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ロスヴィータが珍しく怒りを見せている。エルフリートが見ていない間に何かあったのだろうか。心当たりのないエルフリートはゆっくりと首を傾げて瞬きした。
エルフリートの仕草を見たロスヴィータが小さく息を吐いて首を振る。まるで「ああ、そういう人だったな」とでも言うかのようだ。
「ロス……?」
「いや、良い。後で話す」
今、この場では話せない事らしい。エルフリートは不安を感じながらこくりと頷いた。あまりにエルフリートが緊張しているのが伝わったのか、ロスヴィータがくすりと笑う。
「フリーデ、大丈夫だから」
「えっ、あっ」
エルフリートの手を取り、軽く握ってくる。きゅ、きゅ、と数回握られたエルフリートは狼狽えて声を上げた。
ロスヴィータはエルフリートの反応を見て面白がっているらしく、その声を聞いた彼女は同じようにまた握ってきた。
「はは、私の妖精さんは相変わらず可愛らしい。心配するような事は何もない。
ただ、今この場では話ができないというだけだ」
「う、うん……分かった」
ロスヴィータの言葉を信じよう。エルフリートは内心では不安を感じながらも再び頷くのだった。
テントに全員を入れて軽い精神魔法――一定時間、強制的に睡眠させるものだ――で彼らの行動を制限したエルフリートは、ロスヴィータと二人で使う予定のテントへと戻ってきていた。
丁度、彼女はナタリアのフォローに出ていた。パトリツィアへの事情聴取は明日にする事になっているが、ナタリアの方のフォローは早ければ早いほど良いという話になったからだ。
エルフリートは一人、ロスヴィータの帰りを待つ。待つというのは、存外心に堪える。これから何を言われるのかが気になり、それに対する不安が増していくのだ。
いかにエルフリートが楽天家だと言っても、好きな相手かな何かを言われると分かっていたら緊張するし、不安にもなる。
エルフリートは判決を待つ被告人のような気持ちで、ロスヴィータの事を待ち続けた。
「フリーデ、今戻った」
幕が揺れると同時にロスヴィータの声が聞こえてくる。エルフリートはパッと顔を上げる。テント内に灯している魔法の光が彼女の顔をほのかに照らし出した。
暗がりの中に浮かび上がった顔は凪いでいて、これから外ではできない内容の話をする人物だとは思えない。
エルフリートは、ロスヴィータが言った「大丈夫」という言葉が本当なのかもしれない、と信じる気持ちが生まれてくる。
「ロス、お疲れ様。ナタリアは大丈夫だつた?」
「ああ……ひとまずは大丈夫だろう。元々彼女は気丈な人だ。急襲されて押し負けた事と、前に逆恨みされるから気を付けた方が良いと忠告されていた事が現実になった、というのがショックだったようだ」
「なるほど……?」
ナタリアらしい、と言えばそうなのかもしれない。エルフリートは彼女の精神の強さに感心する。
「男性に襲われたという事については、気にしていないようだった。臨機応変に動けなかった自分の鍛錬不足に恐怖していた」
「それは、強いね」
「ああ、強く同意するよ。しかし、ナタリアはすごいな。自分ではこういう時でもしっかり動ける自信があったのだと言っていた。
次があるのならば、今度こそ正しい対処をして自分一人で制圧してみせるのだと息巻いていた」
「本当にすごいね……」
エルフリートの心配はいらなかったようだ。危惧していたような事はなく、それどころかナタリアの反応に驚かされてしまった。
いずれにしろ、ナタリアが心穏やかでいられるのであればそれ以上の事はない。彼女がエルフリートの想像以上に脳筋的な思考の持ち主だったのは意外だったが……。
エルフリートは自分のすぐ隣に腰掛けたロスヴィータを視界の端に捉えながらくすくすと笑った。ロスヴィータが戻ってきた時と表情、ナタリアの話、と続いてエルフリートの気持ちがゆるんでいた。
エルフリートは、穏やかな気持ちでロスヴィータの話を聞く事ができるような気がしてくる。
「ロス、話したい事ってなぁに?」
「あぁ……待たせてしまってすまなかった。本当に大した事ではないんだ」
ロスヴィータはなぜか恥ずかしそうにはにかみ、指先で頬をかいた。
「……時間が経てば経つほど、言いにくくなってきた」
そう呟く顔は羞恥心に染まっている。怒っている姿で声掛けされた時と今の姿が一致しない。エルフリートは目を丸くした。
心配する必要がないという事には心から納得できそうだが、今度はそれが同じ内容だという事が信じられなくなっている。不思議な気分だった。
「ええとだな……やはり、言うのをやめて良いか?」
「ええっ!?」
ロスヴィータが珍しく逃げの姿勢を取る。エルフリートはその意外すぎる展開に驚きの声を上げた。
ロスヴィータは正面からぶつかるような、そういったまっすぐなやり取りを好んでいたはずだ。それが、こんな風に逃げようとするとは。
これから新しい彼女の姿だった。
「ロス……言いたい事を我慢するのは良くないよ」
エルフリートはもっともらしく言ってロスヴィータを宥める。だが、これは彼女がそこまでして言うのを恥ずかしがる理由が知りたいという好奇心からくるものだった。




