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第1話 Eランク


この世界では、能力がすべてだった。


炎を操る者は尊敬され、水を生み出す者は重宝される。傷を癒やす者は王族に仕え、剣を操る者は騎士となる。


能力の強さは、そのまま人間の価値だった。


そして今日、十六歳を迎えたアルトは、人生を決める能力鑑定の日を迎えていた。


「次、アルト・レイン」


名前を呼ばれ、祭壇へ進む。


幼い頃から夢見ていた。


いつか父のような立派な騎士になることを。


父は三年前、魔物との戦いで命を落とした。


母は病気で亡くなった。


身寄りのないアルトを引き取ってくれたのは、父の友人である騎士団長だった。


「大丈夫だ。お前の父親は立派な男だった。きっとお前にも素晴らしい能力が宿っている」


そう言ってくれた人だった。


アルトは水晶に手を置いた。


光が走る。


鑑定士が文字を読み上げた。


「能力名……鳴き声」


「……え?」


「鳴き声だ。動物のような声を発する能力らしい」


鑑定士は水晶を何度も確認した。


「攻撃能力なし。防御能力なし。身体強化なし。魔力反応も極めて微弱」


そして最後に告げた。


「Eランク」


一瞬の静寂。


次の瞬間、笑い声が爆発した。


「鳴き声だってよ!」


「おい、鳥の真似でもしてみろよ!」


「騎士になるんじゃなかったのか?」


アルトは顔を赤くした。


「もう一度、鑑定してください」


「結果は変わらない」


「何かの間違いです。僕の父は騎士でした。僕だって……」


「黙れ」


鑑定士の声が響く。


「能力に恵まれなかった者が、努力でどうにかなると思うな」


その日、アルトの騎士になる夢は終わった。


いや、終わっただけならまだよかった。


騎士団の屋敷に戻ると、団長が待っていた。


「鑑定はどうだった?」


アルトはうつむいた。


「Eランクでした」


団長はしばらく黙っていた。


それから、机の上に一枚の書類を置いた。


「そうか」


「団長……」


「悪いが、今日限りでここを出ていってもらう」


アルトは耳を疑った。


「どうしてですか?」


「Eランクの人間を養う余裕はない」


「でも、僕は今まで通り働きます。馬の世話でも、掃除でも、何でもします」


「そういう問題ではない」


団長は書類に署名した。


「お前の父親には恩がある。だから今まで面倒を見てきた。しかし、もう十分だろう」


「父さんの恩って……」


「いつまで死んだ人間の名前を使うつもりだ?」


アルトは言葉を失った。


団長の後ろには、騎士団の若者たちが集まっていた。


その中には、幼い頃から一緒に訓練してきた友人もいた。


「お前らも何か言ってくれよ」


アルトが助けを求める。


友人は目をそらした。


「悪いな。俺だって自分の将来がある」


その一言で、アルトは理解した。


ここにはもう、自分の居場所はない。


翌朝。


アルトは街の奴隷市場にいた。


団長はアルトを奴隷商人に売った。


売却金は、父親が残した借金の返済に充てるという説明だった。


その借金が本当に存在するのか、アルトには確かめる術もなかった。


「さあさあ! 本日の目玉商品だ!」


奴隷商人が声を張り上げる。


「十六歳、健康、若い男! ただし能力はEランク! 使い道は雑用程度!」


客席から声が飛ぶ。


「いくらだ?」


「銀貨五枚から!」


「高いな。鳴き声しか出せないんだろ?」


「じゃあ銀貨二枚だ!」


笑い声。


アルトは足元を見ていた。


手首には鉄の輪。


首には奴隷の番号札。


自分が人間ではなく、商品として扱われている。


それでも、まだ耐えられた。


いつか自由になれるかもしれない。


そう思っていた。


「おい、顔を上げろ」


奴隷商人が顎をつかんだ。


「商品なんだから、ちゃんと顔を見せろ」


アルトは顔を上げた。


客席の一番前に、騎士団の若者たちがいた。


昨日まで一緒に食事をしていた仲間たちだった。


彼らはアルトを見て笑っていた。


「本当に売られたんだな」


「団長も大変だよな。あんなのを面倒見てたんだから」


アルトは彼らを見つめた。


助けてほしいとは言わなかった。


ただ、目をそらさないでほしかった。


しかし、彼らは笑いながら別の奴隷を見に行った。


「落札!」


商人の声が響いた。


アルトを買ったのは、辺境の鉱山を経営する男だった。


鉱山は、街から馬車で二日離れた山奥にあった。


そこでは多くの奴隷が働いていた。


朝から晩まで岩を砕き、鉱石を運ぶ。


食事は一日一度。


水は濁っていた。


寝床は地面に敷いた薄い布。


働けなくなった者は、食事を与えられなくなる。


アルトが配属されたのは、最も深い採掘区画だった。


「新人か」


年老いた奴隷が声をかけてきた。


「名前は?」


「アルトです」


「ここじゃ名前なんて意味がない。番号で呼ばれる」


老人は自分の腕を見せた。


そこには焼き印があった。


「お前もすぐ慣れる」


その言葉を聞いて、アルトは怖くなった。


慣れたくなかった。


人間として扱われないことに。


食事を奪われることに。


誰かの顔色をうかがって生きることに。


それでも、働くしかなかった。


三日目。


アルトは重い岩を運んでいた。


足元がふらつく。


食事はほとんど喉を通らなかった。


「遅いぞ!」


監督官の鞭が飛んだ。


背中に痛みが走る。


「すみません!」


「謝る暇があるなら動け!」


アルトは再び岩を持ち上げた。


そのとき、近くで老人が倒れた。


「おい、じじい!」


監督官が老人の腹を蹴った。


「立て!」


老人は動かなかった。


「もう無理です……」


「無理? お前が無理かどうかは俺が決めるんだよ」


監督官は老人の食事袋を取り上げた。


「明日からこいつの分はお前にやる」


そう言って、アルトに袋を投げた。


「食え。代わりにこいつの仕事もやれ」


アルトは袋を拾わなかった。


「……食事を返してください」


「あ?」


「その人の分です」


監督官はアルトを見つめた。


そして笑った。


「お前、自分の立場が分かってないな」


次の瞬間、拳が飛んできた。


アルトは地面に倒れた。


「ここではな、俺が法律だ」


監督官は老人の食事袋を踏みつけた。


中身が泥にまみれる。


「ほら、食えよ」


アルトの顔を泥に押しつけた。


「お前の大好きな正義ってやつだ」


周囲の奴隷たちは誰も動かなかった。


助ければ、自分が同じ目に遭う。


誰もが知っていた。


アルトは泥の中で、拳を握った。


父の言葉を思い出していた。


『どんなときでも、誇りだけは失うな』


その言葉が、今はひどく残酷に聞こえた。


誇りが何になる。


剣もない。


力もない。


仲間もいない。


助けてくれる人もいない。


自分には、動物のような声を出す能力しかない。


アルトは泥に顔を埋めたまま、声を殺して泣いた。


その夜。


老人は死んだ。


翌朝、監督官は老人の遺体を採掘区画の外へ運ばせた。


「使えない奴はこうなる」


そしてアルトに告げた。


「今日からお前があいつの分も働け」


アルトは返事をしなかった。


「返事は?」


「……はい」


「よし。少しは賢くなったな」


監督官は笑った。


アルトは立ち上がった。


背中は痛む。


手足は震えている。


それでも、採掘場へ向かうしかなかった。


その日も、明日も。


ここから出られる保証など、どこにもなかった。


そして誰も知らない。


この少年が、いつか自分を見捨てた者たちの前に戻ってくることを。


第1話 終

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