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年越し(上)

 ユーゴ達がアシッド砦を奪ったのは、冬の始まりだった。

 それから三ヶ月が経過して、季節は春を迎えようとしている。

 もちろん、ユーゴの居た前世ではなくこちらの世界の暦だが、多少日数は違うものの一年が12ヶ月と4つの季節で回るという所は同じであった。


 死属の跋扈する腐れ谷であったが、生きている動植物が一切存在しないというわけでもない。

 冬が終わり、春が近づいているのは周囲の木々を見ればすぐに分かった。

 ユーゴは今にも芽吹きそうな木を砦の指揮官室から見下ろしつつ、季節の特徴を視野に入れた、戦略的な戦力拡充について考えを巡らせていた。


 「春夏秋冬」という言葉が、意味を含めて問題なくプラーナを介して訳されていることから、農業や季節の特徴などは彼の前世と同じだと考えていた。

 この世界にやってきた時、季節は秋だったが冬に比べて冒険者の数が多かった。

 だからこそ、足繁く冒険に出かける冒険者を次々と食い物にして、ユーゴ達はレブナントへと進化したのだ。


 しかし裏を返して、冬になると冒険者の量が減っていた。

 結果として、ユーゴ達は選り好みをすることが出来ず、訪れてきた冒険者は片っ端からゾンビに食わせるしかなかったのである。

 その代わり、死体は腐りにくくなるため、遠方から"仕入れる"という方策も取れたわけだが。


(夏は考えたくもないな。ゾンビが腐って動けなくなって、冒険者を防げないくらい減ったらどうするか)


 そう考えると、春の間にどれだけ戦力を増やし、守りを固められるかが勝負な気がしてきたユーゴであった。

 サラに相談しようと思いたったのだが、テレパシーを飛ばす前に部屋のドアを控えめにノックする音が響いた。

 レブナント同士であれば、ノックなどせずにテレパシーで「入るぞ」と言ってしまえば良い。実際にそうするものが大半の中で、わざわざドアをノックする人物は限られ、その叩き方の特徴も既にユーゴは覚えていた。


「リィンか? 入っていいぞ」

「良く分かりましたね。気配でも読まれたのですか?」


 丁寧にドアを開け閉めしながら「失礼します」としっかり付け足す性格を知っていれば、誰でもあたりを付けられそうなものだったが、あえて指摘はせずにユーゴは要件を尋ねた。


「俺にそんな器用な事は出来ないよ。ところで何の用かな?」

「ユーゴ様に、ティートの飾り付けの許可を頂きに参りました」

「てぃーと?」

「……まさか、ご存知ないのですか?」


 彼女の驚きようからして、どうもかなり大事なイベントのようだった。

 しまった、という内心をおくびにも出さず、ユーゴは肩をすくめて言った。


「ゾンビにはない習慣だ。教えてもらえるか?」

「ティートとは、年明けと春の訪れと豊穣を願う春祭りのことです」


 そういえばこの世界は冬に年が変わるのではなく、春に変わるのだった、とユーゴはサラの授業を思い出していた。

 それはともかく、ティートとやらの説明だ。


「大昔に、長く厳しい冬が数年間続いた時期がありました。その原因であった氷の大巨人を打ち倒した司祭様の名前からとられています」

「割りと物騒な起源なんだな……」

「ティート様と冒険を共にされた方には、炎の剣を持っているドワーフの戦士で、ダルトンという方が居たらしいです。ドワーフの中では鍛冶名人に贈られる称号として名が伝わっているそうですよ」


 つまり、多少物騒な方法であっても、過去の偉人の名をそうやって受け継ぐ習慣があるということだろう。

 もうちょっと"物語"を勉強したほうが良いのかもしれないと思いつつ、ユーゴは用件を思い出した。


「で、その春祭りでは飾り付けをするってことか」

「その通りです。教会が正式に作ったもの以外は法力もないただの飾りに過ぎませんが、気分転換にもよろしいのではないかと思いまして」


 ユーゴは笑って頷きながら、許可を出した。

 とはいえ、釘を指しながら、ではあったが。


「良いだろう、やってくれ。でも間違えて法力のこもった奴をつくらんでくれよ。ゾンビがやられちまったら祝いどころじゃなくなるからな」


 ユーゴはあえて"命令"という形でそのように指示を出した。

 粛清隊がやってくるということで、リィンが怪しい行動を起こさないか、サラとエクセレンと共に気を使ってはいるが、本当に彼女が謀反を企んでいないのであれば無闇に藪を突く必要はない。

 リィンも納得するレベルをキープするように命令を下す。


 最近はそれも当たり前になってきている。

 文句も言わずにリィンは頭を下げた。

 まぁ、命令しているから文句を言うはずもないのだが。


「気をつけます。何の効果もない飾りを作るよう、努力いたします」


 少しだけ表情をほころばせて、リィンは退室していった。

 砦を攻略した際にハイ・レブナントとして活性化した肉体にも慣れてきたらしく、人間らしい反応を見せるようになった。

 が、それでもやはり、油断はするべきではないだろう。

 ユーゴはエクセレンに念話を繋いだ。


『エクセレン、聞こえるか?』

『ほいほーい。なにかなー?』

『リィンから、ティートの飾り付けをしたいという依頼があった。他のレブナントと一緒に手伝ってやってくれ』

『……じゃー私もちょちょいと作ってきますかー』


 ぶつりと接続が切られて、ユーゴは木で作った椅子に腰掛けてギシギシとそれを揺らす。

 もともとあった椅子やら机やらは、もちろん全て腐っていたので、全員で木を伐採して加工した手作り品だ。

 レブナントとして知性に目覚めた以上、ゾンビと一緒に野ざらしで雑魚寝では居られない。

 砦のような安定した居住地を手に入れれば、今まで以上に人間らしい生活を求めるレブナントも出てくるだろう。


「そろそろ、人間との交易も考えるかなぁー」


 さて、そうなると腐れ谷の特産品でも産出しなければ、商売にはなるまい。

 何かあったかなぁと悩み始めたユーゴは、リィンに関する心配事をすっかりエクセレンに丸投げして、今後の腐れ谷の発展に頭を巡らせ始めた。

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