けじめ
そして、時は流れ、あっという間に学祭の仕込み前夜となった。
なってしまった。僕はまだ雅也と上手く話せないで居た。
タイミングも上手くつかめない上に、バンドが追い込み時期を迎えて忙しすぎる。何が悲しくて一日にトータル5時間もバンド練習をしているのか。ギターの個人練習も含めれば、ほぼ一日、寝食を除いてずっと楽器に触れている気がする。
ゆっこと雅也も近いものがあるらしく、いつ見ても忙しそうである。そのせいでなかなか話を切り出せないが、ゆっこと雅也が二人っきりになっても、話す暇が無いようで、こちらとしては、気を揉まなくて良いから、この忙しい状況でも、気楽っちゃ気楽である。
だけれど、タイミングやチャンスというのは、意外な時、不意に訪れるものである。
その日の深夜1時。僕は丁度スタジオが空くタイミングを見つけて、音作りをしにそこへ籠もっていた。なかなかに上手く行ったので、まだスタジオ使用の時間は余っていたが、早目に切り上げて出ることにした。
スタジオを出ると、そこには丁度雅也が一人でベースを弾いていた。
これは好機と口を開きかけるが、上手く口火を切れない。
なんて言おう。
ゆっこから手を引けって言うのは違う。でも、遠回しじゃ、真意なんて伝わらないから。逃げないように、自分に活を入れるために一度強く拳を握る。腕の筋肉が収縮するのが分かる。大丈夫、大丈夫。逃げるな。あの頃を悔やむ昴さんの為にも、僕なんかの相談に乗ってくれた瑞希とダカさんの為にも。そして、何より自分の為に。
「雅也。こっちにおいで。飲もうよ」
僕は雅也のいたソファーの向かいにある長机へと彼を招くと、いつも通りの緑茶割りを作った。毎年この時期は深夜練習も増えるので、常に酒と割り材が部室のどこかに転がっている。
彼と話を始める為に、口下手な僕はこんな風に誘う事しかできないのだった。
「なんすか。改まって」
「まあ、良いから良いから」
「コジローさん、最近忙しそうですね。常にギター弾いてる気がしますよ」
「はは。気のせいじゃないよ」
「やばいすね……。体には気をつけて」
「もう若干彼岸が見え始めてる」
「末期!」
そんな風に、いつも通りの雑談を繰り広げる。幸い、珍客の乱入はまだ無い。
いつ切り出すか……。
そう思っていると、雅也が一瞬黙って、酒を足し始めた。
今だ。
「雅也は……さ。学祭やっぱゆっこと回るのか?」
雅也は急な質問に顔を赤くした。
「あ、え~と。そんな話、良くないっすか? もっと違う話を……」
「いや、いいんだ。でも、君がどうするとして、僕はもう。いや、ずっと前からだけど――
――君を応援出来ない」
僕が必死に言葉を吐き出す。これは、あれだ。飲み過ぎた朝方、吐きたいのに吐けないキツさに近いものを感じる。
僕がそんなに必死になっているのにも関わらず、雅也は実にあっけらかんとした表情で。
「あ、やっぱりそうでしたか」
「え」
「え。じゃないですよ。コジローさん、ゆっこちゃんの話をする度に顔が引きつってるっていうか、上手く笑えてないっていうか、なんか急にオカしくなりますもんね。やっぱりだったか~。もう、水くさいなあ。早く言ってくださいよ」
やっぱり僕の表情筋は僕が思っているほど、ごまかし切れていないようだった。
「え、怒って……」
「ないですよ?」
「恨んだり」
「なんでそんなことするんですか?」
「いや、だって……」
「まあ、そりゃ? 何で早く言ってくれないのかなってのはありますよ。でも、お互いそうでしょ? 好きなら仕方が無いです。これは、そうですね。結果がどうなれ恨みっこ無しで」
と、次の瞬間部室の扉が開け放たれる。ゆっこだった。
僕らは急に慌てて押し黙る。
「お二人とも、何か話してたんですか?」
「いや?」
僕と雅也がハモる。
「よっこらせ。じゃあ、僕はもう帰るよ。今日のバンド練習も全部終わったし。あ、雅也。男に二言は無いからな。お互い頑張ろうぜ」
「うへ~。余計な事言ったかもな~」
そんな風にかっこつけて部室を出たのは良いけれど、部室から50メートルと離れていない場所でえっちゃんに出会う。
「あ、コジローさん、言い忘れてましたけど、この後3時からバンド練習なんで、一旦帰るにせよ、ちゃんと来てくださいよ」
「え」
「え。じゃないっすよ。そもそも、サイサイやばいからもう一回入らなくちゃねって言ったのコジローさんじゃないですか」
わーお。忘れてた。
でも、今部室に戻るのもな~。
「あ、えっと……。シャワーだけ浴びて直ぐに戻るよ……」
「どうせ汗かくのに?」
「ああ、もう! ほっといてよ!」
逃げるように帰宅した。
何とも締まらないまま、学祭が始まろうとしていた。
大学生の頃の感覚で更新時間を決めていたのですが、社会人となると、この時間の更新キツいですね。
それでも何とか続けようとは思っているのですけれど。
ここから文化祭編入ります。
どうなることやら。
コジローの恋路にもう暫くお付き合いください。