死者との対面(上)
「それでは、報告を聞こう」
「はっ。今回の戦闘における負傷者は死亡32名、重症13名、軽傷多数。明日の朝までに戦闘可能な人員は50名であります」
砦を占領したクラウドはすぐさま防衛線を構築し、治療もそこそこに指揮官室で新たな副官から報告を受けていた。
わずか一瞬で自慢の副官だったレナが死亡し、あまつさえ敵を取り逃がしてしまったのは大きすぎる損失だった。
百人長とはいえ、部隊を一人で管理するわけではない。10人を指揮する小隊長がいて、それを束ねる副官がいて、一番上に責任者の百人長がいるだけなのだから。
副官だったレナはプラーナ・コアを完全に消滅させられていたため、蘇生を試すことも出来なかった。
生前のプラーナ・コアが存在しない肉体に蘇生の秘術を試みると、注入されたプラーナは新しいプラーナ・コアを生成して、100%レブナントと化してしまう。
部下への未練が断ち切れずに何度も同じ結論へ至るクラウドだったが、反応の無い隊長に副官が困惑していることに気づき、次の報告を始めさせた。
「周囲の探索に出た隊員からの報告ですが、やはり荷駄隊は全滅していたそうです」
「砦の外からあれだけの援軍を出したのだ、後方支援が生き残っているわけもないか……。彼らの遺体と、荷物は回収出来たか?」
「遺体は、その……」
「……すまん。自分で言ったことだったな。あれだけの数のゾンビーに襲われたのだ、聞くべきではなかった」
このリッツという男は、貴族の出身だ。冒険者として経験は積んでいる第2位階の隊員だったが、いかんせんパーティーメンバーが手厚くもてなしているおかげで、甘さが残っているようだ。
聖職者とはいえ、戦闘部隊の人間だ。
たとえどれだけ無惨な状態であっても報告はしてほしかったのだが、それはこれから育てる際の問題だと気持ちを切り替える。
「で、食料の方はどうだった?」
「そちらも、ほとんどやられていました。幸い、砦の中に毒素の無い井戸がありましたので、水だけはなんとかなりそうですが」
だが、副官の育成は未来の問題である。
今クラウドの頭を悩ませていたのは、補給の問題だった。
今回引き連れていたのは、戦闘部隊が100名。現在は半分ほどまで減ってしまったが、それ以外にも距離をあけて小荷駄隊が後方に待機していた。
当然護衛もつけていたのだが、後方に現れたゾンビの数は予想以上だった。
「あの、隊長……?」
「あぁ、すまん。では、予定は変わるが、明日の朝には死傷者の葬儀を行い、本国に向けて帰還する。今回の任務である死属の大掃除は達成できた。砦はまた奪いに来れば良い」
「ハッ!ではそのように各分隊へ伝えてまいります!」
「よろしく頼む。それから、私はこれから捕虜の尋問に移る。何者も地下には入らぬよう、厳しく伝えておけ」
「了解いたしました!」
生真面目に敬礼する若者を見送って、クラウドは砦の地下にある牢獄へと向かった。
◇◇◇
石造りの砦のその地下、鉄扉で区切られた2つの部屋にそれぞれ捕虜が捕らえられていた。
最奥の左右それぞれの部屋に捕らえられた2人の……正確には2体のレブナント達。
クラウドがまず入ったのは左の部屋だった。
そこに捕らえられていたのは、鎖に繋がれた青の髪と瞳の女。サラだった。
「久しぶりだな、サリー」
「……随分と出世したのね、クラウド」
「お前が生きていてくれて、俺は嬉しいぞ」
「死体に愛を囁くなんて、主は許さないんじゃないかしら?」
敵意を隠さない態度が会話を拒絶するためだというのはクラウドにも分かっていた。
サラの頑なな様子に、クラウドは腕を組んであごひげを何度か揉みしだいた。
「まぁ、問題ないだろう。お前をレブナントにして、それを逃した時もこの力は失われなかった。問題なのは、あのお前の味方の事だ」
サラは無言で顔を顰め、昔と変わらないな、とクラウドは思った。
冷静"すぎる"仕事っぷりの偵察兵である反面、彼女は仲間とか絆とか、そういったものを大切にしてもいる。
その様子を確かめてから、クラウドは更に言葉をつなげた。
「お前と別れてから30年。あまりにも長い時間だった……。その間にお前が作り上げたのが、あの程度のレブナントだったのか?」
「余計なお世話じゃないかしら」
「あの頃、粛清隊結成前の試験隊として活躍していた俺たちの仲間が、この程度とは。覚えてるか? ジュードにレヒーエ、エンタ。あいつら皆、それぞれの故郷の教会で司祭になってるぜ」
今まで思い出さないようにしてきた名前が、サラに遠い記憶を思い出させる。
だがもちろん、サラにだって言いたいことはあった。
けれどそれを先読みして言わせない程度のことは、30年も権力にまみれた教会で生き延びてきたクラウドにはたやすい事だった。
「お前がドロップアウトして、俺達は自身の破滅も厭わずにお前を逃した。だってのに、なんだよこのザマは。まだ他にも隠し球があるんだろ?」
長い年月で作り上げた仮面が剥がれ、丁寧な言葉づかいは徐々に崩れていた。
否、崩れているように見せていた。
サラが忘れようと仕舞いこんでいた思い出を無理やり掘り起こすように、クラウドは若い頃と同じように彼女へ語りかける。
「私が用意したものなんて、何もないわ」
顔をそむけたサラの表情は、小さく震えていた。
ゾンビーの群れに放り出されてから30年。そのほとんどを猿と変わらぬレブナント達に捉えられて過ごし、人間との関わりを取り戻したのはつい最近のことだ。
無遠慮に距離を詰めてくる昔の恋人の口撃をこらえるだけで、彼女の心は精一杯だった。
そしてその余裕の無さは、彼女が嘘をつく余裕すらないことを証明している。
クラウドは、サラが本当に全ての罠を出しきったのだろうと確信していた。
だが、念には念を。
情念ではなく理性で感情をぶつけていたクラウドは、ダメ押しで更に彼女を追い込んだ。
天井から彼女を縛り上げている鎖を思い切り引き上げる。
足が着かない位置まで引き上げられたサラの肉体に、鎖が食い込んでいく。
「なぁ、マジで言ってんのか?」
「大マジよ。私が作ったのは、たった一人だけ……ユーゴだけよ」
「ユーゴ……?」
どれのことだ、とクラウドは今日切り捨てたレブナントの顔を思い出す。
といっても顔を覚えているのは直接切りかかってきた四人だけだ。
その中であまり見覚えの無い髪と顔をした男がいたのを思い出す。
「あの黒髪のガキか? あのよわっちょろいのが?」
「そうよ。彼が私達をここまで大きくして、この砦も手に入れたの。これは全て、彼の結晶よ」
「……そうか」
元は教会に属していたくせに、完全に死属の味方をする。
そのくせ、こちらを油断させる嘘ではなく、あんな弱い男をこうも誇らしく語られる。
クラウドは理性で愛情をぶつけていたが、感情そのものは嘘ではなかった。
自分で言っていた通り、長い年月が過ぎてもまだ心に欠片として愛情は残っていた。
だが、この瞬間に彼は、今度こそ愛情を完全に捨て去った。
理性ではなく感情で愛を捨て去り、鎖で浮かされたサラの腹に、手加減なしの直蹴りを叩き込む。
「……ハッ、ア……」
「これ以上しゃべることがないってんなら、そこでおとなしくしててくれ。お前は大事な餌なんだからな。もしもまだお仲間が残ってるなら、朝までに呼んでくれよ」
鎖から手を放すと、床で悶えるサラを置いてクラウドは部屋を出ていった。
彼は一度も振り返ること無く扉を閉めると、正面にある別の牢へと入っていった。




