#08 寿命が限られている
レッシュが女神嫌いな理由が明らかになるかは未定です。
レッシュは忌々しげに女神の目を見つめながら、不意に剣を消した。
どうやら斬るのは、やめたようだ。
「私はあと30年で死ぬ」
レッシュは唐突に、そんなことを言い出した。
「ええ。私は死神ではありませんが、ある理由で死神の力を持つので、あなたの寿命は分かります。確かにあなたは、きっかりあと30年でお亡くなりになるでしょう」
女神ルーヒューはそう言うと、いかにも死神が使いそうな鎌を取り出した。
「私は、死神の力を得るために誰よりも死と向き合おうとしてきました。人格者であろう、温かな情けを持とうと。しかし、残念ながらまだ私には、あなたのように長生き出来ない人にかけるべき言葉が分かりません」
とてつもなく重い話だ。
この世界は元の世界のように長生きする人は百歳は生きるしそんな人は元の世界と同じくゴロゴロいる。
▽
レッシュはしばらく沈黙していた。
拳を握りしめ、放つべき言葉を選んでいるようだ。
女神ルーヒューもなぜか黙ってしまったので、何か言わないとマズい気がした俺は適当に話題を変えようとした。
「い、いやあ。しかし今日は良いお天気ですね!」
沈黙。まあ、それはそうだろう。
沈黙を解くのには、世間話ではダメっぽい。
「不死は良いよな。死なないんだろ?」
レッシュが嫉妬を剥き出しにして俺に突っ掛かってきた。弟とは違い、いや、ヤツ以上に自分に正直だ。
「私はな、長生きして一国の主になりたかった。そう、王様になるのが夢だったんだ」
▽
それなら、さぞかし悔しいだろうと俺は思った。この世界でも元の世界でも、国のトップが50歳かそこらで寿命を迎えた、なんて聞いたことがない。
まあ、そんな風に思える俺たちの時代は、そう考えたら生まれつき長生き出来るヤツに圧倒的にイージー・モードの人生を提供するシステムになっていたのだろう。
少なくとも元の世界はネット社会。
どの国では誰がトップで、いつ生まれてどこの大学を出て、結婚したか子どもはいるのか、そして何を為していつ死んだかを克明に知ることが格段に可能となった時代だ。
「私は自由なんて望まない。ただ誰もが平和で幸せに暮らせる国を作り、世界にそれを認められたかった。ところが現実はどうだ。長生き出来ないと知れた途端にカスみたいなヤツらに囲まれ、明くる日も明くる日もまたカスみたいなヤツに囲まれる。バカらしい……バカバカしくてな、私はさっさと世界と決別すると決めたのだ!」
レッシュが本当に50かそこらで死んでしまうというなら、中々の熱弁だ。
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「実際に私は国を作ろうともした。普通ならそこで諦めると何度も言われながら、高望みと言われてきた幾つもの不可能を可能にし、一国の主にはなれなかったが素晴らしい友人をたくさん得た。勝ち取ったのだ。私は誰よりも強くあるための努力を重ね、現実の厳しさに常に備え、そして仲間を思いやってきた。その結果の今は私の理想には遠いが、それでも自らで掴んだ幸福を噛みしめる自由を結果的には得たのだ」
具体性はともかく、精神論としては掛け値なしに素晴らしいと素直に俺はレッシュを見直し始めた。
「でもレッシュさん、裏切られたらどうするんだ?」
俺はそう何気なく質問した。
「裏切られたことなど何度もある。命を狙われたことも数えきれない。私は世界を目指すことで人生を変えたのだから、嫉妬なんて今でも絶えない。だがもし何もしなかったらどうだ? 何もしない、何も出来ない間抜けのまま笑われるか、もっと酷ければそもそも誰にも気にされない人間以下の人生だ。そんなのは人生か?」
苦労してきたかはいざ知らず、まだ青臭さもあるなりのレッシュの熱意は、割と好きだなと俺には思えた。
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「でもなCラン。仮に長生きを約束されたような人間でも、行いがカスならやっぱりどこかで痛い目は見るし、どんなに健康で丈夫でも恨まれて殺されたら、そこでおしまい。どんなに反則的に恵まれていても、それはそれで単なる一時的なことでしかない。そんな天国は、単なる掘っ建て小屋だ」
言い方が知性に欠けるだけで、分からなくはない。道理だし、素晴らしいと思う。
だが同時に、「何この超絶長話タイム」というナニコレ感もまたやんごとない。
「レッシュ。もう時間も時間だし、適当に結論だけ頼む。俺、眠い」
レッシュは俺がそう言うと、めっちゃ怒り出した。
「キサマ……そろそろ話を終わりにしてやろうと思っていたが、やめだ。徹夜で私の理想の全てを叩き込んでやるから心して聞け!」
「え~、レッシュさん。それ普通にパワハラ……嫌がらせですよ」
俺がツッコミを入れても、もうレッシュは止まらない。女神ルーヒューまで巻き込んで、レッシュが目指す理想力説タイムは本当に夜が明けるまで続いた。
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小鳥が鳴いている。
俺は女神ルーヒューが帰るのを見届けてから、レッシュと共に朝食の出るレストランに向かった。
ホテルの中にあるレストランで、バイキング形式食べ放題の店だ。
「うひ~。久々だあ」
俺がおかわりしまくるので、スタッフさんはドン引きしていた。別に食わなくても不死なだけで、胃袋の最大値だけは昆布太郎の五倍はあるのだ。
後から来たジルたちも同じテーブルを囲み、話は次の目的地についてになった。
「いきなり魔王に挑むのは無策だ。修行のため、西にいる現人神のもとに向かう」
現人神ハウレイ。
人間が生きながらに神となったという、なんだか凄そうな人物の居場所が次に向かう場所らしい。
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ただ、俺は帰るので関係ない話ではある。
「じゃあ、俺はこの辺で」
しかし俺がレストランを去ろうとしたその時、目の前にベビドラが現れたのだ。
「〈ミュス様を助けて欲しいのじゃ〉」
マスターは俺がパープを出て二日後くらいに、ザンコックにさらわれてしまったらしい。
「マジかよ。じゃあ助けに行かないとな」
ザンコックは雨無垢の森にいるはず。遠いから馬車でも乗るかな。
「私の転移魔法で送ってやろう。ソイツの居場所はどこだ?」
意外にもレッシュが配慮してくれたので、俺はベビドラと共に一瞬で雨無垢の森に着いた。
思えば別れの挨拶をしてなかったが、過ぎてしまったものは仕方がない。
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「俺はレイジ・マクスガム。ザンコック、マスターは返してもらうぞ!」
俺はベビドラに教えてもらった地点に来たなり、ザンコックに名乗った。
黒いゴブリン。以前マスターに聞いた通りの見た目で、思わず俺はゴブぞうを真っ先に思い出した。
「オラの縄張りに土足で踏み込んでおいて、勝手なヤツだべ」
ゴブぞうより訛りが強めなようだ。
「ベルナ、タワール、来い!」
様子見のため、俺はCランクのベルナイトのベルナとDランクのタワーホーン、タワールを召喚した。
どちらも、ランマに向かう道中に通ったミラスタ谷という谷の魔物であり、過酷な地形に適合した守りの固さが持ち味だ。
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ベルナイトは召喚されるなり、自分で判断してベルに閉じこもった。
読んで字のごとく、ベルを召喚する騎士なのだ。
ベルの内側から旋律を奏で、味方に様々な強化魔法をかける。それがベルナイトの戦術だ。
言ってみれば魔物版のラパーナである。
「キシキシ……キシィ」
タワーホーンもまた名が体を表す。
タワーを冠するほどの大きなツノが取り柄で、その割にはすばしこいのでツノを攻撃よりは防御に活用するタイプの、カブトムシ風味の魔物だ。
「レイジ~。早く助けるのチ」
釜茹での刑に処されていたらしく、マスターはぐつぐつ煮えた湯がなみなみと入った巨大な鍋の上で、物干し竿に吊るされてジタバタしていた。
「暴れると余計、危ないですよ。静かにしてください」
俺はマスターに最低限の指示を与え、ザンコックとの戦いに挑んでいく。




