19.朝顔のように
その後も攻略は順調だった。第三、第四のレイドボスも無事撃破し、最終ボスが存在すると思われる羽人族の大集落に辿り着いた。場所は大陸南端の岬の突端。彼らは岸壁に居住区を設け、生活しているらしい。よくよく見ると、海の彼方にうっすらと対岸が見える。周りのプレイヤーに聞いたら、新大陸なのだそうだ。どうやって行くんだろう。
流石に最後のレイドボスなだけあって、百名近いプレイヤーが待機している。残り時間は十九分。
「おっさんマジかよー」
「頭かてーなー」
「おっさんじゃない。ほら作戦会議の邪魔だ。どっかいけ」
「勝鬨橋って聞いたからどんなもんかと思ったけど、俺らの価値が分かんないじゃなー」
あいつら……。ヴァリアントの連中がまた揉めているようだ。懲りないなホント。俺がそちらに近付くと、赤毛の剣士が俺に気付いた。
「やべ、鬼だ。逃げるぞ!」
「うわーヘソ取られちまうー」
「ギャハハハ」
こちらを指差しながら、走り去って行く。何だ鬼って。
「何だ?鬼って」
おっさんと呼ばれていた人にも聞かれた。
「さぁ、一回脅したんで、それで、ですかね」
「そうなのか。まぁ五月蝿いのがいなくなって助かったよ。〆氏だ」
「らっきょです」
握手をする。ゲーム内でも握手はよく用いられる。そこだけセキュリティも甘い。製作者が握手好きなのかな?
「らっきょは一人か?」
「クランメンバーがいます」
少し離れた所にいたメンバーを紹介する。
「そうか一人だったら数合わせに入ってもらおうかと思ったんだがな」
〆氏さんは事情を話してくれた。クラン勝鬨橋はトップクランに数えられる程の有名クランだ。先行している四人は既に新大陸に進んでおり、残りの六人でこれから移る予定なのだとか。そうなるとパーティーの枠が一人空くため、レイドに向けて@一を探していたみたいだ。
「まぁ本当に数合わせなんだ。うちはこの六人で完成してる」
「言いますね。こっちも負けてませんよ」
勝鬨橋は六人。こちらもファーニーを入れれば六人。
「勝負だな」
「ええ、派手に活躍して見せますよ」
「また始まった。〆爺の負けず嫌い」
「ラッキーほどほどにねー」
「クランマスターは私ですよー」
外野から野次が飛んでくるが気にしない。何か向こうからも飛んできていた気がしたが。というわけで勝負する事になった。
「〆氏さんはタンクで有名な人ですね」
「へぇ有名プレイヤーだったのか」
「勝鬨橋は全員が有名プレイヤーだと聞いたな」
「負けてらんねーしー」
「そうっすね!やってやります!」
「それで、最後のレイドボスはどんなのだ?」
「ネタバレタグ踏んでないんで分からないです」
「エラい」
「お、出るぞ」
時間になった。所詮は野良レイド、失敗したって失う物は無い。
【メインクエスト:レイドボス幽界の王サルマルを倒せを開始します】
【制限時間は五十分です。このレイドに限りデスペナルティは一分に短縮されます】
デスペナルティが短い。つまりそれ程のボスなのか。はたまた別のギミックがあるのか。
プレイヤー達は構えるが中々ボスが湧かない。今迄は明確にボスが現れそこが始まりだったのに。
「また見えないボスか?」
「違います!海見てください!」
ダイモンの声に、皆で海を見る。見えるのは対岸の影と……。違う、影が動いた。
「わお、でかー!」
「テンション上がって来たー!」
霧の向こう側からそいつは現れた。天を突くような巨大な人型。頭には冠を抱き、目は妖しく光る。右の手には巨剣を持ち、口からは気煙を吐いている。
「鑑定」
▶幽界の王 サルマル
幽界を統べる王。右の手には怪剣ダリウスを持つ。
????を弱点とする。
鑑定が通りきらない。レベルが足らないのか。
先手を取ったのはプレイヤー側だった。サルマルへと魔法組が攻撃を仕掛ける。着弾する間際、サルマルは剣を振り被り、海へと叩きつけた。海が割れ、壁になる。魔法攻撃は海壁に呑まれていった。
「物理的に魔法攻撃を往なしたな」
「とんだ化け物だな、ありゃ」
「これだよこれ。レイドボスはこうでなきゃ!」
「テルテルにしては良いこと言う」
「さて、まずは近付くところからですね」
サルマルが一歩踏み込み、第二撃の剣を振るって来る。まずい、この横振りは避けられないぞ!
「バンカーフォートレス!」
「トリプルバリア!」
「グランドピラー」
〆氏さんが前に出ると、その手に持つタワーシールドを岩肌に挿し込んだ。怪剣と〆氏さんが衝突する。バリアが立て続けに割れる音が響き、〆氏さんが押し込まれ、剣の真下に発生したグランドピラーが怪剣を押し上げた。結果、上へと弾き上げた格好になる。
「今だ!」
「おっしゃあああ!」
体勢の崩れたサルマルにプレイヤー達が殺到する。岸壁から攻撃の届く部位に近接組が襲い掛かる。
「俺達も行くぞ」
「ああ」
「しゃあ!」
俺達も武器を片手に攻撃を始める。まずは体を支えている左手だ。
「牙突!」
「連続斬り!」
「ファーニー!踵落とし!」
「スウェー!」
HPバーが減り始めた。よし、攻撃が効かない敵じゃない。暫くタコ殴りにあっていたサルマルは立ち上がり、岸から離れる。そうなると遠距離組の攻撃に切り替わる。
「ストライクレイ!」
「クラスターボム!」
遠距離攻撃を嫌がり防御体勢に入ったかと思うと、サルマルの前に三つの玉が出現した。赤、青、黒の三つだ。
「ヤバい気がするな」
「マジックヴェール!」
すかさずダイモンの防御魔法が飛んでくる。三つの玉が光ると、それぞれ火、氷、闇の数百発の魔法弾がプレイヤーに向かって撃ち出された。
「こなくそ!」
重心移動と空歩を駆使し、何とか全て避けきる。周りを見れば、かなりのプレイヤーがデスしたようだ。
「玉を先に破壊しましょう!」
「スプレッドビーム!」
勝鬨橋のオールバックの魔法使いが水魔法を火の玉に撃ち込む。三種の玉にはそれぞれHPバーが設定されており、そのバーがごりっと削れる。
「やはりな。玉にはそれぞれ弱点があるぞ!」
「ストライクレイ!」
ダイモンが黒の玉を光魔法で攻撃する。確かにバーがはっきりと削れていた。
「黒は光でいけそうです!」
「じゃあ青は氷だったから、火だな多分」
〆氏さんの発言で火魔法が使える魔法使いが青の玉を攻撃し始める。各自が得意な魔法を撃ち込み、玉はあっと言う間に破壊された。しかし……。
「近付けないな」
「ああ。海の中じゃな」
サルマルは怪剣を直接振るう事は無く、斬撃波を飛ばす攻撃に切り替えてきた。あのサイズの斬撃だ、犠牲者も少なくない。近接組のダメージが無いので、HPバーの減りが遅い。
「あんたら、前を開けてくれ!」
暫く膠着状態が続いていたが、背後から声がすると、羽人族が何やらバリスタのような物を設置しているところだった。
「定番武器キター!」
テルのハイテンションが天井知らずだ。
「アンカーバリスタ発射!」
計三発のバリスタが発射される。面白い事に、バリスタの弾体には太い鎖が繋がっている。それぞれが左肩、右手、腹部に突き刺さる。
「巻き上げろ!」
羽人族総出でチェーンリールを巻き上げ始めた。するとサルマルが岸へと引っ張られ始めた。これは心強い。
「待ってられねぇ、お先!」
勝鬨橋の一人が鎖に飛び乗り、その上を走り始めた。なんてバランス感覚だ。両手にクナイのような武器を構えている。あれは忍者!?
「私も行こう」
タリが意味不明な事を言い出した。
「おま、何言って」
「天将回現:朱雀」
タリの背後に朱色の鳥型が現れる。
「朱焔憑依」
タリに憑依した朱雀の権能が表れる。すなわち翼。タリが飛翔した。忍者を追い抜いてサルマルに肉薄する。サルマルは怪剣を振るうがかすりもしない。
「えータリっちチートくさーい」
「かっけえぇぇ!」
「ほら、テル行くぞ」
一拍遅れて、俺とファーニーに乗ったテルが走り出す。他のプレイヤー達も続く。
「ハーフスイング!」
「ウィングボレー!」
鎖に引かれ、岸壁に突っ伏す形になったサルマルの顔に集中攻撃を加える。
「いいぞ減ってる!」
「半分切った!」
HPバーも半分を切り、このまま押し切れるかと思った矢先。サルマルの体が黒く光り始めた。
「離れて!」
ダイモンが叫ぶが時すでに遅し。
サルマルの体が爆発した。
瞬間、ブラックアウトする。
【デスペナルティとして一分間、リスポーン出来ません】
リスポーン後、パーティーに合流すると、現場は混乱を極めていた。怪剣をやたらめったら振り回すサルマル、増える犠牲者。
「ビッグタント!」
「ヒーリングシャワー!」
そんな中でも〆氏さんのタンクとダイモンのヒール回しは目立っていた。この二人がいなければ、大きく瓦解していた可能性もある。タワーシールドを叩きサルマルの注意を引く〆氏さん。全体にヒールを配りながら、同時に〆氏さんのHP管理をしているダイモン。勝鬨橋側のヒーラーは運悪く範囲に入ってしまったらしい。そのヒーラーも戻って来たようだ。
「すまない復帰した。変わる。ヒールオール!」
「ありがとう御座います。パーティーに戻りますね」
クランメンバーが一度集合する。タリの憑依は時間が来てしまい解かれたようだ。
「悪い油断した」
「あれは仕方ありませんね。しかし、接近したら自爆範囲とは意地の悪い仕様です」
「特攻繰り返すしかないのかな、姉貴」
「それはあまりにもリスキーですね。〆氏さんがいなかったら全滅も有り得ました」
「ラッキー、鑑定したっしょ?」
「ああ、だが剣の名前と伏せられた弱点の項目しか見えなかった」
「それはつまり、弱点が存在すると言う事か」
「多分な」
「なるほど、弱点で範囲攻撃をキャンセルするのが仕様なんでしょうね」
「弱点か……」
「通常の属性では無さそうだな」
「よっし、そうなればあーしの出番っしょ」
ぽぷらが張り切って懐から様々な瓶を取り出す。
「毒から、麻痺、混乱、石化まで何でも御座れ」
「しかし、投げて届く距離じゃないな」
「話は聞かせてもらった!」
突然の声に振り向くと、腰に手を当て仁王立ちするちびっ子魔法使いがいた。さっきグランドピラーを剣にぶち当てた土系の魔法使いの人だ。
「あちしに名案がある!キララ!」
「はいはい、そうなると思いましたよ」
ちびっ子の後ろから猫背の女性が前に出てくる。
「この娘はキララ。サイコメトラーだ!」
「サイコメトラー?」
「念力で戦うジョブです。引き寄せから射出まで何でも御座れです」
「お、丁度いいじゃーん。じゃキーララ、今から渡すものぶち込んでー」
「キ、キーララ?」
「ほれほれ早く」
キララはぽぷらに背中を押され、矢面に立たされる。若干引き気味だが、大丈夫だろう。早速次々と瓶が射出されていく。
「さってその間にちみ達の中で、あちしを海まで飛ばせる人はおらんかね」
ちびっ子は偉そうに俺達を見回しながら、そう聞いた。海まで?
「それこそキララさんの念力じゃ駄目なのか?」
「ノンノン。もっと遠く。あのデカブツの背後まで飛んできたいのさ!」
「背後。中々距離があるな」
「あの」
テルが手を上げる。
「手段を選ばないんだったら出来る、かも」
テルが言うのはこうだ。まずちびっ子。名前はスーニャらしい。に硬化薬と物理防御魔法を掛ける。その上で膝を抱えて丸まっててもらえば……。
「バードゴラッソ!」
ファーニーが振り抜いた脚はボールのように身を屈めたスーニャを蹴り抜いた。ダメージエフェクトが散りながらもスーニャは遥か上空、サルマルを越えて海へと落下して行く。成功だ。
「上手くいったのはいいが、あれは帰って来れないよな?」
「スーニャはデスポーン前提だって言ってました」
瓶を一通り投げ終わったのか、キララがこちらに戻って来る。
「そりゃ肝の座ったこって。しかし、そこまでしてどうするつもりなんだ?」
「スーニャの専門は土だけじゃありません。振動の魔法を使う魔法使いなんです」
「振動魔法、それって……」
遠くてよく聞こえないが、スーニャが叫ぶようにしながら杖を海面に向けている。すると、地面が小刻みに震え始めた。徐々に震えが大きくなり、やがてピタッと止んだ。
「海震後、津波が来ます」
サルマルに匹敵するような巨大な波がその体を襲った。俺達も思わず岸壁から退避する。サルマルは波に押されて岸壁に体を打ち付けた。
「よっしゃ、最後のチャンスだ。ぽぷら、弱点は!」
ぽぷらを見ると、最近よく見る悪い笑みをしている。
「ニシシ。ラッキー。雷で草」
「そうか。ナイス確認」
俺は近接プレイヤーが前に出て武器を振るう中、タイミングを待っていた。サルマルのHPもあと少し、しかしその体が妖しく光り始める。
「また来るぞ!」
「うおおお後少しなんだあああ!」
「雷装。覚醒」
黄金のオーラが身を包み、全能感が溢れてくる。その上に雷の鎧を着込み俺は跳ねた。空歩を使い、奴の頭に着地する。槍を突き刺し、中心を意識する。放つは雷の根。
「迅雷樹!」
グオオオオォォ
サルマルの声にならない叫びが響き渡る。ダイモンの読み通り、光が収まった。痺れて動けないのかサルマルの動きが止まる。
「今しかないぞ!この技は後二十五秒間しか放てない!」
身構えていたプレイヤー達に向かって叫ぶ。削りきれなければ負け筋になる。
一斉攻撃が始まった。各々必殺技を撃ち込み始める。これが最後だ。皆も理解してる。
「迅雷樹!」
おれはクールタイムの終わった迅雷樹をもう一度使用する。撃てるのは後一回。間に合ってくれ。
「いい加減くたばれ!迅雷樹!」
最後の雷撃が放たれ。俺は宙に放り出された。目の前はポリゴンの砂嵐だ。
【レイドボス:幽界の王サルマルを倒しました】
【メインクエスト:幽界の尖兵をクリアしました】
【レベルが上がりました】
らっきょ Lv27
ジョブ 覚醒者(槍)
サブジョブ 商人
筋力 45→50
頑強 41→44
知恵 26→29
器用さ 43→48
敏捷 36→39
魔法抵抗 33→38
運 12→14
スキル
互換性Ⅱ
空歩Lv2 覚醒Lv2
重心移動Lv3 天柱落Lv3 身体能力向上Lv5 健康Lv3
雷装Lv1
頑強Lv4 健脚Lv3 体力増強Lv4 体捌きLv2
槍術Lv5 棒術Lv4 挑発Lv4 交渉術Lv1
鑑定Lv4
アビリティ
両手突き 打ち払い 投槍 上段突き
下段突き ハーフスイング 三連突き 牙突
槍術が五に上がった。遂に棒術を抜いてしまった。空歩もレベルが上がった。どうやら二歩目も空中を蹴れるらしい。
「やりましたね」
「ダイモンお疲れ」
「らっきょさんもお疲れ様です」
二人で互いを労っていると、〆氏さんが近付いて来た。
「やるじゃねぇか、らっきょ」
「そちらこそ」
「今回は引き分けだな。そちらも凄かったが、うちも中々だろ?」
「ええ、特に自ら特攻して海震起こしたスーニャさんには驚きました」
「はは、喜ぶから直接言ってやんな。にしてもお前らはあれだな」
「はい?」
「朝顔みたいなもんだな」
「朝顔、ですか?」
ダイモンがキョトンとしている。
「朝顔ってのは咲くまで何色か分からんもんだろ?飛び出てビックリ箱みたいなクランだと思ってな」
「朝顔……」
「それじゃあな、また最前線で会おう。朝顔のように在れ」
〆氏さんは去り際にフレンド登録を飛ばして来た。何と言うか、ちょっとカタギじゃない雰囲気があるよなあの人。
クランメンバーで集まると、ダイモンがまだ思案顔だった。
「どうしたんだ?」
「あの……クラン名決めました」
「え?」
てっきり電脳組が気に入ってるのかと思ってたが。
「モーニンググローリー」
「朝顔、か」
「はい。どうですか?」
「あーしは好きだよ」
「姉貴に賛成」
「良いじゃないか」
「らっきょさんは……」
ダイモンは不安そうにこちらを伺う。
「全員一致なら決まりだろ?俺達はモーニンググローリーだ」
「っ!はい!」
こうして、東バシレキス大陸を踏破し、俺達、モーニンググローリーは新大陸へと歩を進める。
「朝顔のように在れ」
〆氏さんが最後に言った言葉が耳に残っていた。