帰りの日
帰りのバスは疲れからか、富士山麓を離れる頃にはみんな眠りについてしまっていた。 気が付くと最初のサービスエリア、寝ている人を起こして、昼食休憩になった。
「何食べる?」
「そろそろラーメンとかジャンキーな食べものを身体が欲してる」
「まあ、フードコートなら何でもあるだろ」
「いや、ない、俺の好物、台湾まぜそばが!」
「あっても食うなよ。くせぇだろ」
「そんな殺生な。……って、あった!」
「駄目だ~!」
「残念、もう食券買っちゃったもんね」
「お前……。帰りのバス乗せてやらんぞ」
「天井にしがみついてでも乗ってやる」
「振り落とすように運転手へ言っとく」
「危険運転、ダメ、絶対」
「背に腹は代えられんだろ」
「人殺し~~」
なんて巧と春樹の会話を横目に見る。僕は何を食べようか。なるべく安くて、腹に溜まる物が良いな。
「コジローは何食べるの」
光樹がそう聞いてきたが。
「うーん。これといった物が……」
「サービスエリアあるあるだよね~。ありすぎて最早考えもまとまらない」
「そんな感じ。僕はパンでも買って外で食べるよ」
「お、じゃあ、俺もそうしよっかな」
巧と春樹に一声掛けると、僕はフードコートを後にしてコンビニへ向かう。コンビニにはゆっこと雅也とえっちゃんが居た。
「何、みんなフードコートじゃないの?」
光樹が驚いた様に問う。
「混んでるし、これといった物が無かったんです」
「で、結局コンビニに来たんですけど、時間が悪いのかこっちも品薄で」
そう言うえっちゃんとゆっこの視線を追って棚を見ると、確かに商品が減っていた。
「まあ、あるもの買うしかないか」
「そうだね」
僕と光樹はそう決めて店の奥へ向かう。すると、ゆっこが私もそうしますと言って着いてきた。雅也は何をしているのかモジモジしている。
「私はもうカップ麺でいいよ。雅也もそれでいいだろ」
「お、おう」
えっちゃんが気を遣ってか雅也に提案すると、やっと雅也が口を開いた。
こんなに意気地の無い奴の為に全てを忘れようとしているのかと思うと何だかやるせない気持ちになる。俺の分も頑張れよ。
そうして各々買い物を済ませると、コンビニの外にあるテラス席に着き、昼飯を頬張っていく。
「そういえばミチルは?」
僕が何となくそんな質問をすると、何だか空気が変わった。
「コジローさん、ミチルさんが気になるんですか?」
「え?」
なんだかゆっこの言葉にトゲがある。
「あ、いえ、別に深い意味は無いんですけど、あんまりお二人が話しているとこ見たこと無かったモノで」
「そんなことないけどな。ただ、何となく女子は三人で行動してるものとばかり思ってたから」
そんな僕らの様子に耐えかねてか、えっちゃんが助け船を出してくれた。
「ミチルなら車酔いでダウンしてます。バスの中です」
「そうなんだ。酔い止めとか買ってってあげる?」
えっちゃんが何で話を拡げるんだといった顔をするが、意味がわからない。
「そんなにミチルさんの事が気になるんですね」
「いや、そうじゃないって」
「はぁ。その辺はもう買いましたよ」
えっちゃんが大きめにため息をつくし、ゆっこの機嫌は悪くなっている。意味がわからん。どこで誰の地雷を踏んだんだ?
そんな僕を余所に、光樹は我関せずといった様子でおにぎりをもくもくと食べているし、雅也は何だか機嫌が良さそうだった。
バスに戻ると、もうみんな揃っていた。巧が点呼を取ると、サービスエリアからバスが出発する。乗り心地最悪でも疲労が勝るのか、食後だからか、またもやみんなは爆睡。次に目が覚めるた時にはもう学校だった。
「着いた~~!」
バスから降りると、春樹が大きな声でそう言う。
運転士さんへお礼を言い、各自荷物を手にすると、一旦部室へ運び、諸連絡を告げられた後、解散となった。
だが、僕たちの合宿はまだ終わらない。
同期の四人で荷物を部室に置くと直ぐに電車へ飛び乗り、僕らのオアシス岩田屋へ向かった。
「この匂いを嗅がないと、帰ってきた気がしないな」
「わかる」
「味が落ちたとかそんな事言われるけど、それでも旨いもんは旨いんだよな」
料理に関すると匂いも味も分からない僕には、話に混ざる事が出来ないけれど、みんなでこうやって過ごすのが好きだから、僕もここをオアシスと呼んでも良いだろう。
料理が運ばれてくる。僕は何を食べても同じだから、いつも通りラーメンだけど、みんんなはこれでもかと贅の限りを尽くして、トッピングとサイドメニューを頼んでいた。
食べながらも雑談は続く。
「そういや、雅也はどうなったんだ」
と、巧。
「どうって?」
「いや、ゆっこちゃんの件」
「ああ」
それか。マズい話に口を挟んでしまった。
「なんか、どうにもならないみたいよ。サービスエリアでも全然話せてなかったし」
光樹が話に入ってくれて、助かる。
「やっぱりか、あいつやっぱダメだな~。そういう所だぞってのが分からないのかね」
「もうダメだろな。よっぽど頑張らないとどうしようもねえ」
何処かで胸を撫で下ろす僕がいる。
「いや、でも俺見たぞ」
春樹がそう言うものだから、撫で下ろした胸が無駄になった。
「何を」
「俺らが泊まったペンションの近くに喫茶店あるだろ」
「ああ。あのアイスがおいしいとこ」
「そうそう。あそこでさ、何だかそれっぽい二人を見たとか何とか。ミチルだか誰かが言っていた」
「なにその情報源がハッキリしない話」
光樹がツッコミを入れるけど、
「でも、火の無いところに煙は立たないからな~」
その巧の言葉に心臓がキュッとなった。
そんな風に合宿の思い出を話してる内に、みんなの器が空になる。なんだかいつも以上に味のしないラーメンだった。
この後は毎年恒例の後夜祭と称して部室で飲み会があり、朝方解散となった。心身ともにボロ雑巾の様になった僕はこんな会話なんて忘れてしまったけれども、数日後、その言葉を思い出さなくてはならない日がやってくるとは、この時の僕は思いもしなかったのだ。
滑り込みセーフの筈が、間に合ってなかったです。すみません。