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異世界帰りの元勇者は現実世界でも天才でした。  作者: 坂元たつま


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過去の亡霊と次元の管理(スペクター・オブ・プロトコル)

香坂サヤの嘲笑は、マサトの胸に鋭く突き刺さった。彼女は、マサトの「論理的思考」という最大の強みを逆手に取り、彼を罠にかけていた。ISTOは、マサトの知性が人間の感情や不確実な行動を予測できないという弱点を、すでに把握していたのだ。

「私を勇者と呼ぶのは、やめていただきたい」マサトは冷静な表情を取り戻し、テーブルの上の解析データを整理しながら言った。「私はただの科学者です。そして、ISTOの管理下に置かれようと、私の研究は止められません。次元の歪みに関する研究も、エネルギー伝送システムの基礎理論に含まれると考えています。反対する理由はありませんね?」

香坂は、その挑発に乗ることはなく、ただ冷徹に答えた。

「論法は正しいわ。あなたの次元の歪みに関する研究は、表向きは『空間を介したエネルギーの伝播効率向上』という名目で承認する。しかし、私はあなたの研究に共同研究者として加わる。そして、あなたの行動を24時間、監視する。拒否権はないわ」

共同研究者。それは、マサトの裏の研究に直接介入し、彼の最も隠したい秘密を暴くための、ISTOの新たな戦略だった。

「結構です。私一人の方が効率が良い」

「残念ながら、決定権はあなたにはないわ。ISTOの予算が投入される以上、私はあなたの**『不確実性』**を管理する義務がある。拒否すれば、あなたの研究は全て凍結される」

マサトは、即座に計算した。この状況で香坂を排除しようとすれば、物理的な排除(異世界で培った技術は失っている)か、論理的な排除(不可能な賭け)しかない。どちらも、エネルギー問題解決という彼の目標から遠ざかる。

「…わかりました。共同研究者として、あなたを受け入れます。ただし、私の研究速度に遅れないようにしていただきたい」マサトは、挑戦的に言った。

「心配無用よ。私はあなたを理解しているから」

香坂は、マサトのデスクに腰掛けた。その時、彼女のスーツの袖口から、一瞬だけ、古い火傷の跡のようなものが垣間見えた。

 香坂サヤの過去

数日後、香坂サヤは本当にマサトの研究室に入り込み、共同研究者としての活動を始めた。彼女は、マサトの複雑すぎる理論を瞬時に理解し、的確な質問を投げかける、極めて優秀な科学者だった。しかし、その知性の裏には、冷たく、感情を感じさせない壁があった。

マサトは、香坂の過去を探る必要があった。彼女が「迷人の過去の事例を数百件知っている」という言葉の裏には、彼女自身の過去が隠されていると考えたからだ。

マサトは、ISTOの機密情報に直接アクセスすることはできないが、彼の次元知性は、外部からの情報(公的なデータベース、ニュースアーカイブ、科学論文など)を瞬時に解析し、パズルのピースのように組み立てることで、真実に近づくことができた。

(香坂サヤ。公的な記録では、彼女は幼少期から天才としてISTOにスカウトされている。しかし、彼女が所属していた研究チームの記録に、不自然な空白期間がある…西暦2001年から2004年の3年間だ)

マサトは、その空白期間に焦点を当てた。そして、その期間に発生した、世界的なニュース記事を解析した。

「2003年、中東某国の砂漠地帯で、原因不明の大規模な空間異常が発生。巨大な建造物とみられる残骸が出現、直後に崩壊」

*「2004年、科学技術戦略機構(ISTOの前身)が、**『次元間相互作用の研究』*に関する機密指定を解除」

そして、最も重要な情報を見つけた。

*「2004年、香坂サヤの研究チームが、**『迷人回収プロトコル』*の基礎を確立」

マサトの頭の中で、全ての情報が繋がった。

(香坂サヤもまた、迷人だったのだ。彼女は2001年から2004年の間に異世界に転移し、帰還した。そして、その経験と知識によってISTOの核心に入り込み、『次元間相互作用の研究』と**『迷人管理プロトコル』**を確立した。あの袖口の火傷のような跡は…異世界での戦いの痕跡かもしれない)

香坂は、自分自身が「迷人」であったからこそ、マサトの「戦闘知性」や、異世界への執着を理解し、そして恐れているのだ。彼女は、自分の過去の経験を、二度と繰り返させないために、全ての迷人を管理しようとしている。

 次元研究の突破口

香坂の目を欺きながら、マサトは裏の研究を進めていた。

彼は、ネックレスの魔素の波動と、大学構内の特異点の共鳴パターンを重ね合わせ、異世界への転移プロトコルの基礎理論を構築しつつあった。

マサトの理論はこうだった。


異世界転移は、偶発的な次元の歪みではない。この世界に存在する**『次元特異点』**が、ある種の自然エネルギー(雷、地熱、あるいは人間の強い感情)に共鳴することで、異世界との『接続』が開き、そこに偶発的に居合わせた人間が『迷人』として転移する。ISTOは、その特異点の発生場所と共鳴条件を把握し、転移した迷人を回収し、その知識を利用している」


香坂が「数百件」の事例を知っているのは、特異点の場所と発生履歴をISTOが把握しているからに他ならない。

マサトは、香坂に知られずに、この理論の検証を行う必要があった。彼は、表の研究である「送電ロスゼロシステム」の実験装置に、細工を施した。

「香坂さん。エネルギー伝送の際の**『空間波動の安定化』のために、ネックレスと同じ周波数を持つ超低周波シールド**が必要です。これを実験炉に組み込みます」

香坂は、その論理的な説明に納得した。超電導現象を扱う上で、外部からのノイズ遮断は必須だからだ。しかし、この超低周波シールドは、マサトの裏の目的、すなわち**「転移プロトコルの基礎実験」**に必要な装置でもあった。

 監視の罠とマサトの反撃

共同研究が始まって一週間。香坂は、マサトの研究活動に同行し、彼の一挙手一投足を監視していた。彼女は、マサトが物理現象の解析中に、人間的な会話を避け、論理的なデータにしか反応しないことを確認し、彼の弱点を突く準備をしていた。

ある実験の最中、香坂は突然、マサトに私的な質問を投げかけた。

「ねえ、榊原くん。山に籠っていた時、誰か、大切な人はできた?」

マサトは、一瞬反応が遅れた。マリアの顔が脳裏をよぎり、心拍数が上昇する。彼の次元知性は、この質問が論理とは無関係の心理攻撃であることを理解したが、感情を抑えることができなかった。

「…関係ありません」マサトは、冷たく答えた。

「関係あるわ。あなたが、どこかに**『帰りたい』**という強い感情を持っていることは、あなたの脳波から読み取れる。それが、あなたの不確実性の原因よ」香坂は、勝利を確信したような笑みを浮かべた。

しかし、マサトは、その動揺の瞬間を、逆に利用した。

「香坂さん」マサトは、香坂に顔を向けた。そして、彼女の心拍数、瞳孔の開き、そして、スーツの袖口の火傷の痕跡を、一瞬で解析した。

「あなたは、2003年のあの空間異常に巻き込まれ、異世界に転移した。そして、戦い、帰還した。だから、俺の孤独な感情がわかる」

マサトは、香坂が隠し続けてきた過去を、一瞬で突きつけた。

香坂の顔から、一気に血の気が引いた。彼女は、冷静沈着な科学者の仮面が一瞬で剥がれ落ち、動揺を露わにした。

「あなた…どこまで…」

「論理的な予測ですよ。そして、一つだけ質問させてください」マサトは、まっすぐ彼女の瞳を見つめた。「あなたが、異世界から持ち帰った知識は、本当にこの世界の科学技術の発展に役立っていますか? それとも、ISTOの権力維持に使われているだけですか?」

マサトの反撃は、香坂の最も傷つきやすい核心を突いた。彼と香坂の戦いは、単なる物理学の論争ではなく、過去の迷人たちの残した知恵を、世界を救うために使うか、あるいは管理するために使うか、という、思想の戦いへと変貌し始めた。


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