最終話 味を味わった物語
ここまできたらこの昔話もあと少しだから、きっと最後まで聞いてほしい。
前に話した事があると思うけど、僕はこの大学に入ったとき、別段やりたいことなんかなかった。そりゃ音楽は好きだったし、ギターも弾けたけど、バンドをするなんて考えてもみなかった。むしろ親父を追ってるみたいでバンドなんかやりたくも無いくらいだった。
そんなだから、新歓で学内をふらふらしててもなんもピンとこなくてね。
瑞希みたいに、自分から来てくれる奴としか上手く話せないし、だから友達も作れなかった。
あの日もそうやって、何がしたいか分からず、ふらふらしていたよ。そしたらさ、どこからか音楽が聞こえてきて、それに吸い寄せられるように部室に行って、瑞希と二人で弾いていたときには感じられなかった漠然とした「本物」感と、先輩たちのキラキラした姿に惹かれて、気がついた時には入部届けにサインをしていたよ。結局音楽が好きな事に嘘はつけなかったみたいだな。
んで、親父の背中を追うみたいで気持ち悪いけど、僕もバンドを始めたわけさ。
そして、面白い人たちに出会って、楽しくやってきた。先輩が卒業するのはさみしかったけど、その分入ってくる後輩は可愛がった。そうして、君が入部してきた。
何気ない夜だったよな。君が初めてイベントを開いた日。
あの日が僕の人生における何度目かの転機だった。
あの日に君が作っていたご飯、今でもちゃんと鮮明に思い出せる。回鍋肉に唐揚げ、肉団子。全部全部。
味がしたんだ。
物心ついてはじめて、想像の世界ではなく、実際に経験として、舌で、香りで味覚を感じ取ったんだ。
嬉しくて泣いて、泣いて、食べて、泣いた。
味を感じるなんて、物心ついて始めてくらいだったからさ、本当に嬉しくて。
嬉しくて、次の日、目が覚めると死に物狂いで走って、アパート裏のスーパーで惣菜をたんまり買ったんだ。
でもさ、それは、どれも味がしなかった。
僕は、君の作ってくれる料理でしか味を感じられないんだ。
信じられないかも知れないけど、世界で1人、君だけなんだ
これが、僕の過ごしてきた人生の全て。こんなに洗いざらい話したのは瑞希以来だ」
「そんなこと……」
「嘘みたいだろ」
「でも、本当なんですよね」
「ああ。味覚が無い事、本当は早く君に伝えなくちゃと思っていたんだけど。ごめんな。こんなに遅くなって」
「いいんです。でも、コジローさん。私は貴方のような起伏の激しい人生を歩んできたわけじゃ無く、ただ平坦な人生を歩んできました。だから、私こそごめんなさい。そんな私には、今の私には、コジローさんにかけてあげられる言葉なんて見つからないです」
「いいんだよ。別に君を悲しませたいわけでも、同情を乞いたいわけでも、慰めてほしいわけでもない。最初から言っているように、ただ、君に、真実を、全てを、知って欲しかったんだ」
「……」
次の言葉を探しながら、なんとか君に僕を知ってほしくて、僕の気持ちを間違いなく伝えたくて、ゆっくりと言の葉を紡いでゆく。
「ああ……それで、何て言うか」
どうやって言葉にしようか。僕にとって君は必要で、大切で。
「君はそんなつもりは無かったのかも知れないけど、僕はあの夜、勝手に胃袋を掴まれて」
ゆっこの真剣なまなざしを僕の目で必死に受け止める。今までの人生、沢山嘘をついて、ごまかして、そうして生きてきたけど、今伝えていることには嘘なんて微塵も無いんだ。
「そうして、君に恋をしました。だから」
この先を話したら、君はどんな顔を見せてくれるのかな。怖いけど、どんな表情の君も僕はちゃんと見ていたいから。
「この先死ぬまで、君の料理を食べていたい」
あ~。やっぱり言えなかった。恥ずかしくて。「すき」の2文字を恥ずかしがってこんなに喋っていたんじゃ、元も子もない。
僕の話しを聞いたとき、ゆっこはまるでプッと吹き出して、そして、大輪のひまわりみたいな笑顔を咲かせて。
僕を受け入れてくれた。
心の中に撒いた恋の種がいつの間にか蕾をつけていて、それが今ブワッと一気に花開いた。
心の中が彼女で満たされていくようだった。
「でもですね、お付き合いする前に、私も謝らなくちゃいけないことがあります。私が初めてコジローさんを家に招いた日、あったじゃないですか」
「うん。カレーをごちそうしてくれた日だったよね」
「そうです。あの日、私が何て言ってここに呼んだか覚えています?」
「確か、カレーを作りすぎたとかなんとか」
「そうです。いやあ。今思うとベタ過ぎますよね~。別にそれなら冷凍しとけよみたいな。そうなんです。あれ、嘘なんです。最初から2食分作りました。何ならコジローさんが来る前に半分くらい冷凍しました」
「え? どういう……」
「だから、私は最初からコジローさんにカレーを振る舞うつもりだったんです。指を震えをおさえつつ、メッセージを飛ばしたんです」
「なんで?」
「コジローさん、私が入部迷ってるときに相談乗ってくれましたよね。それで、恩返ししたくて。本当にあの時救われたんですよ。コジローさんの言葉が私の大学生活の舵を取ったんです。それに、イベントの時コジローさんがあんまりにも美味しそうに食べてくれるから、またその顔が見たかった。なんちゃって」
キャー話しちゃった~と言いながら顔を覆う。余りにも可愛かった。
なんだ。僕はてっきり勝手に胃袋を差し出していたと思っていたけど、故意に掴まれていたのか。
こうして僕の初恋にある一つの結末訪れた。結末……。いや、こんなのは始まりに過ぎないのか。人生100年時代と言われる昨今において、まだ人生は80年弱残っているわけだ。僕と彼女の物語は今プロローグを終え、始まったに過ぎない。
ああ、そうだ。結局この次の日、僕は雨に濡れすぎたことで風邪をひいた。僕は病床が嫌いだった。独りぼっちの病床は死が隣に居るみたいで、何とも不安になるから。
でも、今回は違った。ゆっこの手厚い看病を受けた。お粥は美味しかった。こんな待遇が受けられるなら、風邪も病床も悪いもんじゃないと思えた。
彼女と居ることで、きっとこれからもこうして、嫌いが好きになっていくのだろう。勿論好きが嫌いになることもあるだろうけど、それはそのときにでも考えよう。
こうして、ゆっこに看病して貰い続けるのは何とも贅沢で、ついついいつまでもこうしていたくなってしまうけど、折角だし、早く布団から起き上がって、デートにでも行きたいもんだ。
ここまでお付き合いありがとうございます。
改めまして、暴走紅茶と申します。
なんとか9ヶ月続いた連載に結末を迎えることが出来ました。
ここまで来られたのも、偏に読んで下さった皆様のおかげです。日々増えていく閲覧数を見て、やる気に変換していました。
9ヶ月。いろいろなことがありました。サークルを卒業して、大学を卒業して、引っ越して、入社して。よく休載しなかったなと自分で驚いています。
初連載ということで、色々不備があったと思います。すみません。次に生かします。
それでは、ここからはこれからのことをば。
最終話と書きましたが、まだもう少し書きます。番外編でやりたかったこととかありますし。ですが、それが来週の今日更新されるかは未定です。(Twitterでお知らせするので、チェックお願いします)。
もう一つ、次の小説は短編集になる予定です。本当はまた長編を始めようと思っていたのですが、なかなか思うように準備が進まず……。短編集の更新予定もまだ未定なんです。ごめんなさい。石投げないでください。でも、きっと投稿するので、また読みに来てくれると嬉しいです。
最後になりますが、本当に読んで下さってありがとうございました。
またお会いしましょう。




