↓ ↑ページトップへ
表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
PR
31/57

第31話「見えない波を聴く」


「アルト。昨日のあれ、もう一度説明して」


研究所に入るなり、リナが言った。


「昨日のあれ?」


「時計塔よ。街全体を揺らしていた装置。あなた、最後に振動の伝わる関係を切ったでしょう?」


「ああ」


「どうやったの?」


アルトは机の上に置かれた金属球を手に取った。


「例えば、これを振動させる」


指先で金属球を軽く弾く。


チン。


小さな音が鳴った。


「この振動は空気に伝わる。だから音として聞こえる」


「うん」


「でも、金属球を机に押し当てると?」


アルトは金属球を机に触れさせた。


机がわずかに震える。


「机にも振動が伝わる」


「つまり、空気を通る波と、机を通る波があるのね」


「そう。波が伝わるには、何かを通っていく必要がある」


リナは頷いた。


「じゃあ、昨日は塔と街の間にある、その伝わる経路を切った?」


「そういうこと」


「波そのものを消したわけじゃない?」


「うん。塔は今も振動している。だけど、その振動が街へ伝わらないようにした」


リナは机に身を乗り出した。


「それって、すごくない?」


「便利ではあるね」


「便利どころじゃないわよ。波を消すんじゃなくて、波の通り道を変えるなんて!」


「ただ、何でもできるわけじゃないよ。どこを通っているのか分からなければ、変えられない」


アルトは金属球を机の上に置いた。


「だから、まず観測が必要なんだ」


そのとき、研究所の扉が叩かれた。


コン、コン。


リナが扉を開ける。


そこに立っていたのは、ゲンダだった。


「おう。アルトはいるか?」


「いるよ。どうしたの?」


「工場で妙なことが起きてな。機械が壊れてないのに、変な音がするんだ」


「変な音?」


「そうだ。回転機械を動かすと、工場の床まで震える。機械を止めると収まるんだが、原因が分からん」


リナが目を輝かせた。


「それ、アルトに調べてもらいましょう!」


ゲンダは苦笑した。


「いや、俺もそう思って来たんだがな」


アルトは立ち上がった。


「行こう」


工場は街の北側にあった。


大きな建物の中では、金属加工機械が並んでいる。


ゲンダが問題の機械を指差した。


「これだ。古い送風機だよ。最近、動かすと床が震える」


機械は巨大な羽根を回転させ、工場内へ空気を送る装置だった。


「いつから?」


「三日前からだ。最初は小さな音だったんだが、昨日からひどくなった」


「機械を動かしてみて」


ゲンダがスイッチを入れた。


ウィィィィン。


モーターが回り始める。


アルトは床に手を当てた。


「……」


足元から細かな振動が伝わってくる。


一定の周期。


だが、単純ではない。


「機械そのものが震えているね」


ゲンダが頷いた。


「そうだろうな。軸受けが悪いのかと思ったんだが、交換しても変わらなかった」


アルトは機械に近づいた。


「少し止めて」


ゲンダがスイッチを切る。


アルトはモーターの外装に手を触れた。


「ここから波を送る」


「また中を見るのか?」


「うん。内部の部品がどう振動しているか調べる」


アルトは短い波を送った。


波が金属の内部を伝わり、境界で反射して戻ってくる。


「……軸は問題なさそうだ」


「じゃあ何だ?」


「回転軸の周囲にある部品が、少しずつ違う振動をしている」


リナが尋ねた。


「部品ごとに振動が違うってこと?」


「そう。例えば、同じ場所を二つの波が通っていたら、重なり方によって振動は変わる」


アルトは床に落ちていた小さな金属片を拾った。


「この金属片を机に落とすと、音が鳴るよね」


「うん」


「同じ金属片をもう一つ用意して、同時に鳴らす。音の高さが同じなら、二つの音が重なって大きく聞こえる場所と、小さく聞こえる場所ができる」


アルトは金属片を二つ並べた。


「これが干渉だよ」


リナは二つの金属片を見た。


「二つの波が重なって、強め合ったり弱め合ったりするのね」


「そう。今、この機械の中でも似たことが起きている」


アルトは機械の内部を観測した。


「回転する羽根が空気を押している。その振動が機械の外装や床に伝わる。さらに、床から壁へも伝わっている」


ゲンダが腕を組んだ。


「それで、何が悪いんだ?」


「この機械の振動と、工場の床が揺れやすい周期が近いんだ」


「床が揺れやすい?」


「建物にも、揺れやすい周期がある。小さく押しただけでも、特定の周期で繰り返し揺らすと、大きな揺れになることがある」


リナが言った。


「共鳴ね!」


「そう。昨日の時計塔と同じようなことが起きている」


ゲンダは顔をしかめた。


「つまり、機械が悪いんじゃなくて、工場との相性が悪いってことか?」


「近いね」


アルトは床に手をついた。


「この工場の床が、送風機の振動を増幅している」


ゲンダは機械を見た。


「そんなことがあるのか……」


「あるよ。機械が正常でも、設置場所や周囲の構造によって問題が起きることはある」


リナが尋ねた。


「じゃあ、どうすればいい?」


「まずは、どの周期で一番大きく揺れるか調べる」


アルトは送風機に手をかざした。


機械を起動させる。


そして、波を送った。


最初は低い周波数。


次に少し高く。


さらに高く。


床の振動を観測する。


「ここだ」


アルトが指を止めた。


「この周波数で、床の振動が急に大きくなる」


ゲンダは驚いた。


「機械の回転数を変えたのか?」


「違う。僕が送った波の周波数を変えただけだよ」


「それで床が揺れるのか?」


「床が揺れやすい周期を探したんだ」


リナは興奮していた。


「つまり、建物の弱点を見つけたってこと?」


「弱点というより、揺れやすい性質だね」


アルトは手を離した。


「原因は分かった。対策はいくつかある」


「どんな方法だ?」


「機械の回転数を変える。設置部分に振動を伝えにくい材料を挟む。あるいは、機械と床の間に伝わる振動を抑える」


ゲンダは考え込んだ。


「回転数を変えると送風量が変わる。材料を挟むのは、機械の重さに耐えられるものを選ばないとな」


「そうだね。そこはゲンダさんの仕事だ」


「お前が全部やってくれるわけじゃないのか?」


「僕は波を観測できる。でも、どの部品を交換するか、どう固定するかは、機械を知っている人が決めるべきだよ」


ゲンダは笑った。


「なるほどな。俺の仕事は残してくれるわけだ」


「もちろん」


ゲンダが機械の設置状態を確認している間、リナはアルトに尋ねた。


「ねえ。さっきの話だけど」


「何?」


「波の周波数を変えれば、どんなものでも揺らせるの?」


「何でもではないよ。波が届かなければ揺らせないし、必要なエネルギーもある」


「じゃあ、遠くにある建物を揺らすことは?」


「できる場合もある。でも、距離が遠くなるほど波は広がって弱くなる。途中で反射したり、吸収されたりもする」


「じゃあ、街全体を揺らした昨日の装置は?」


アルトは少し考えた。


「あれは普通じゃない。街の地下に振動を伝える仕組みを作っていたから、遠くまで効率よく伝えられたんだと思う」


リナは頷いた。


「波って、ただ強くすればいいわけじゃないのね」


「うん。どんな波を、どこに、どう伝えるか。それが大事なんだ」


そのときだった。


工場の奥で、金属がぶつかる音がした。


ガンッ!


続けて、床が揺れる。


アルトは振り返った。


「今のは?」


ゲンダが叫ぶ。


「奥の加工機だ!」


工場の奥にある大型プレス機が、勝手に動き始めていた。


「電源を切れ!」


ゲンダが走る。


しかし、プレス機は止まらない。


金属の巨大なラムが、ゆっくり下降している。


その下には、作業員が一人いた。


「危ない!」


リナが叫ぶ。


作業員は異常に気づき、逃げようとする。


しかし、足元の床が揺れ、転倒した。


プレス機のラムが迫る。


アルトは走った。


「キュイイイイイッ!」


床に波を送る。


作業員の身体が横へ滑る。


同時に、プレス機のラムの動きが止まった。


いや、止めたのではない。


ラムと駆動機構の間にある振動の伝達を、一瞬だけ切り離したのだ。


駆動機構は動いている。


しかし、その動きがラムへ伝わらない。


巨大な金属の塊が、作業員の頭上で静止した。


「今だ! 逃げろ!」


作業員が這うようにして離れる。


ゲンダが非常停止装置を押した。


プレス機が完全に停止した。


工場に静寂が戻る。


「助かった……」


ゲンダが息を吐いた。


アルトはプレス機を見上げていた。


「これは、送風機の共鳴とは別の問題だ」


「勝手に動いたんだぞ。何が起きた?」


アルトは機械の内部を観測した。


「駆動系に異常がある。外からの振動じゃない。機械の内部で、動力が伝わり続けている」


ゲンダが顔をしかめた。


「電源は切ったはずだ」


「それでも動いていた。何かが、動力を伝える関係を維持していたんだ」


アルトは機械に手をかざした。


その内部に、微かな波が残っている。


それは機械の振動ではなかった。


もっと細かく、規則的な波。


「……誰かが、ここにも装置を仕掛けている」


リナが息を呑んだ。


「また境界の装置?」


「分からない。でも、これは自然な振動じゃない」


ゲンダは工場の入口を見た。


「誰かが工場に入ったのか?」


アルトは床に手をついた。


波を広げる。


工場の壁。


天井。


配管。


床下。


そして、外の道路。


そこに、かすかな足音があった。


遠ざかっていく。


アルトは顔を上げた。


「逃げた」


「追うのか?」


「うん」


アルトは走り出した。


工場の裏手。


一人の男が路地を走っていた。


黒い帽子を深くかぶり、右手に小さな金属製の箱を持っている。


アルトは足を止めた。


「待って」


男は振り返らない。


アルトは地面に波を送った。


しかし、男の足元に届く直前、波が消えた。


「……?」


アルトはもう一度波を送る。


やはり消える。


男は走りながら振り返った。


その顔には、笑みが浮かんでいた。


「お前の波は、よく響くな」


男が箱を開いた。


中には、小さな金属片がいくつも並んでいた。


「なら、これを聞いてみろ」


金属片が一斉に震えた。


キィィィィィン。


高い音。


アルトは耳を塞がなかった。


音波を観測する。


しかし、音が聞こえているのに、波の位置が分からない。


空気の振動が、まるで別の場所から発生しているように感じられる。


「これは……」


男は笑った。


「音は聞こえる。だが、どこから来ているか分からないだろう?」


アルトは目を細めた。


男の姿が、路地の奥へ遠ざかっていく。


「また会おう、波使い」


男が消えた後も、金属片の音だけが残っていた。


アルトはその音を聞きながら、ゆっくりと手を上げた。


「……音の発生源を偽装しているのか」


リナが追いついた。


「逃げられたの?」


「うん。でも、今の能力は少し面白い」


「面白い?」


アルトは金属片を拾い上げた。


「音が聞こえることと、音の発生場所が分かることは別なんだ」


リナは金属片を見つめた。


「じゃあ、次はそれを見破る方法を考えないとね」


アルトは頷いた。


「そうだね」


彼は金属片を握りしめた。


波は、そこにある。


ただし、いつも見えているとは限らない。


そして、見えないからといって、存在しないわけでもない。


アルトは路地の奥を見つめた。


「次は、音だけに頼らずに探してみるよ」


その足元で、地面がかすかに震えた。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。