ、今度はこれを右手にもって?左手の水晶は持ったままね」
「あ、あぁ」
今度はアリサは紫色の魔石を持ってきた。
アリサはいつになく興奮している。
「今度はこれに魔力を出してくれる?」
「わかった」
先ほどと同じように魔石は紫色に輝いた。
左手の水晶は、今度は紫色に光っている。
「……やっぱりそうね。次はエド、炎を出してみて?」
「何言ってるんだ、アリサ?それは火属性の魔法だろ?俺には使えない」
ふふっと俺は笑う。
アリサも疲れているようだ。
……だが俺はそこで気付く。
「なぁ、アリサ、俺は何で、砂を固められた?」
おかしい。俺の属性は『空間』。
それ以外の魔術は俺には使えないはずだ。
だが砂を固める、というのはどう考えても土属性に片足を突っ込んでいる。
つまり、さっき使った俺の魔術は土属性。
「……エド、火属性の魔術をやってみて。
そうしたらわかるはずよ」
アリサは確信をもって頷く。
「……やってみる」
火のイメージ……。
火属性は熱を操り、温度を操作する。
熱とは『運動』だ。
分子の運動する速さでその温度は決まる。
物体の運動ならいくらでも操ってきた。
――なら温度すら操れるはずだ。
――イメージする。
その空間の物質の『運動』を、『熱』を。
イメージが次第に固まってくる。
俺の集中力が高まっていく。
俺は目を閉じる。
俺がイメージするのは分子の運動。
空気中で、酸素が、窒素が、分子が動いている。
そのスピードを上げる。
それから生まれる熱を『操作』する。
アリサは火属性魔法で氷を生み出すのが得意だ。
しかし俺の火属性魔法のイメージは炎。氷を生み出すことより遥かに楽。
俺はただひたすらに分子を動かし、熱を一点に集めるイメージを作り上げる。
さらにそこから生まれる熱をも操作する。
――分子を動かす、速く動かす、もっと速く、もっともっともっと――!!!
――そこからの熱を支配する。操作する。全てを一点に――!!!
「……ド、エド、もうやめて、エド!」
アリサの叫び声に俺は我に返る。
俺の目の前に大きな火球。
アリサの氷ではどうにもできないほどの熱量をそれは含んでいた。
アリサが俺の右手の宝石を奪い取るのと、俺が魔法を止めるのはほぼ同時。
「――エドッ!」
俺の魔法が止まると、即座にアリサの氷が俺達を包み込んだ。
――暑い。
俺の体からどっと汗が噴き出している。
――いつの間に俺は魔法を発動していた?
アリサが俺に縋りつくように泣いている。
「ごめんなさい、エド、ごめんなさい……」
俺は気付く。
俺達の周囲以外の物、結界、壁は殆どグズグズに溶けていた。
アリサは俺達を守ることだけに必死だったのだろう――俺たちがいる場所以外は、ほとんど原型を留めてはいなかった。
「……ああ……エド……」
天井がゆっくりと俺の目の前に溶け落ちるのを見た俺は、混乱のあまり頭がどうにかなりそうだった。




