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君に好きと言われたら  作者: Aster/蝦夷菊
γ ルート〉匂蕃茉莉
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11/11

承︰ ひきずって来た戒めを振り払って

 どこから話そうかな……。

 僕は中学校まで他県で生活していた。今は居候という形で、一人で光輝くんの家におじゃましているんだ。何だか書生みたいだよね。……あ、ごめん。書生っていうのは、お金持ちの家に居候する代わりに雑用をこなしている、学生のことだよ。昔にあった風習? ……みたいなものかな。

 光輝くんと同じ部屋で寝泊まりをさせて貰っているけど、本当に優しい子でね。あの親にしてこの子あり、というべきか……。


 光輝くんから色々と聞いてたよ。人の為に動ける優しい人なんだ、って。入学式でぶつかって転んだときも、自分より僕を優先して、保健室にまで連れて行ってくれたんだ、ってね。

『彼が言うんだ。きっと本当に暖かな心の持ち主なんだろうな』

 そう思っていたら、まさか会って話をする機会を得られるなんて、思わなかったよ。確かに、友人の力になれないことに悩むだなんて、これ以上無いほど優しい人だ。




 * * * * * * * * *




「でも、友達の力に……か」


 天井を仰ぎながら、湊さんは目を伏せる。


「誰の力になりたいのか、までは聞かないよ。でも……僕なら、僕だったら…………自分の気持ちを素直にぶつけてみる、かな」


「…………」


 苦笑を浮かべた彼はそのまま立ち上がり、机から離れようとする。私はいてもたっても居られなくなって、今し方犯したばかりの自分の失態など忘れ、その袖を掴んだ。湊さんは「おっと」と軽く片足を浮かせてはこちらを見るが、一瞬目をそらした気がする。

 その行動に違和感を感じながらも、指摘する勇気はない。ただ、使命感に迫られて咄嗟に動いた私は、彼の睫毛の奥にある何かを必死に求めていた。


「湊さん」


「…………うん?」


 語尾の上がった不安そうな肯定の二文字が、彼の口の端から漏れ出る。

 ゆっくりと、開かれた若葉のような瞳が覗いてくる。


「友達になっては、くれませんか」


 しかしながら、脈絡もなく不自然な行動をもって彼の手を引けるほど、私の意識は混濁してはいなかった。それだけは、功績と言えるだろう。







「はぁ……」


 午後五時。私は布団に腰掛けて、スマホを開く。湊さんとのメルン交換は無事にやり遂げたものの、これでは光輝くんとの対話を一度きりで諦めた女になってしまうと思うと、何だか悔しさもある。ただ、あんな風に断られると、動けなくなってしまうのは……普通ではないだろうか? 薄情にも思えてしまうから、こうして悩んでいるのだが。

 言い訳を考えようと焦る私の頬を、叩く。


「駄目だ…………今私すごい面倒臭い」


 そんなものを考えていても仕方がない。のだが……。


『それで、珍しく呼ばれた私の役割は、君の弱音を聞くことだったのかな?』


「…………うぅ」


『それも大切なことだ。別に責めるわけじゃない、君のやりたいようにやれば良いのだから』


 何となく聞いてみたいことを聞くためにホオズキを呼んだものの、巡る思考がおさまらずにこうして寝台で暴れていたのだが……。意外にも親身に接してくれる彼女に、安堵と不安が混ざる。

 …………ん、彼女?


『ただ、前に言ったと思うけど、時間はない。茉莉湊の悩みはあの二人と違って、家庭の外側──他人とのぶつかりで生じたものだ』


『他人とのぶつかり?』


『おっと、私はヒントを与えただけだよ。これ以上の踏み込んだ助言は、かえって君の勇気とコンディションを削ぐ』


 最後の言葉に、私は不満ながらも納得がいく。顔を教えられただけでも関わりにくいと感じていたのに、何でも教えてもらおうというのは、自分の首を絞める行為だ。真っ向から向き合って、相手からぶつけられた本音にできることを探す────この過程に関しては、他者からの余計な知識はいらない。

 私はきっと、罪悪感に似た感情がどこかにある。個人情報を盗み見た、という事実が、酷く突き刺さっているのだろう。


『さて。何か聞きたいことは? 無論、解決の根幹にあたるものは黙秘させてもらうよ』


 時間が無いと言っているのに、何だか矛盾しているような……。


『聞いていいかどうか悩んでいたんですけど、どうして話し言葉のようにしてメールしているのですか?』 


『……それを聞くのか』


 何となく、画面の向こうにいる彼女の顔が苦い顔をしているのが伝わってくる。気まずくなって質問を取り消そうと文字を並べていくが、それよりも早く、


『簡単な話だ。私は音声認識でメールを書き連ねさせている』


「音声認識……じゃあ」


『あぁ、私との会話そのものだ。演技はないと言い切ってはおくけど、信じるかは君次第、だね』


 こう返される。


 送る文章を自分で口に出して機械に書かせ、誤字などは自分で推敲して送っている、ということだろうか。それでやりとりをしているのなら、なんともまあスラスラと言葉が出てくるものだと関心する。


『……他には、何かないかな』


『会うことはできないんですか?』


『信頼におけない、素性も一切分からない、目的もよく理解できないやつと会いたいって? それ、本気で言ってる?』


「…………」


 その質問に、肯定は……できない。ただ、何となく、彼女が自分にとって危険な存在ではない──というような気がしているだけだ。

 信頼されることを条件として見ていないのか否か、ホオズキの発言には度々混乱してしまう。実際に会って確かめるのも一つの手だと思ったのだが、正論で返されてしまった。少しだけ、彼女からの拒絶……のようにも取れるその答えに身じろぎする。


『いや、確かに手っ取り早くはあるだろうね。でも私はまだ、君に会うべきと判断できていない』


『時間が足りないから、ですか』


『それもある。……とても申し訳ないけど、ね』


 濁し、塞ぎ、どうしても間にある壁を無くせない。どれだけ近付こうとも、それだけは絶対に揺るがないように感じられる何かが、自分の前に挟み込まれているようで。

 時間が経てど、会える日は──そんな時は、やってくるのだろうか?


 私は息を吐き、重くなっていくばかりの体を横たえる。


「……一番わからないのは、こんなことに巻き込まれて、願われて、それを受け入れた私なんだよなぁ」


 何を考えて、聖人のような振る舞いをしようというのか。私の胸に渦巻くこの強い感情は、脳に刻み込まれた無意識の中からくるものだという確証はあった。だが、それまでなのだ────それ以上が、わからない。

 頭を掻く。自分の顔を鏡にうつして、私は静かに呼吸を繰り返した。

 それに続いて、鏡の向こうにうつった自分も肺を動かし、懸命に生命活動中であることを主張している。

 現実味はあまりなかった。




 * * * * * * * * *




 それからというもの、湊さんと会う頻度を高めるため、昼休憩や帰宅時に図書室へ寄るようにしてみた。

 気遣いのできる優しい人、という印象は変わることなくあり、美術部に勧誘されたので入部先はそこに決めた。光輝くんも同じ部活に所属していたようだが、あの一件があったからか互いに話しかけることは気まずく、曖昧な距離感での活動が続いた。


 少なくとも、今近付けているであろう湊さんの話は聞いておきたいと思い、私は図書室に一人で居た彼に話しかけた。


「湊さん、……少しだけ、踏み込んだ話をしても構いませんか」


「うーん、というと?」


 私の問い掛けに微苦笑を返しながら二の句を待つ彼の表情は、強張っていた。何を聞かれるのか、不安に思っているのだろう。

 少し躊躇いながらも、ホオズキが送ってきたメールが脳裏にちらつく。話しかけた以上戻ることは不可能だろう、……そう言い聞かせて、私は拳をぎゅっと握りしめた。真っ直ぐに彼を見つめると、向こうも優しげに口角を緩めた。


「貴方の悩みを、聞かせて欲しいんです。ずっと見ていて、心配性な所や、極端に自分の言動を振り返っては謝る癖があって……少し、気にかかってしまって」


「───」


 彼が、何かを反芻するように閉じたままの口を、何度も動かした。そして、


「約束、したんだ。薬根さんが聞きたいと言うなら……結果がどうなっても、僕は受け入れるよ」


 私を見て、目を開けた彼が笑う。


「『もしもあの人に聞かれたら、正直に全部話して。悩みも、自分の好きなことも』。…………随分と驚かされたよ、何かを願われることは、そうなかったから」


 あの人というのは、光輝くんのことだろう。私が悩みを聞きまわっているのを、ホオズキの次によく知っている筈だ。彼が湊さんに発破に近い言葉をかけてくれたおかげで、今、やっと一歩目を踏み出せる。

 そうしてしみじみと言葉を噛み締めていた湊さんが、ポツリポツリ、語りだした。




 * * * * * * * * *




 僕が一人で越してきて、光輝くんの家にお邪魔している、というのは話したよね。抱えている悩みは、丁度その理由に値するものだ。


 ……何日も前の失敗を、ずっと繰り返して思い出すことって、ないかな。


 うーん……簡単で、その上僕の悩みに近い例で話そうか。

 コスプレって、知ってる? ……うん、知ってるよね。SNSが普及している今じゃ、誰もが知っているであろう『創作物の楽しみ方』の一つだ。アニメや漫画のキャラクターの見た目を自分で再現して、創作の交流場所に行ったり、写真を取ったりする。

 なんて言えば良いかな。えぇと……あぁ、女性のコスプレイヤーさんが、メイクやウィッグとか工夫して、『男性キャラクター』になることがあるんだけど。僕がやってたのは……“その逆”だった。


 女性がやる分にはどうにも思わないのに、男性がすると変に思われるのは、何となくわかる気がしないかな。

 勿論、目的は違うよ。これは一例で、僕はコスプレの為にその行為を行った訳じゃない。


 男として生まれた『茉莉湊』────ではない何かに、なりたかった。って……言えば良いのかな。


 髪を伸ばした。ふわふわとした服装を好んで着た。リボンやアクセサリーを作った。首を隠した。声を出すのを躊躇った。

 それが理由で、




「湊、何でお前そんな女みたいなことしてんの?」


「ホントにな。昔っからそうじゃん」


「なぁ、そういうの好きなの? オタクと間違えられて、イジメられるぞ」




 周りの目が、あからさまに怖くなっていった。

 最初は手先が器用とか、王子様みたいでカッコイイとか、言われてたんだけどね。でもそれは、あくまで小さな子供だったから、許容されていた。いや、気にされていなかった。


 その言葉が、嫌に胸に残り続けた。燻って、何度も僕を刺した。クローゼットに手をかける度、鏡を見る度、友人の顔を見る度に。


「やめた。やめよう、こんな……こんな、こと」


 髪を切った。持っている服の中でも問題にならなそうなものを選んで着た。小物作りはやめた。首は隠さないようにした。会話をするようにした。

 それでも、視界の端で、鼓膜の隅で、お前はおかしいんだって……言われてる気がして。


 家族は、僕を許してくれていたのに。受け入れて、応援までしてくれたのに。僕は見てみぬふりをして、冷静さを欠き、差し出され続けている手を振り払って逃げた。

 普通の人なら、こんなことで迷わないのかな。こんなこときすらなやないのかな。あんな言葉を、何度も反芻しないのかな。


 どうして、僕はこうなってしまったんだろう。


 それが、僕の中でずっと…………渦巻いてるんだ。




 * * * * * * * * *




 途端に、視線が合わなくなった。

 湊さんは話し終えた後、唇を強く噛むようにして黙り込み、静かに俯いている。


 ────これは、“ぶつかり”と、そう言えるものだろうか?


 周りから言われる“普通”に属していなかったから、彼を受け入れきれなかった。だからといって、一方的に馬鹿にするような言葉をぶつけて良いことにはならない。私は吐き出しそうになった溜息を堪えて、握っていた拳に更に力を加える。

 言葉を紡ごうと息を吸った瞬間、彼の肩が震えた気がする。


「今は、どうしたいんですか」


「……どうしたいも何も、僕はもう、やめたんだ」


 声が震えている。うわずった最後の言葉を聞いて、我慢ならなくなった私は、今の今まで座っていた椅子を立つ勢いに乗せて後ろへ滑らせた。急な動きに驚いた湊さんが目を見張る。


「そんなことは聞いてません。どうしたいか、それを聞いたんです」


 彼の“したいこと”を邪魔しているのは、周りからの目だ。そして現在、目の前で全貌を聞いた私の目でもある。過去を吐露して尚、踏み出せずに居るのだろう。



「…………“普通”って、日常生活の中で何度も……それこそ耳が痛む位聞いてきた言葉です。でも、湊さんの心を抉った“普通”は、それとは違います。悪意を持った、……比較して相手を落とすために使われた言葉なんです」


 ゆっくりと、自分自身の中で構築されていく言葉を見直しながら、語る。

 これはすべて、私の本音だ。


「そんなものに耳を貸す、だなんてしなくていいことです。“多様性”なんて言葉も飛び交っていますし、……可愛い服を着たって、湊さんなら似合う気がします。長い髪だって、綺麗に見えるでしょう」


「…………薬根さん」


「一回位見てみたいんです。正直言って……長髪男子って、二次元だと良く人気高かったり、ファンが多かったりするじゃないですか。それこそ、コスプレする人だって沢山居ますよ」


 話がズレていく気がして、並べかけた言葉を舌で引っ込めた。


「あっ、えぇと……自分の好きは、貫くべきって話ですよ」


 慌てて軌道修正の為にそう言い放ち、おもむろに視線を落とすと────ふっと、微かに笑い声が鼓膜を掠める。湊さんは笑っていた。目尻に光るものを溜めながら。


「ふふふっ、はは…………」


 糸が切れたように、笑いが飛び出ていく。

 湊さんは暫く笑って、それからハンカチを取り出して涙を拭うと、私の方へと微笑みを浮かべ、髪を耳へかけた。


「そっか、そっか…………。そういう考え方もあるんだなぁ、はは」


「ゲームやらアニメも色々と出ていて、オタクは大量に居ますからね。受け入れられやすいとは思いますよ」


 少しふざけたように、私は言ってみた。彼が満足げに目を伏せたのを見る。……安堵が胸の内を広がっていくのを感じながら、彼が立ち上がるのを眺め、そして。



 ────手を、伸ばされた。




「なら、……君の為に、“普通”をこえてみよう、かな。…………見守ってくれるかい?」


 不安を溜めた表情に、少し震えた手を────、












 私は迷わず、取って握りしめた。

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