父と母と兄 1
これは、ぱきペキ商店街に住んでいる、高校一年生、沙和里 太洋の他愛のない日常を、適当に書き留めたものである。
☆
ある休日、太洋がボアのスリッパを履いてパタンパタンと、リビングに降りていく。ドアを開けばそこはハワイアン。部屋のインテリアは母親の仕事上で、仕方ないとして、まだ肌寒い季節にも関わらず、タンクトップ姿の兄、それと長袖ヒートテックの上にアロハを着ている父、沙和里 心地の姿が、世界をそこに導いている。
「お!おはよう!たいよう!朝トレしようぜ!」
ダンベルで筋トレしながら兄が弟に声をかける。ちらりと自分の上腕二頭筋を眺める兄。彼ができる限りのタンクトップ姿には、筋肉を眺めたいという欲望があるのだ。
そう、兄沙和里 大海の趣味は……『肉育て』二人の姉、七海がそう言っている。
☆☆
「やんない、ねえちゃんは?」
「休日出勤だとよ。会社勤めなんか止めて、うちの花屋手伝えばいいのになぁ、レモネード作るけど飲むか?たいよう」
父親が黄色レモンの実を収穫している。姉の不在にホッとする太洋。
後で飲むと答えてると、バナナでも食べよっとぉ、と筋トレに飽きた兄がテーブルの上のバナナスタンドに、ぶら下がってる一本をむしり取りにきた。
キッチンからはパンケーキの香り、パチパチと跳ねるベーコンの油の音。流れる音楽は最近フラダンスを始めた紅子のそれ……。ママ、レモン絞るよと父親。タンクトップ姿の兄は立ったままでバナナを食べている。
「あ!たいよう、おはよう、見てみてー、今日フラダンスのレッスンなの、カッワイイでしょう?創っちゃった」
母親紅子が朝食の皿が乗ったトレーを運んで来た。その姿に目が点になる息子太洋。
☆☆☆☆
名前に合わせて赤!ウフフン、と笑う紅子、流石に父親と同じく長袖のヒートテックを着込んでいるが、白のハイビスカスが線画で染め抜かれた、真紅のムームーに、髪にはそれも自分で造ったらしい、プルメリアの造花の髪飾り……。
「ママ!似合ってるよ!そうだ!『レイ』造ろうか、造花余ってる?」
フラワーアレンジメントもやる父親が、その姿を見て思いついたらしく話に入る。
「あらー、パパ♡アイシテル、今度造花とか、ムームーとかの教室も頼まれちゃって、この髪飾りとか、服教室で評判なの、買うと高いのよねぇ」
趣味と実益を兼ねている母紅子。テーブルに並べられた朝食は、パンケーキにカリカリベーコン、スコッチエッグにベビーリーフのサラダ。ジャムにサワークリーム。
ミネラルウォーターをピッチャーに、ドボドボと注ぎ絞った果汁とはちみつを入れ、レモネードを作っている父親。その姿はアロハシャツ、兄はタンクトップ姿。
厚手の長袖スエットを着ている自分は……おかしいのか?とちらりと脳裏をかすめた太洋。テレビのリモコンを手に取ると電源を入れる、パッと天気予報。
「………強い冬型の気圧配置になります。等圧線の間隔が非常に狭く、北風が吹き荒れ、季節外れの雪が降る模様……」
「……レモネード、ホットにする、雪降るんだってよ」
父親が耐熱ガラスに注ぎ入れたそれを受け取ると、太洋はレンジに入れた。私も着替えてこよ、と紅子がキッチンを出る。父親は黙って一枚上着を羽織る。兄はどうしようかと悩んでいる。
ジー、グルグル、グルグル……チン!
「強い寒の戻りとなります。暖かい服装で、風邪に注意をして休日をお楽しみください」
太洋は、アナウンサーの声を聞きつつ、湯気立つそれを取り出した。兄は……、渋っていたが、ため息をつきながら、パーカーを着るために自室に向かった。
ちゃんちゃん。