#01 チート主人公、勇者パーティーを追放される
テンプレを足し算しました。
楽しんでもらえれば。
『目覚めなさい。世界の新たな英雄よ』
声が聞こえる。
俺は声のする方に、手を伸ばす。
(光を感じる!)
なぜか視界は霧に包まれていた。
でもその時、光っていうか、なんかこう温かな感じが俺に向かってきた。
少なくとも、俺はそう思ったんだ。
▽
見上げた天井は知らない天井だったけど、俺はとりあえず生き延びた。
「レイジくん」
誰かが呼んでいる。
レイジという名の誰かを。
でも、そんなの俺には関係ない。
俺は田中。
田中 昆布太郎っていう昆布みたいな名前の底辺小説家だ。
ちなみに三十八歳で童貞だ。
ネット小説。
学歴職歴の積めなかった俺に来たチャンス。
勝手にそう信じて、誰も着いて来なくて。
気付いたら俺は餓死した。
――ん? そうだよ。俺は、餓死したはず。
だって見えたもん。
リアルに幽体離脱で臨死体験イベントまでコンプしたんだから間違いねえ。
▽
「レイジ! 魔法が来るぞ」
「えっ? ああ……分かった」
レイジというのが俺の名前だ。
レイジ・マクスガム。
職業は、えっと。――フリーランス?
「ばっち来いやあ」
アラフォー昆布太郎だった俺。
でも、今はどういうワケだかブロンズ・ヘアのイケメン十七歳だ。
「ぶおおあああ」
上級魔法、グラン・フレイム。
それを一身に受けた俺のチュニックは燃え尽き、他の衣類も灰になり、俺はいわゆる全裸になった。
「きゃあああ」
「なんで前に出るのよバカあ」
風魔導師と吟遊詩人。
そんな女性陣の悲鳴が聞こえるが、しゃあない。
だって反射的に俺はそうしてしまうんだ。
▽
そこで、ふと俺の記憶が蘇った。
なくしてたつもりもないけど、割と重要な記憶。
手を伸ばした先の世界。
ひたすらに灰色なだけの無機質な空間で、俺は水中みたいにぷかぷか漂っていた。
泳げるし、でも呼吸は出来る。
しばらく泳いで遊んでいたら、光と共に彼女は現れた。
『田中様。あなたは先ほど、その……死にました』
女神ホワイトル。
純白の外套、天使の羽根、そしてさらっさらの肩まで金髪。
絵に描いたような女神サマが、そこにいた。
「まっ、死んだろうな」
『随分あっさりしてますね。話が早くて助かりますけど』
ホワイトルの説明によると、俺は死んだ。
そして、異世界とやらに転生するらしい。
『転生した直後は、自らを田中と思うでしょう。記憶も混乱するかもしれません。しかし、次なる世界でのあなたは《不死》レイジ・マクスガム』
「へえ。悪くないな」
素直に、心から俺は喜んだ。
不死って、死なないってコトだ。
▽
って、そんな回想に浸る必要もないか。
だって不死って、死なないってコト。
「ジル、後は任せた!」
「グッジョブだ、レイジくん」
ジル・ケアン。
コイツこそ世界を救うと評判の男だ。
だって、――職業、勇者だぜ?
「くあああ!」
ジルの必殺剣、ライト・ブレイドが《獄賢者》ルガシンラに致命的な一撃を与えた。
「ごふっ。お、おのれ勇者……不覚」
ルガシンラ、――要は悪の手先、ヤバい魔法使いをジルは倒したんだ。
つまり俺、なにげにファイン・プレー!
ごりっ。
「うん? なんか今……頭……に……」
なぜか俺の意識は薄れていった。
にぶい痛み。明らかに後頭部を何かで殴打されたと気付いても、なぜか治癒の歌は聞こえてこない。
「な。死なないけどさあ、気絶はするんだぜ」
「そうかもしれないけど!」
そんな会話が聞こえた辺りで、俺の意識は完全に途絶えた。
▽
また記憶が蘇ってきた。
どうやら、さっきの続きっぽい。
少なくとも餓死はない。
うまくすりゃあ勝ち組。
そんな妄想を爆発させていた当時の俺。
そんな俺をよそに、転生の儀式は進んだ。
『このクリスタルに触ってくださいね』
「それだけ? それで俺、転生するの?」
『ええ、田中様。いえ、レイジ・マクスガム様』
クリスタルに映る俺。
見覚えのある生前の俺と、レイジという新しい俺。二つの姿で揺らいでいた。
(ほっほーう、イケメンじゃねえかレイジくん。勝ち組人生、来た!)
俺は嬉々としてクリスタルに触れた。
転生とかいう神システム。
そして女神とかいう現実の神に感謝しながら、俺は目を閉じた。
▽
「目覚めたかい、レイジくん」
知らない天井を見上げていた俺に、誰かが近付いてきた。
銀色の髪を丁寧に撫で付けた、いかにもお坊っちゃまだが端正な顔立ちの、二十歳くらいであろう青年。
勇者ジルだ。
「何が起きた、ジル。確か《獄賢者》を倒して、それで……」
すると後ろからジルのパーティー、つまり俺の仲間がぞろぞろ入ってきた。
騎士バーヌ・ゾッヒエ。
魔導師ツシュル・ランカー。
吟遊詩人ラパーナ・アス。
しかし揃い踏みの割には、一行はなんだかお通夜のように暗い。
「限界なんだよ」
バーヌが口火を切った。
意味が分からない俺がただただ当惑していると、バーヌは更に俺に着せられた入院着の襟をぐっと掴んだ。
「お前、ゾンビみたいで気持ち悪いんだよ!」
「えー!」
理由もくだらなければ、俺のリアクションも最低だ。
しかし神妙な面持ちでジルは、なんと俺を、というか俺とバーヌを交互に指差した。
「追放。そう、追放だ。バーヌはこうも性格が最低だし、レイジくんは……確かに気持ち悪い」
意味不明。支離滅裂。
理由がそれなら、お前もバーヌ。
追放対象だろ、と言ってやりたいのをそこそこに、俺は溜飲を下げた。
ぶっちゃけ浮いてたからなー、俺って。
▽●○●○
俺とジルが出会ったのはギルドという、いわば冒険者の詰所だ。
この世界では冒険者なんて物好きしかならない。
よって暇を持て余したギルドは冒険者の宿でもある。
俺は不死を良いことにザコ魔物討伐依頼で得たカネで、あるギルドを事実上の拠点にしていた。
シュッカル王国、パープの町。
その王国にしては小さな町にある小さなギルド〈グリーン・ロック〉。
「あら、レイジさん。ツケの支払いはまだですかしら?」
いきなり手厳しいのは、受付嬢のルルエナ・ユーソイさんだ。
「は、はは。その内、なんとかしますって!」
実は不死って、とにかく腹が減る。
宿泊代だけならまだしも、食費がかさんでいる俺は宿帳には〈赤字さん〉というルルエナさん特有の称号が添えられている。
ツケさえなければ、のんびりおしとやかなルルエナさんは冒険者たちの癒しだ。
(ま、ツケがあってもだけどな)
のんびりおしとやかだから、怒られても怖くなく、むしろ癒しに。
って、話を戻さないとな。
そう、確かジルはその時に現れた。
「ツケでお困りかい?」
「わー、ジルくん。こんにちは!」
俺に対してとは何か違う、華やかさを自粛しない笑顔でルルエナさんはジルに、最大限に優しく挨拶した。
「ま……まあ、まあ。Dランク冒険者の俺みたいな底辺には、ツケもステータスって風潮が」
「こらーっ。レイジさん。そんな風潮、いつから誕生しましたか?」
Dランク。
そう。不死チートを得てなお、俺はシュッカル王国のDランク冒険者。
つまりAが最高、Dが最低である冒険者ランクの最底辺にいたのだ。
「はは。ボクにもあったよ、そんな時代。だからさ、良ければウチのパーティーで稼がないか?」
ジル・ケアンといえばシュッカル王国どころか、世界に名だたるAランク冒険者だ。
転生して一週間の俺ですら知っていた。
「AランクのパーティーにDランクなんて……」
謙遜というより、単なる事実を言うしかない俺。
だってバーヌもツシュルもラパーナも、総じて一流。ぶっちぎりのAランク冒険者であり、彼らもまた俺ですら知っていた。
でもそんな底辺で無名な俺にジルは、勇者は温かく手を差しのべてくれた。
▽●○●○
今、はっきり言って俺は泣いていた。
不死チートを全否定され、優しかったジルに見放され。
なのに不死だから死ぬ事も出来ない悲しみが俺を包んでいたのだった。