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アシッド砦防衛戦(下)

 戦場が拮抗状態に陥ったのはユーゴ達の狙い通りだったが、誤算もあった。

 クラウドがほとんどの矢を防いでいるせいで、本来の目的である敵後衛が減っていないのだ。

 巨剣を扱うといっても、部隊全体を一人でカバー出来るわけではない。砦内側に入り込んだ敵は減ってはいたが、半分以上が残っている。

 魔法使いたちも消耗したのか、飛び交う魔法は減っている。しかしゾンビの数も減っているので勝機にはなりそうもなかった。


 クラウドにしても、このまま攻撃を続けられればいずれ疲弊で矢を防げなくなるだろう。しかしそこにもまた勝機を見つけることはデキそうになかった。ユーゴ達が備蓄していた矢が尽きかけていたのだ。

 レブナントが貯蔵できるのは冒険者の遺品だけ。つまり消耗品を使った戦術はレブナントにとっては悪手なのだ。それでも主攻撃に遠隔攻撃を選んだのは、ひとえに黒い霧の間合いに入らないためだったのだが。


「そうも言っていられないみたいだ。覚悟を決めるぞ」

 

 ユーゴとサラを含めた十名レブナント達が、正門の真上で待機していた。

 本来であればとっくにクラウドを頭上から襲撃している予定だったが、意外な奮戦とそれによる魔法の温存のために飛びかかれずにいた。

 だが、時間は流れ続けている。ゾンビも矢も無くなってしまってからではただの自殺行為に鳴ってしまう。


 クラウドの後ろに並んでいる魔法使い達が魔法を使い切り、背後を振り返った。

 次に交代する誰かを探して魔法が途切れた瞬間、ユーゴ達はゾンビの勢いを加速させ、立ち上がった。


『行くぞ』


 ユーゴ達が立ち上がったのを見て、エクセレンも同時に立ち上がる。

 右手に矢ではなく槍を構えた彼女を見て、クラウドはニヤリと笑う。


「来いッ」


 槍投げのように構えたエクセレンは、その余裕ある笑みをいい度胸だと感じた。

 ならば、その度胸に報いてやらねば。全力で。

 大剣を下段に構えたクラウドに、ソニック・バレットを重ねがけした槍が発射された。

 今までと段違いの魔力に後衛が焦る。

 音よりも早く飛来するソニック・バレットが相手では、魔法の詠唱は間に合わない。


 しかし、迎撃の難易度が上がったかといえば、そんなことはなかった。


「うおおぉ!」


 たとえ同じ魔法を重ねがけしても、効果は単純に倍にはならない。

 風の抵抗を受ける槍の速度はせいぜいが五割増し程度。

 それに比べて発射物が大きくなって難易度は半減。

 度胸と根性で難易度は下がった、と判断したクラウドは、自信をもって剣を振り上げて槍を両断した。

 折れた槍の破片が周囲の粛清隊に突き刺さっているが軽症だ。

 部隊に乱れが生じ、ユーゴ達はそれを機と見て飛び込んだ。


 だが。

 槍を叩き割るために振り上げられた剣が、そのままユーゴに向かって振りぬかれる。


「大当たりだ!」

「くそっ!!」


 クラウドの頭を狙っていた一撃はたやすく防がれた。

 空中で魔剣と撃ちあったユーゴは不利を悟った。踏ん張るための大地がないのだ。


「うおおぉぉ、らぁっ!!」


 クラウドは剣を振りぬいてユーゴを弾き飛ばす。地面へと落下したユーゴが姿勢を立て直してクラウドを見上げると、追いかけるようにレブナント達が一斉に攻撃をしかけていた。

 しかし第四位階に辿り着いた肉体の反応速度は、彼らの想定を超えていた。

 空中で受け止めた成人男性を吹き飛ばすほどの大振りをした直後にもかかわらず、クラウドはそのまま体を回転させて蹴りを先頭のレブナントに叩き込んだ。ただし今度は吹き飛ばさずに、相手を空中に縫いとめるようにまっすぐと蹴り込んでいる。

 真後ろを追うようにして飛び降りていたレブナント達は奇襲のタイミングを逃し、バラバラに着地する。


 マズイ。ユーゴは奇襲が失敗したことを理解してそう思った。ここからは通常の戦闘になってしまう。そうなれば勝ち目はない。

 ユーゴは全速で駆け出した。着地して姿勢を崩しているレブナントが二人、魔剣の一振りでまとめて霧になった。


「光よっ!」


 走りながらユーゴは魔法を発動する。リィンに使った、光を捻じ曲げることで視界を奪う魔法だ。クラウドの動きが一瞬止まる。


「死ねぇ!」


 叫びながら仕掛けたレブナントが反射的に飛んできた剣によって首を切断される。


(なぜ魔剣の力を使わなかった?)


 決まっている、見えていないからだ。


『叫びながら左右から仕掛けろ』


 ユーゴの命令に従って左右から二人ずつが、声をあげて襲いかかる。

 クラウドが腰を落として剣を構える。右側下段の構えだ。


『俺が先に』

『続くわ』


 クラウドを挟んで反対側にいるサラと、タイミングだけを合わせる。

 両手で持った魔剣が振り抜かれる。右手側の二名がやられ、それを見て怯んだ左側の二名が返す刃で胴体を両断される。

 だが、そこまでだ。

 両手でなければ扱えない魔剣を二度全力で振り抜いたその隙に、ユーゴはがら空きの胴体を目掛けて渾身の遠当てを放った。


 獲った!と誰もが思った。

 その瞬間、クラウドは魔剣から手を離していた。

 腰をひねりこんだ右ストレートが、遠当ての剣気へと正確に叩き込まれる。


「なっ」


 驚愕で心を乱したユーゴを誰が攻められようか。

 ましてや落とした魔剣を蹴り飛ばしてユーゴの首を刎ねるなど、予想出来る者がいるはずもない。


「目を潰して気配を隠していたのに、最後に気を発してどうする」


 冷静に指摘をするクラウドの背後で、まさしく完全に気配を隠していたサラが首を狙った。

 空中で回転する生首からその様子を見ていたユーゴの期待は、振り返らずにサラの首を片手で掴んで持ち上げる光景に打ち砕かれた。


「……サリー?」

「その名で、呼ばないで!」


 二人の会話の意味を理解する時間は、ユーゴには無かった。

 クラウドは部下に命じてサラを捕縛させると、悠然と歩いて魔剣を拾いあげる。


「さらばだ、レブナント」

 

 生首は無視して、クラウドはユーゴの胴体に剣を突き刺した。

 プラーナ・コアは脳ではなく心臓にある。彼はそれを知っていたのだ。


 僅か数秒の間に奇襲は失敗し、リーダーは無残な敗北を喫して消滅した。


「うっそでしょ……」


 その一部始終は、エクセレンとレブナント達から戦意を奪うには十分な圧殺劇だった。

 それでも、まだ戦闘は終わらない。

 粛清隊が終わらせなかった。


「やれ、レナ!!」


 その声に合わせて砦全体が激しく揺れた。

 音と振動。

 建物が内側から爆破されたのだ。


 煙から爆発した位置を把握したエクセレンは、唇を噛み切った。

 悔しさで我を忘れ、固まってしまいそうになった己を痛みで無理やり動かす。


「あの女……どうやって!!」


 命令の束縛をどのようにして破ったのかは分からないが、爆発したのは間違いなくティート飾りだった。

 いますぐリィンの居場所を特定して殺してやりたいところだったが、それをする時間はエクセレンにはなかった。

 どこから乗り込んできたのか、粛清隊の女が、目の前に立っていたからだ。


「……まだ生き残りが居ましたか」

「アンタは?」

「レナ、ともうします。覚えていただかなくても結構。いますぐに浄化して差し上げますから」

「はっ、誰が浄化されるって?」


 エクセレンは念話で一つの命令をレブナント達に発すると、自らもレナ目掛けて突貫した。

 レナは滞りなく浄化の呪文を唱え終え、掌底を突き出そうとするエクセレンに浄化の魔法を放った。

 だが、死属ではないエクセレンには、浄化の魔法は効かない。

 驚きに目を見開くレナの懐に飛び込んだエクセレンは、"拡散"の魔法をレナのプラーナ・コアへとぶつけた。

 以前にユーゴへ仕掛け、失敗した彼女のとっておきが、すれ違いざまにレナを絶命させていた。


 悲鳴一つあげることなく副官は膝を着く。

 だが、彼女はそこで終わらなかった。

 レナはすれ違うエクセレンに向けて剣を振り抜いたのだ。

 力のない一振りだったが、武術の心得のない魔法使いには十分だった。

 痛みによろけてしまったエクセレンは、砦の外側に落ちながら最後の命令を発した。


『撤退よ』



◆◆◆◆◆



 レブナントとゾンビのうち、実際に撤退できたのはほんの僅かだけだった。

 戦闘に参加した戦力のほぼ全てを、粛清隊は掃討し続けたのである。


 粛清隊の被害も軽微ではなかった。隊員の半分は死亡するほどの被害であったにも関わらず、クラウドに指揮された彼らは最後まで戦いを続けた。

 地に動かなくなった死体が満ちて、歩くのもままならなくなったところでようやく彼らは勝鬨を上げた。

 砦を揺らすほどの、十分な勝利。

 そして、十分すぎる敗北。


 わずか数時間でアシッド砦は陥落し、レブナント達は壊滅したのだった。

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