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#09 キーくんとバーヌ

クリーム支柱。

 俺が目を覚ますと、そこにあるのは、いつもの光景。


 グリーン・ロック。

 シュッカル王国の町パープにある小さなギルドに間違いない。


 いつもの客室で目覚めた俺。

 何を思ったか、ツケ払いの残りを確かめにわざわざルルエナさんに話しかけた。


「俺、ツケ残ってますよね?」

「……そうでしょうね」


 俺はバーヌに槍で刺された時よりゾッとした。


 氷の女神。まるでそんな存在がいると確信出来るかのような、凍える表情のルルエナさんがそこにいた。


「そこは俺、変わってないんすね……へへ」


 俺は諦め気味に自らのヘタレっぷりを認めた。すると、


「ふふ。そうでしょうね」


 と、全くセリフは変わらないのに、ルルエナさんの顔に幾らか温かみが増した。


 ▽


 ただ、俺はそこでふと女神ホワイトルの言葉を思い出した。


「「今後の行動次第では、再転生の許可は取り消される場合があります」」


 重い事実だ。

 でも、この世界に戻ることは、限られた時間の中で俺が決めた決断。


 後悔はない……と思う。


「ルルエナさん、もし俺が……」


 俺は伝わらないかもしれないとは思いながら、転生した事実を打ち明けようとしたんだ。


「やあ、ルルエナさん」


 だがこんな風に、またかよ、というタイミングでジルが現れた。


「ジルくん。レイジさんのこと、どうして黙っていたのかしら?」


 ルルエナさんが今度はジルに怒っている。

 珍しいことだし、どうも風向きがいつもと違うぞ。


「黙っていた、とは?」

「あのね、レイジさんってどうして一人で頑張るのかなってギルドの冒険者さんに聞いて回ったの。そりゃ追放なんてされたら一人でやっていくしかない。あなたから誘っておいて、そんなの酷すぎるわ!」


 ▽


 そして俺は、衝撃の光景を見た。

 ジルがルルエナさんに、平手打ちを食らったのだ。


「っ、る、ルルエナさん」


 俺は思わず吹き出しそうになった。

 だってあの天下のAランクが、ギルドの受付嬢にビンタされてオタオタしてるんだから。


「ジル。お……俺は気にしてないぜ」


 笑ってしまわないように気を付けながら、俺はジルを許した。


「くっ、レイジくん。……見損なったぞ」


 ジルのその言葉に俺はすぐに、またわけが分からなくなった。


 見損なった?

 どうして、今のタイミングでそうなるのか。


「レイジくんは最近、ルルエナさんとよく話しているじゃないか。どうしてキミってヤツは、追放された分際で気を遣わないんだ!」


 いきり立ったかと思うと、ジルはそのままギルドから出ていってしまった。


 ▽


「追放された分際で、か」


 俺はひとり呟いた。

 確かに、そうした暗黙の了解はあるのかもしれない。


 封建的とまでは言わないが、自分より高ランクの冒険者が初心者を見出だし、パーティーに加えることは、ランクが離れているほどに名誉なことだ。


「レイジさんも水くさいですよ。グリーン・ロックの冒険者になったなら私たちは、みな家族同然です」


 ルルエナさんは俺にもそう怒ったが、思っていたより優しい怒り方で俺はどうして良いか分からないでいた。


「家族……そんな、俺なんて家族の資格ないです。俺は親不孝なカスだから」


 俺は俺で、そう言ってグリーン・ロックを出てしまった。


 ▽●○●○


「はあ、これからどうするかな」


 俺はパープ平原をとぼとぼ歩き、気付けば背後から後頭部を殴打された。


「しまっ……た……」


 この感覚は記憶にある。

 気絶しながら、俺はパープ平原をうろつく知った顔、バーヌを思い出していた。


「バーヌさん、やりましたね!」


 キーくんもいるのか、なんてしょうもない事を考えながら俺の意識は、そこで途切れた。


 そして次に目覚めた俺は、ロープで拘束されて身動きが取れなくなっていた。


「んむー、んむ!」


 口にも、猿ぐつわが噛ませられて俺は思うように話せない。


(なんて事だ。【書】が呼べない)


 ▽


 初心者の試練より前の従順な【魔物の書】なら、俺が指示しなくても出てきてくれるだろう。


 だがアイツはもう、俺をレイジさん呼ばわりするチャラ書物だ。

 俺がこんな情けない姿では、出てこないだろう。


「おい、レイジ。ここがどこだか分かるか?」


 バーヌが話しかけてきた。

 目隠しはされていないから、誰なのかはしっかり視認している。


「んむむんむんん」


 バーヌの挑発とは知りながら、俺はしゃべった感じを適当に出した。

 なんとなく見覚えはあるのだが、薄暗くて、まるで地下室のような……。


「実はなレイジ。俺、斧豚の町でキーと暮らしていてな。オーク・ロードと戦うテメエとゴブリンを見てたんだよお」


 顔を醜く歪ませて、バーヌはけたけた笑い出した。

 何が愉快なのかが全く分からない。


 ▽


「バーヌさん。ボクが先にやっちゃって大丈夫ですかね……」


 キーくんは自慢の呪いダガー・鬼刺しの刃を舐めながら残忍に微笑んだ。


「んむ、んー」


 俺はなるべく滑稽な顔芸で、キーくんだけでも笑わせて戦意を削ごうとした。


「うざいな、その顔は~!」


 キーくんにめっちゃ顔を切りつけられる俺。


「んむむむん、んむーむ。んんん、むむんむんむむん」


 どうだ、何か説教をしているっぽいだろ。


「うざいなって言っただろ!」


 今度はキーくんに、人体の急所をめった刺しにされた。

 いくら不死でもこれは死ねる。死なないけど。


 ▽


「キーよ、その辺にしてやれ。後は、そうだな。【書】よ出てくれ」


 バーヌは何を思ったか、俺の【書】を勝手に呼び出そうとしやがった。


 まあ、流石にそんなで出てくるわけは……。


『お呼びですかい、バーヌ様』


 出るんかい。


「適当に何か召喚して、コイツをぼこぼこにしてやれ。何、召喚のチカラはレイジの物を使えば良い」


 バーヌはわけの分からないことを言い出した。


 流石にそんな簡単に召喚出来るわけが……。


「〈ふぐが食べたいの〉」


 出るんかい。ゴブミー、断ろうよ。


 ▽


 しかしゴブミーは所詮、レベル2だ。

 スキルも【パワー・チャージ】のない貧弱な初期状態。


 痛くも痒くもない。


「おい、ゴブリンよ。これを使え」


 バーヌはなんと、自前の白銀の槍をゴブミーに手渡した。


「〈そ、それはあんまりでは……〉」


 偉いぞ、ゴブミー。

 たとえ【書】を地獄に落としてでも、俺はお前を許す。


「ねえ、もし言うことを聞かないなら、ボクの鬼刺しはキミなんて……分かるよね?」


 なんと今度はキーくんが、あろうことかゴブミーを恫喝してきたのだ。


「〈ぐう。ご、ご主人様、ごめんなさいっ〉」


 これは精神的に来るヤツだ。

 元から軽薄だったり現金だったりなら、まだがっかりしないで良い。


 だけどマジメなゴブミーに槍で刺されるのは、まあまあツラいものがある。


 ▽


「けけけー! どんな気持ちだ。テメエの信じていた魔物に槍で貫かれるのはよお」


 バーヌってこんなにヤバいヤツだったのか。

 俺はまず、不死だったことに安心した。


 この世界に来て、初めて芽生えた感情だ。


 バーヌ・ゾッヒエは単なる悪でない。そんな恐ろしい直感が俺にやって来たのである。


「バーヌさま。バーヌさまー!」


 キーくんは狂ったようにバーヌを讃えている。


 なんなんだこの状況は。

 ジルは何をやっているというんだ?


「よし。次はえーと、ウィスプとかいうヤツに交代しろ」


 バーヌは【書】に命令した。


(機転を利かせろ、【書】よ。ゴブミーを戻して、もう何も呼ぶんじゃない)


 しゃべれない俺には、そうやって念じるしかない。

 テレパシーなんて使えないから聞こえるわけはないが、今はただ奇跡にも頼りたいのだ。


『もう魔物は交代すら出来ません。コイツを戻すチカラ以外は、レイジの魔法パワーはカラですぜ』


 完ぺきな理想ではないが、【書】はなかなかの言い訳をしてくれた。

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