当番 1
これは、ぱきペキ商店街に住んでいる、高校一年生、沙和里 太洋の他愛のない日常を、適当に書き留めたものである。
☆
父母共多忙な沙和里家では『家事当番』なるものがあった。
「たいよう、今日は晩ごはん当番だからね、ママはフラダンスのみんなとご飯してくるからね、ウフフ」
朝食を終えたテーブルで、赤のモヘアのセーターを着込んだ紅子が、コナコーヒーを飲みながら、予定を伝える。ん、わかったと答える太洋。
「おおー!たいようの日かぁ、これはラッキー」
兄大海が、再びダンベルを扱いながら嬉しそうに話す。
「今日の配達当番は、兄ちゃんだからな、逃げるなよ」
さて、店に下りるか、と父心地が、飲んだカップをシンクに運び片付けると、ほら行くぞと声をかけた。ち……わかった、としぶしぶついて行った大海。
「さっ!洗濯掃除をして!教室の材料作りしなくちゃ、自分の部屋は掃除しなさいよ」
忙しい紅子が立ち上がる。
「うぃーす。ねえちゃんの分は?」
「たいようか、パパが作るんなら食べるって」
ねえちゃん食うのか……、太洋はメニュー何にするかな、と思いながら、部屋に上がった。
☆☆
「桃香!暇なら、回覧板持って行って」
『鮨処 二胡山田』の2階リビングで、桃香が日課のエクササイズをせっせと頑張っていると、白の割烹着姿の母からそれを差し出される。
「暇じゃないもん!」
百均で仕入れた麺棒を、コロコロと太ももやふくらはぎに当てていく彼女。ウエストをひねったり、背筋を伸ばしたりと忙しくしている。そんな娘に母はにんまり笑いながら奥の手を出す。
「ウオーキングがてら行ってきてよ、紅ちゃんの家だよ、紅ちゃんの♡」
「……紅ちゃん……!たいようの家!行かさせて頂きます!」
行き先を聞くなり態度を豹変させた桃香。いそいそとフリースの上着を着込むと、白のフェイクファーのベレー帽を被りでかけた。
☆☆☆
誰もいないキッチンで冷蔵庫を覗く太洋。
「あー、材料無い、えーとぉ、特売してたっけ?」
バタンと冷蔵庫を閉めると、扉に貼ってあるチラシ『パピぺき商店街、特売の日あれこれ』を指差し調べる。テーブルの上には封筒が一つ、食費が置かれている。
中身をちらりと見ると、明日の朝ご飯のパンを買ってくるようにとのメモ。
「パンははっちゃんのところでいいか、オマケしてもらえるし……めんどくさいから今から着替えて、買い出しに行っとこ」
スエットで出掛けるな!と言われてるので、とりあえず下にだけ履き替える為に、パタパタとスリッパの音を立てて部屋に戻り、用意をするとエコバッグを手に取り外に出る。
―――「んー、ふふふん、何かお菓子でも買っていこうかな、て!あれ?」
回覧板を手にウキウキと、歩いていた桃香は偶然にも目の前に愛しの太洋の姿を発見した。こっち!と声を上げ満面の笑みをつくると小さく手を振る。
「あ、桃香」
「ぐうぜーん♡今これ持って行こうとしてたの、どこ行くの?」
「回覧板?ん、貰おうか、エコバッグに入れたらいいから、晩ごはんの買い出し」
「いい!家まで持ってく!付き合うよ、暇してたから♡」
ルンルン気分で隣に寄り添い歩く桃香。あー、この道やめとこうかな……一本裏に入るか、と考える太洋、道を挟んで斜め向こうに、『魚屋 御逗田』があるのだ。休日の今日は娘の茉莉が、店先にいる確率が高い。
面倒な事は嫌だしな、と太洋はそれなりに策を練ったのだが、時は既に遅かった。
☆☆☆☆
「……え!そっち?もしかして商店街で買わずに『スーパー、パピプペポ』に行くのぉ?裏切り者って言われちゃうわよ?!てか!何であんたがここにいるのよ!みずたまり!」
「ハァハァ……店番してたら、姿が見えたから!ニコヤマダモモカ!抜け駆けは許さない!ゴクン、ハァハァ」
ダッシュで駆けつけたのだろう、息を切らした御逗田 茉莉が、鰯が入ったビニール袋を片手に姿を現した。そして始まる……、最早商店街の名物になっている二人の戦い!
「何でイワシの袋持ってんのよ!みずたまり!太洋が魚臭くなるじゃない!」
「キャッ!お客さんに渡そうとしてて……!しまった!魚臭い?そんなこと無い!うちの魚は新鮮ピチピチ!あんたの店にだって卸てんだからね!」
「ぐ……!じゃぁ、さっさと店に戻りなさいよ!私はたいようとこれからお買い物なの」
これ幸いに腕を組む桃香!あー、めんどくさいとため息をつく太洋。
「買い物ぉぉ?そこ曲がったら、スーパー、パピプペポ!まさか!己!ニコヤマダモモカ!悪の道に誘うとは!」
「はい?何で私がスーパーに行かなきゃならないの!敵情視察なんかしなくても、うちの売り上げはバッチリよ!」
「フフフーン、それはわたしんちの魚が新鮮だから、ニコヤマダモモカ!その手をお離し!」
白熱する二人、くすくすと笑いながら通り過ぎるご近所さん、これはいかんと太洋は話に割って入る。
「あー、違うから、えと、そう、はっちゃんのパン屋に行っとこうかなって……、それに俺は晩ごはんの買い出し、こいつは回覧板持って来ただけだし」
「あー、そういう事、たいよう、今日は当番か、うちのお母さんもフラダンスしてっから、ふふん、ニコヤマダモモカ!そういうこと」
「……うちはお寿司屋だもん!夜はお母さん出れないの!卑怯なり!みずたまり!その代わり、週1休みの日には、ハワイアンキルト習ってるもん!今度たいようの家で、展覧会みたいなのするんだよねー」
「……くっ!その曜日、昼間はうちのお母さん出れない!で……たいよう晩ごはん作るの?メニューは?お魚どう?」
茉莉がイワシの袋を掲げる。
「お魚!それなら出来上がり持ってく!メニューは?たいよう!マグロの切り落としで、何かどう?」
桃香が聞く。
「あ、別にいい、メニュー、『合い挽き肉の煮込みハンバーグ』だから……、あ、特売品のひき肉売り切れたら困るから、俺行くわ、桃香回覧板出して」
二人をあっさり断る太洋、そしてそう言われ、差し出すしか無い桃香、受け取るとエコバッグにそれを仕舞う、そしてじゃあな、と駆け出していった太洋。残された二人。
「くっ!煮込みハンバーグ……、イワシのハンバーグ……」
「煮込んだら『ツクネ』じゃん、みずたまり、マグロ切り落としを叩いて……」
「フッ!煮込めない上に『ユッケ』になるな、ニコヤマダモモカ」
お肉かぁ。と二人は遠ざかる背中を切なく眺めた。
ちゃんちゃん。




