年越し(下)
ティートの準備はユーゴが思っていた以上に早く進んでいた。
というのも、なんとユーゴを除く全員がティート飾りの作り方を知っていたからだ。
大雑把なカイエンですらちゃんとしたものを作れていたので、対抗してユーゴも作り始めたが散々な結果に終わった。正月飾りに似たティート飾りは、どこから持ってきたのか竹を加工して作られていたのだ。竹を上手く曲げて加工するのは思った以上に難しかった。
「竹なんてどこにあったんだ?」
「最近開拓した地域で見つけたのだけど、興味があるの?」
「あぁ、木を伐って加工するより便利だからな……後で教えてくれ」
地図にそういうのも書き込まないとなぁとぼやくユーゴを置いて、全員が飾りを持ちだして砦中に飾りをつけていった。
リィンに指示を出していたので、飾りには当然何も仕込まれていなかった。
カイエンがうっかりちゃんとしたティート飾りを作って成仏しかけていたが、それはさておき。問題など何一つ起こらずに飾り付けも終わる。
あまった物は外の街道に飾ることにした。
だが、平穏が訪れる前に、新たな騒乱が腐れ谷に訪れた。
飾り付け隊、全滅。
唯一逃げ帰ったレブナントの報告では、敵は粛清隊の黒い霧と百人のプリーストからなる大部隊だった。
「よーやく来たねー」
エクセレンの声は明るいが、表情は堅い。
軽い物言いがわざとなのは明らかだった。
「最悪の事態が起こっても、エクセレンは人間だ。もし捕まるようならさっさと裏切ればなんとかなるんじゃないか?」
「いやー、こんなところに居たら、ネクロマンサーなのモロバレでしょ」
少しだけ口を尖らせて呆れたような表情を見せたが、それ以上話を続けるつもりはなかったらしい。
エクセレンは準備があるからーと指揮官室を離れていった。
「さて、どうするの?」
サラが一歩前に出て指示を仰ぐ。
ユーゴは壁際にズラッと並んだ二十人のレブナントを一瞥した。
アシッド砦攻略戦で生き残ったレブナントは、あれからも実力を伸ばし続けている。第二区画であるアシッド砦にやってくる冒険者はそれまでよりも強かったので、それらを倒し続けてきたメンバーは第二位階として十分以上の実力になっている。
もちろん新メンバーも第二区画を攻略していた冒険者なので、頭数以上にユーゴ達の戦力は強化されていた。
ゾンビの数も順調に増えている。
第一区画から第二区画までの地下水路には大量のゾンビを仕込んであるし、砦にも大量のゾンビがうろうろしている。
もちろんエクセレンがプラーナの流れを調節して、この砦に今まで以上のプラーナが流れこむようにしているためだ。
それらの準備は、新たなる土地を得るための侵攻と、強力な外敵への備えであった。
これを如何に活用するのか。
全員が期待して見つめる前で、ユーゴは喋りにくそうにぽりぽりと頭を掻くと、胸を張って作戦を宣言した。
「今回の作戦は籠城だ」
ユーゴは全員を地図の広がった机の周囲に散らばらせた。
それは第二区画の街路図だったが、そのうちの幾つかの地点に青い石が置かれていた。
「これは……地下水路の出入口ですか?」
「街道から離れた場所にある出入口だ。これを奴らへの奇襲に使うわけだが、万が一にもポイントを知られないために、奴らが地上を通過してから攻撃をしかける」
ユーゴはマリベルを始めとした中心メンバーをそれぞれのポイントに割り当てた。
逆に実力の劣るレブナント達は自らの手元において籠城させるなかで上手く立ち回らせる予定である。
「良いか、出てくるのは奴らが砦に辿り着いてからだ。タイミングはこちらから指示を出すから、それまでは決して逸るなよ」
各々から了解の返事をもらって送り出し、ユーゴは全員に適当に砦中へ散らばるよう支持して解散させた。
「ユーゴ、こんなテキトーでいいの?」
「十分適当さ」
残ったのはエクセレンとサラの二人だけ。
不満気に口を開いたのはエクセレンだったが、サラも同じような表情をしているあたり、納得はしていないのだろう。
「実際にやってみないと分からんけど、きっと街道ではちまちました奇襲とかをしても、きっと無駄になるよ」
「わからないならやってみればいいんじゃないの?」
「ゾンビがプリーストを食い殺すには、ある程度時間が必要なんだよ」
エクセレンは直接現場に出たことがないから知らないのだ、と言ってから気づいたユーゴだったが、特別フォローは入れずに話を続けた。
「ゾンビは食事の時に相手を押さえつける。敵の外側にいるやつを押さえ込んでもすぐに神聖魔法が飛んで来るだろう」
「それなら砦で籠城するのも無駄なのでは?」
「まぁ普通に籠城戦に持ち込むのは無理だろうなぁ」
ニヤリ、と笑ったユーゴの表情を見て、ようやくサラとエクセレンは表情をゆるめた。
今までに何度となく見てきた顔だ。
この表情が自然に出来るのなら、安心してもいいだろう。
三人は揃って窓の外に意識を飛ばしつつ、リラックスしているという状況を作るために他愛もない話題に花を咲かせ続けた。
◆◆◆◆◆
おかしい、とクラウドは一日中ぼやき続けていた。
彼のそばに付きそう副官の女性僧侶の目には、作戦は順調に進んでいるとしか思えず、クラウドが一体何に苛立っているのかまるで分からない。
出身の身分が低く、粛清隊の中ではトップのリオンに次いで複数人存在する百人長の一人でしかないが、実績は他と比べ物にならない相手は偉大な先輩である。
彼女はクラウドの労力を軽減するため、部下たちからやってくる報告をつぶさに確認し、重大なものだけを隊長に報告していた。
とは言うものの、ここまでその重大な報告というものはなかった。
入ってくる報告はゾンビの撃破数と、負傷者の数のみ。
負傷も十分に回復しきれており、進軍の速度は落ちない。
それどころか集団戦に慣れ始め、逆に速度は向上していた。
クラウドはと言えば、副官に仕事を任せながら、常に報告には耳を傾けていた。
だがその中に一向に知恵者の影が見えないことに、彼は苛立っていた。
散発的な襲撃はたしかに粛清隊のリソースを削っている。けれども、そこになんの意思も見られなかった。
一瞬、黒幕など妄想に過ぎなかったのではないかという疑問が脳裏をよぎる。
たまたまゾンビの数が多かっただけ。
たまたま第三位階の冒険者が似合わぬヘマをしただけ。
それだけのことにこれほどの軍勢を派遣したとなると、それはそれで評価にケチがついてしまう。
リオンならうまく方便で功績をでっち上げるかもしれないが、問題は部隊内にもありそうだ、とクラウドは副官に声をかけた。
「レナ」
部隊内の気が緩むことが、クラウドにとってもっとも懸念すべき事態だった。
強大な敵などいない。
雑魚ばかりの楽な任務。
もしもそう思わせることこそが敵の狙いだったとしたら。
「おい、聞いてんのかレナ?」
何度呼びかけても返事がないので視線を斜め後方に向けると、そこには馬上でうずくまり、肩を震わせて何かに耐える副官の姿があった。
「おい。どうした?腹でも痛いのか?アレか?」
「アレどころではございません!!」
怒声を上げて体を起こした彼女の顔は、怒りで赤く染まっていた。
そしてその手には、
「ティート飾り?誰かが持ち込んでたのか?」
その程度で目くじらを立てなくても、とクラウドや周囲のものは思ったが彼女は首を横に振った。
「ここにあったんです」
声を震わせるほどの怒りが、周囲に伝播していく。
「死属如きが神聖教会の偉人を祀る飾りを"中途半端に"作り、ゾンビが這い回る市街に飾るなど……!!」
怒りに声をつまらせた彼女の肩を叩き、飾りを受け取ったクラウドはそれを掲げた。
自然と周囲の足が止まり、全員が馬上の将に注目した。
「お前ら、コレが見えるか。コレは侮辱の塊だ」
クラウドの意志を全員が過たずに受け取った。
コレは神聖教会を、ティート様を、ひいては自分たちを侮辱しているのだ。
「我々をナメてるヤツらがこの先に必ず居る。ティート様の名を汚す偽飾りを1つも漏らさず回収して、改めてこの場に春を迎え入れるぞ!」
鬨の声が上がり、百名からなる僧侶達はより勢いをまして第一区画を走破していった。
全員の視線が周囲に巡らされる中、ひとりだけ馬上の男が興味深げに飾りを眺め続けていたが、それに気づくものはいなかった。




