番外編 ゆっこの入部 その3
三日目、お昼もオリエンテーションも済んだ午後3時のことです。
私は何となく軽音楽なんて……と思い、学内を散策していました。それでも、もらったビラにも、サークル一覧にもそれっぽいサークルは無く、途方に暮れていますと、とあるブースに音楽と書いてありました。そこは閑古鳥が鳴き、1人の男性が座っているばかりでした。
「あの……」
「ひゃい!」
ブースに近づき、声を掛けると、その男性は驚いた様に声を上げ、独り言のように、やばい……会長今居ないよ……と呟いて震え始めました。
「あ、あの、よかったら座って……」
「ありがとうございます」
「ここは……」
「あ、ここはね、日活研究会……だよ。今は軽音サークルとして活動しているけどね」
ちゃんと当たりを引いたようです。真成と名乗ったその男性は、今ライブ中だから、良かったら見においでよと緊張した声音で言うと、ブースに〔離席中。ご用の方は日活研究会部室まで〕と書かれたプレートを出し、私をエスコートしてくれました。
部室に近づくにつれて、段々楽器の音が大きくなっていきます。第2サークル棟1階の105号室がそのサークル室でした。
真成さんが扉を開くと、ブワッと音が溢れ出てきます。押し流されそうになりながら、部室に1歩足を踏み入れると、まるで音に包み込まれるような錯覚を覚えます。部屋は綺麗とは言い難い部屋でしたが、なんとなくその感じが秘密基地みたいでワクワクします。部屋の構成は、手前が机などが置いてあるスペースで、その奥がスタジオになっていました。今スタジオの中ではライブをしているようで、扉が開け放たれていまして、私の他にも1年生が2、3人ほど座って見て居ます。
プロじゃないライブなんて始めて見ました。彼等はプロじゃない。そうですが、彼等には彼等なりの格好良さがあって、キラキラ輝いて見えました。
入った時、丁度始まった曲が、ギターソロを迎えます。そのリードギターに注目した時、ハッとしました。あの、道に迷っていた時に出会った男性の方、確かコジローさん。あの時は何とも頼りなげでしたが、ソロをとる先輩の姿はあの時の何倍も大きく見えて、とても頼りがいのある人に見えました。
ギターソロが終わり、手近であった椅子に腰掛けると、私の真後ろがPAブースでした。そこに座って居た男女を見て、またもやハッとします。あの生協で昼食を奢って下さった先輩方でした。そして、私がそんな先輩方に注目していると、後ろの扉が開き、あの時、コジローさんの隣にいたえっちゃんさんが扉を押して入ってきました。丁度その時、ライブが終わりました。他の1年生はまばらに拍手をしますが、私はつい、立ち上がって拍手をしてしまいました。みんなの視線が私に刺さり、何とも言えない恥ずかしさのような感情がこみ上げてきます。
「あ、君」
後ろから入ってきたえっちゃんさんが声を掛けてくれまして、何とか救われました。
「昨日ぶりです。その節はどうもありがとうございました。お陰でなんとかオリエンテーションに間に合いました」
「ああ。いやいや。よかったよかった。でも、なんでここに? サークル名とか伝え忘れてたと思うけど」
「たまたまです。あの、ブースにいた先輩に連れてきてもらいました」
そう言って、左斜め前にいた真成さんを指し示します。
「ああ。真成か。アイツ、そういうことできたんだ」
えっちゃんさんが驚いた様に言います。
「それで、君、入部希望なの?」
「いや、迷ってます」
「入っちゃえば?」
またもや後ろから声を掛けられました。振り返ると、そこにはコジローさんが立っていました。
「おい。無責任に言うなよ」
先ほどのバンドで、ドラムを叩いてた先輩がコジローさんを小突きます。
「ごめんごめん。ちょっとだけ面識がある子だったからさ」
「自己紹介が遅れた。俺がここの会長やってる千葉巧。良ければ詳しい話とかするから言ってくれ」
「あ~。え~っと。ちょっと迷ってからでも良いですか」
「気が済むまで迷えば良いと思う」
「ま~たコジローは……。ホント、お前は適当って言うか何というか」
でも、私の心は大分こちらの日活研究会さんに傾いてきました。初めて心の天秤が揺れるサークルに出会いました。あの、大学内で出会った、楽しそうな人たち、そんなみなさんが同じサークルの人だったなんて。驚きが隠せません。私も、ここに入ったら、こんなに楽しく過ごせるのでしょうか。でも、私に音楽なんて出来るのでしょうか? リコーダーくらいしかまともに演奏したことないですが。
「今日はこの辺でおいとまします」
「うん。おうちでしっかり悩んできて。もし良かったら、明日は楽器体験とBBQするから、来てよ」
巧さんにそう言われてから部室を後にします。勿論、PAをしていたミチルさんと雅也さんにも会釈をしてから部室を出ました。
帰り道、買い物をしてから家路に向かうと、その道にコジローさんが居ました。
「「あ」」
2人の声が揃います。
「奇遇だね。家、こっちなの?」
「はい。そうなんです」
「今日は見に来てくれてありがとうね」
「いえいえ。たまたま行ったサークルにお世話になった方々がいてビックリしました。」
そう言って、昨日の事を話しながら、歩き出します。コジローさんの向かう先は不思議と私の向かう先でした。。
「そんな事があったんだ。それはビックリだね」
「そうなんですよ」
「そういえば、迷ってるみたいな事を言ってたけど、どっかのサークルと迷ってるの?」
「いえ、自分の中で迷っているというか」
「なるほどね。1年生は不安だよね。何をしていいか分からないし。高校と生活が大きく変わるのに、誰も先導なんてしてくれない」
「そうなんですよ」
「僕もそうだったな~。懐かしい。2年前の今日か~。何しようかなんて考えてなかったし、何が出来るかもよくわかんなかったけど、何となく大学生活をフイにしたく無いなとか考えてフラフラしてたな~。そんで、当時の先輩に捕まって話を聞いてみたら面白そうだと思って、入部したんだよな」
私と一緒だ……。
「それで先輩は、今後悔とか無いんですか?」
「後悔?」
「他のサークルにしとけばよかったみたいな」
「無いな~。そもそも何がしたいとか訳わかんないまま入ったし、あの時に他にしたかった事も無いしな~」
「それで今は?」
「ん? すっごく楽しい」
その表情を見たら、詳しく話を聞く必要なんてなくなりました。
「私も楽しめますかね」
「知らんよ。自分で行動しなきゃ、どこ入っても同じだと思うし。ようはやる気よ。やる気」
「そんなもんなんですかね」
「まあ? こんなこと言ったら巧に怒られかねないけど、僕としてはサークルなんて何処でも良いと思うんだ。寧ろ入らなくても良いかもしれない。自分で何かやりたいって行動出来れば、大学なんて何でもやれるところなんだ。自由にしてみればいいんだよ。ここは高校までみたく、縛られた世界じゃ無いんだ」
なんとなくですけど、心がキュッとしてドキドキしてきました。
コジローさんの言葉が心に滲みて、もう、大学生になったんだなっていう実感が少し湧いてきます。その言葉を膾炙していると、目の前に自宅があるアパートが表れました。
「ありがとうございます。丁度家に着きましたので、ここで」
「え」
「え?」
「ここ、僕んちだよ?」
「え」
今日は驚きの連続です。
「奇遇だね。同じアパートなんて。前言撤回して良い?」
「なんですか?」
「是非ともウチのサークルへ。こんな奇遇の連続、なかなかないよ。ウチのサークルに入るべきだよ」
「本当に撤回しましたね」
「男にだって二言はあるよ」
「本当に適当なんですね」
そういうと、コジローさんはなんとも不機嫌を装って、失礼だぞと言ってきました。
私が入部したのはこの次の日。コジローさんにどこでもいいよと言ってもらえたから、それなら、ここでもいいだろうと決心が付きました。真成さんと巧さんに楽器体験のドラムを褒められたからなんてチョロい理由なんてありません。
これからどうなるか分かりませんが、きっと楽しい。そんな予感がします。