BBQ
そんな僕を余所に、時間は過ぎていく。合宿もはや三日目、後半戦が始まっていた。
今日のスケジュールは、お昼にホテルの裏手にある川へ行って川遊びと、BBQ。
毎年男子は女子の水着姿が拝めるのでは無いかと湧き上がるのだが、今年の僕はそのノリについて行けるのだろうか。そもそもこの状況でゆっこの水着なんか見てしまった時、僕の心臓は爆発でもするんじゃ無かろうか。
11時。そんなことを起きてからずっと考えていた。もぞもぞとベッドから抜け出すと着替えとか洗顔とか全てを済ますために、大浴場へと向かう。
ザブッと風呂を済ませて、着替えや、髪のセットを簡単に済ます。
そうして、風呂の暖簾をくぐると、ゆっこが居た。彼女もどうやら朝風呂……というか昼風呂帰りだったようで、髪がどことなく湿っている。また、頬も少し上気したように赤らんでいた。いつもはなんだか子供っぽくすら見える彼女が、今はなんだかやけに艶やかに映えている。
こんなものを見ていたらどうにかなってしまうと、僕の危機回避能力が叫んでいた。実際心臓がどうにかなってしまいそうだった。また僕は逃げるように階段へ向かおうとした。
だが、そうはいかなかった。
「ちょっと待って下さい」
そう言ってゆっこに服の裾を捕まれた。捕らえられてしまった。
しまった……。
「なんか、最近、私のこと避けてませんか?」
「そんな事無いと思うけど……」
「でも、何か……合宿始まってから、変な感じがするんです。反応が鈍いというか、目も合わせてくれないというか」
「んだから!」
僕はゆっこの手を振りほどき、正対する。
「それは気のせいだって!」
ゆっこは驚いたよな顔になる。強く言いすぎたか? いや、でも、こうでもしないと逃げられないし……。
僕はそのまま後ずさると、くるりと方向転換して、階段を駆け上がった。
途中、巧がフロントで何か話しているのを見つけて近づく。
「どうかしたの?」
「あ、コジロー。あ~。何でも無い。それよりももう昼飯だろ。食堂向かって」
そう言ってシッシとあっち行けされる。
なんだよ、変な奴。折角困ってるなら、話を聞こうと思ってたのにな。
巧に言われた通り、食堂へ向かう。もう巧以外みんな集まっていた。ゆっこの姿を見つけると、ほっと胸を撫で下ろす。よかった、平常運転してるみたいだな。
避けるだけじゃ駄目だ。それだと、ゆっこを傷つける事になりかねない。
如何に平常を装えるかが鍵になる。平常を装って、記憶の忘却をしなくては……。
適当な席について待っていると、数分後に巧が現れた。
「おっ。みんなちゃんと集まってるな」
ざわざわしていたみんながしんと静まる。
「ここからの説明をします。先ず、男子。表に用意してあるバーベキューセット持つ人と、大量の墨を持つ人、食材を持つ人に別れて、行動な。女子は着いてから簡単な調理を頼む。男子は着いたら火起こしからな。じゃあ、行くか」
みんながガタッと音を立てて立ち上がる。
「今年、水遊びはよろしいのでしょうか?」
「ああ。勿論」
男子が雄叫びを上げて、ズボンを脱ぎ、下には居ていた半ズボン……ではなく、海パン一丁になった。そうして、女子の方へグルッと首を回す。
「残念でした。水着は持って来てません」
えっちゃんが無慈悲にそう言う。男どもは膝から崩れ落ちると、真っ白になっていった。
「……何してんだ。行くぞ」
巧は呆れ気味だった。
ぎこちないかな。
大丈夫かな。周りにちゃんと合わせられているかな。
ホテルを出て、各自荷物を持つと、出発になった。
歩いていると、ミチルが隣に着て、話しかけてきた。
「コジローさん、ゆっこちゃんと喧嘩したんですか?」
「え? なんで?」
「いや、いつもの感じじゃ無いっていうか、いつもならこんな時も一緒に喋って居そうじゃないですか」
「そう? 僕、あの子とそんなに一緒に居ないよ?」
そう言って振り返ると、ゆっこは春樹や光樹と楽しそうに喋って歩いていた。
「だいたいこんなもんだろ。話すときは話すし、そうじゃ無いときはそうじゃない」
「まあ、そうなんですけど……。なんか変だなあって思っただけです……」
ちょっとキツく言い過ぎたか? 悪かったかな……。
「ごめん。キツく言い過ぎたかも。本当に喧嘩なんてしてないよ。ただ……」
「ただ?」
「ただ、何となく距離を置いてる気はするかも」
「気のせいじゃ無いと思いますよ」
「深層心理の部分に何か思うところがあるのかも」
「なるほど。全然分かりません」
「距離を置いてるのかも知れないし、そうじゃないのかも知れないけど、どっちにせよ、まだ心が体に追いついてないって言うか……」
「RADWIMPSですか?」
「全然、前前前世じゃ無いよ」
「ぜんぜん言い過ぎです」
茶化された。素直に笑った。多分さっきも昨日も素直に笑っていたと思うけど、こんな風に笑えたのは久しぶりな気がした。
「私、難しい事なんて分からないですけど、後輩と先輩が仲悪いのは嫌ですし、何か出来ることがあればやるんで、気軽に言って下さいね」
「ああ。ありがとう」
優しい後輩をもったものだ。
「おっ。着いたみたいですよ」
林を抜けると川辺に出た。1年ぶりに見る景色。見るのは3回目の景色。
「じゃあ、荷物置いてくるから」
「はーい」
僕、そんなに感づかれやすい性格してるのかな。
ほぼ先頭に居たみたいで、後ろからぞろぞろとみんなが追いついてくる。1年生はこの景色に感嘆の声を上げているが、先輩一同は久々の景色に、これだこれだといった様子だった。
「誰も遭難してないか~?」
全員が着いた事を確認すると、巧がいつもより数割増しで大きな声を上げる。
「じゃあ、さっき食堂で説明した通りに行動しろよ~。じゃあ、解散」
「はーい」
みんなが口々に返事をする。
じゃあ、火起こしの手伝いをするか。
30分ほどして、女子の調理と、男子の火起こし・その他雑用が終わった。
「準備完了!」
春樹がそう叫ぶ。
「じゃあ、手を合わせて下さい」
「合わせました」
「頂きます」
「頂きます」
巧が音頭をとって、BBQがスタートする。
まあ、僕からしたら味なんてしないし、それよりも川で遊んでた方が楽しいのだけど、みんなが楽しそうだから、こっちに居ることにする。
だが、数個に一個は味がずる食材もある。恐らくはゆっこが調理したものだろう。その味を噛みしめたとき、心が噛みつぶされたような感覚がする。嬉しいのか苦しいのか。甘いのか苦いのか。自分の感情が分からなくて、グラグラする。
ちょっと気持ち悪くなって、空を見上げると、大きな入道雲がふわふわと浮かんでいて、嫌なほど夏らしい空模様だった。
みんながそれぞれお腹いっぱいになったのか、だんだん川遊びを始める人が増えてきた。男子は思いっきり川に飛び込み、馬鹿を始める。するとどうだろう。さっきは水着なんて持って来ていない何て言っていた女子達が服を脱ぎだした。
男子全員が硬直する。
「実は、水着着てきたんだよね~」
えっちゃんがそう、悪戯っぽく言う。
男子から今までに無い程の歓声が上がる。
「イエスッ。生きてて良かった~」
なんて春樹が嘯く。
そこからはただただ楽しかった。男女で川遊び。飛び込んだり、水鉄砲での銃撃戦と、巧がこっそり冷やしていたスイカを割ったり、本当に楽しいひとときを過ごした。
ゆっこの水着姿はとてもまぶしく、僕の瞳に映ったが、取り乱すほどの事にはならなかった。バレないようにそっと胸を撫で下ろす。
そうして、みんなくたくたになるまで遊んだら、巧が号令を掛けて、ホテルへ帰った。沢山遊んで、沢山馬鹿やって、沢山笑って、くたくたになった後に待っていた大量の洗い物はこの上なくしんどかった。
あけましておめでとうございます。
新年1発目の更新をもって、新年の挨拶に代えさせて頂きます。
本年もご贔屓に。