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死者との対面(下)

 サラからの聴取は、何の情報も得られなかったに等しかった。

 既に敵のリーダーと思われるレブナントは始末済みで、敵の戦略は防衛戦だけだったようだ。

 逃げ出したレブナントはいずれ始末する必要があったが、それは冒険者に依頼を出せばいいだろう。


 つまり、敵の情報はもう十分だった。

 向かいの部屋に入ったのは情報収集が目的ではなかった。

 うずくまっている女に会いに来ることこそが目的だからだ。


 こちらも同じく鎖で繋がれてはいるが、それは見かけ上の問題で、室内なら自由に動けるだけのゆとりがあった。


「元気にしてたか、リィン」

「このような姿でのお目通りになってしまい、申し訳ございません、クラウド様……」

「良いんだ、お前が手助けしてくれたおかげで、楽に砦へ侵入できた。助かったぞ」


 頭を下げるリィンの前に膝をつくと、クラウドは手袋を外してその髪を撫でた。

 リィンは、問答無用で殺されると思っていたので、この望外な対応に涙を流した。


「話してくれるな、リィン。君たちの部隊に何があったんだ?」


 その声に絆されて、リィンは自分の身の上に起こった全てを語った。

 異常に高度な知能を持ったレブナント、敵のリーダーであるユーゴに倒されてしまったこと。

 おぞましい死者として蘇生させられ、死霊術によって自殺も許されない状況だったこと。無論、教義上自殺をすることは許されなかったが。

 そしていずれやってくる"味方"のために、日々を耐え忍んできたこと。


「しかし、奴らは本当にお前の仕込みに気付かなかったのか?」

「ティート飾りのこと、ですか?」


 クラウドは頷くと、リィンはようやく少しだけ笑みを浮かべて愉快そうに話した。


「神聖魔法の効果を持たないように、あえて目の前で飾りの一部を壊したら、それ以上のチェックはされませんでした。命令されて自白をうながされましたが、質問が悪かったので助かりました」


 直接的な敗因ではなかったが、ユーゴのチェックの甘さが、彼女の裏切りを許したのもまた事実だった。


「私は隊長たちに連絡など取りませんでした。神聖魔法ではなく爆破魔法を仕込むところまで問われれば命は無かったでしょうが」

「危ない綱渡りだったが、良くやった。今回の戦闘の金星はお前だよ」


 市街に配られたティート飾りは彼女の指導のもと作られており、その全てが同じように未完成品だった。

 だが、その完成度は異様に高く、まるで本職の僧侶が作ったかのように細かい部分まで作り込まれていた。


「ちゃんとした僧侶でなければ知らない"正式な"ティート飾りが、わざと未完成のまま飾られてるなんておかしいからな」


 レナがクラウドにティート飾りを届けた時、彼が気づいたのはこのチグハグさだった。

 そして、


「十字には建物の入口や出口を示す意味が込められてる。正月に家の正面や裏手に飾って邪気を祓うのはそのためだ。

もしも意図的に不完全なティート飾りを作っていたのなら、十字の下側が欠けていることにも意図があるはず」

「レナ副隊長が砦内のティート飾りの配置に気づいてくれて良かったです。おかげで欠けていた魔法陣を完成させ、魔法を発動させてくれましたから」


 無論それが罠である可能性もあったが、クラウドはあえて相手の罠を蹴散らして勝つという作戦をとった。

 犠牲は少なくなかったが、勝利以外にも多くの実りがあった。

 勝利した戦闘の話に花を咲かせたいところだったが、彼は明日以降のことを考えなければならない立場でもあった。


「ではリィン、次は奴らの今後の動きについて、お前の考えを話してくれ」


 リィンは捉えられてから、ユーゴの残党と念話で連絡をとっていた。

 捕まっているが、サラも自分も生きている。助けに来てくれ、と偽の情報を流していたのだ。

 その結果、彼らは明朝の襲撃を企てているという情報をリィンは掴んでいた。

 自信を持って、リィンはクラウドの質問に答えた。


「はい、彼らは『すでにこの地区から逃げ出しています』」


 だが、口から漏れた言葉は彼女の意図したものとは全く違うものだった。

 リィンは驚きに目を見開く、ことすら出来なかった。

 表情すら自由に動かせず、先程までと同じ、心から充足した笑みを浮かべたまま、嘘八百を並べ始めてしまう。


「彼らの戦力は『今回の戦闘で駆逐されました。リーダーがいなくなった以上、勢力の立て直しには年単位の時間がかかるでしょう』」

「そうか。それならば明日の撤退戦も問題ないだろう」


 違う、違うのです!そう叫ぶ彼女の心に何か冷たいものがスッと差し込まれた。

 その瞬間に、リィンは己を操っている者を理解した。

 エクセレンだ。

 死んだと思っていたし、遠く離れた場所から命令をされた記憶がないので油断していたのだ。


『なぜ、このタイミングで!!』


 リィンの念話に、今にも燃え尽きそうなか細い声が返った。


『決まってるじゃん。あなたの隊長がやろうとしてることと同じだよ。情報を手に入れて、分析する。でももう十分わかったから、アナタともサヨナラだね~』


 瞬間、リィンの体に痛みが打ち込まれた。

 まるで左腕が吹き飛ばされたような痛み。

 死属になってからは、久しく感じたことのない感覚に、精神が悲鳴を上げた。


『どう?私の痛み、伝わってるかな~?』

『きさ、まぁ……』

『こっちも虫の息なんだぁ。血が足りないから、そろそろ終わりにするね』


 この痛みが、今エクセレンの感じているものだとしたら、彼女の言葉はウソではないのだろう。

 敵の戦力の要であるネクロマンサーが死ぬ。

 その事実を告げようとして、リィンは自分の体が思い通りに動くことに気づいた。


「隊長、最後にお伝えしなければなら、な、いことが……」


 突然苦しげに身を捩り始めた部下に、クラウドは耳を寄せた。

 瞬間。


「『死になさい!!』」


 防御するという対応を取ることも出来ず、クラウドは目の前で爆発したリィンの肉片をまともに肉体へ打ち込まれた。


「ぐ、ぬ、これは……」


 残った頭だけで涙を流し始めた部下を見て、クラウドは理解した。

 今の一瞬、彼女は何者かに操られていたのだと。


「ごめん、な、さ」


 そしてプラーナ・コアを爆発させられて、無事でいられる死属などいないのだということも、彼はよく知っていた。

 クラウドは顔に付着した血液を拭い去ると、彼女の遺体を包むための布を探しに地上へと戻った。

 明日の葬儀で呼び上げる名を一つ、心の中で増やした。

 彼は腹に空いた穴を手で抑えつつ、顔を上げて地下牢を去った。

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