到着!
バスから降りると、湿った土の香りと木々の香りが一気に鼻腔へ迫ってきた。そして目の前に広がる河口湖が、もう傾きかけた太陽を煌びやかに照り返していた。
「あ~合宿って感じだな~。空気がうめえ~」
さんざん僕や春樹から食料をせびった光樹が声高々に叫ぶ。
その様子を見て、財布が大分軽くなった僕らは深いため息をつく。
僕らはそのままホテルの支配人さんへ挨拶を済ませると、各人割り振られた部屋に荷物を置きに行く。
僕は春樹と真成と同室だった。
「これが俺の~」
「じゃあ、こっちが僕の~」
ベッドは2つしか無いため、先輩2人は大人げなくベッドを陣取る。例年、大体の部屋は年功序列でベッドを割り振っていた。
真成は先輩の子供っぽい行動に呆れたようで、やれやれと首を振っていた。
僕らは一度集まり、夕食を済ませると、風呂へ向かう。
ここの風呂は地下にあり、大浴場である。
悪ガキのような3年生4人組が我先にと服を脱いで浴槽へ向かう。勿論掛け湯はちゃんとして。
ドボーンという音を立てて四人が一斉に飛び込む。湯船には大波が立ち、サブーンと湯が溢れていった。
「うわ~今年も負けた~」
一番風呂を狙っていた雅也が悔しそうに顔をしかめる。
だが、先輩達はそんな彼を余所に、
「俺が一番だった」
だの
「いや、僕が一番だったね」
だのと口々に言い合っていた。
ひとしきり遊んで、体を洗いに湯船を出ると、高い壁の向こうから華やかしい声が聞こえてきた。
「うわ~。ゆっこちゃん、体綺麗だね~。どんな手入れしてるの~」
「うわ~。悦子さんやめてください~」
「ミチル! そっちに逃げたよ」
「まかせて!」
「……」
男湯が静まりかえる。
「おいおい。メインディッシュのお出ましだ~」
巧が悪そうな笑みを浮かべてそう言う。
「今年はどうします?」
雅也もノリノリだ。
真成はというと、我関せずを気取っているが、耳は完全にこちらを向いている。
「去年はあの岩場を登ったんだよな……」
「ああ。それで負傷者も出た」
「そういえばそうだな……」
「せんぱ~い! 何話しているんですか?」
1年生の真壁雪利が空気も読まずに大きな声を出す。
「雪! こら! 静かに!」
春樹が現状出せる最大の声を出して制する。
「いいか。雪。今から始まるのは聖戦だ。あの壁の向こうに存在すると言われているユートピアを目指して、俺たちは突き進むんだ」
巧が偉そぶって、そう言った。
「ゆ~とぴあ! それは凄い! 僕も協力しますよ!」
ただ純粋な雪はあまり状況が分かっていないようだ。
「だけどどうする。この壁、崩壊させるわけにはいかないだろう」
「そうれはそうだ」
男達がヒソヒソ話していると、また壁の向こうから声に耳が向く。
「いやっ! ちょっと、えっちゃん何処触ってるの!」
「良いでは無いか~。ゆっこも触ってみな~」
「ええっ。いいんですか」
「良くない~」
「……」
男達の目にギラリと闘志が宿る。
「ここで!「勇気を「出さなきゃ!「男じゃ」
「ない~~~~~」
全員が岩場をめがけて走った。転ぶ者も居た。上を上っている者に蹴落とされる者も居た。この様はまるで蜘蛛の糸に群がる亡者の群れだった。
数分経った。湯殿には聖戦に敗した傷だらけの男達が倒れていた。
「くそ~~~。誰か!? 誰かユートピアにたどり着いた者は居ないのか!」
僕が悔しさのあまりそう叫ぶ。
「恥ずかしながら! 何の成果も得られず落ちて参りました!」
雅也が泣きながらそう言った。
「いや、大丈夫だ……。生きてるなら、生きてるならな~」
僕は雅也を抱きしめるとそう言ってみんなを見た。
みんなも泣いていた。雪はよく分かっていなかった。
ボディーソープが何だか滲みた。
14 初日の夜
風呂上がり、自室へ向かう途中に自販機へと向かう女子の一群に出会った。
「みなさん揃いも揃って傷だらけじゃないですか! どうしたんですか!?」
ミチルが心配そうに声を掛けてくれた。
「いや、いいんだ……。ほっといてくれ……。あと、明日からは入浴時間ずらそう」
巧がまるで甲子園に負けた強豪校のような貫禄でそう言った。
「よく分からないですけど、お大事に……」
えっちゃんは大体察したようで、呆れていたし、ゆっこの視線はとても冷ややかだった。
「え~。聖戦には敗れたが、俺たちの夜は始まったばかりだ! では!」
この合図で全員、カシュッっと缶ビールの蓋を開ける。
「かんぱ~~い」
巧の音頭で酒盛りが始まる。風呂上がりのビールは味覚が無くても旨かった。とりあえず、シュワシュワした冷たい液体ってだけで嬉しかった。まだ未成年の雪はジュースを掲げていた。
風呂上がり、巧の点呼を済ました後に、全員で僕の部屋に集まり(3人部屋は僕の部屋だけだった)各々酒とつまみを持って酒盛りとなったのだ。
雅也が持ち込んだBluetoothスピーカーでBGMを流して、酒を飲む。光樹と巧はタバコに火を点け、楽しそうにしている。雪はお酒に目を輝かせていたが、それは真成が制していた。
そして、夜も更け、みんなが缶の酒に飽きてきた頃だった。
「お前ら! これを見ろ!」
春樹が満を持して背後から何かを出す。
「そ、それは!」
「なななんと! 日本酒だ~~~~」
「キタ~~~~~~~~~」
酒飲みどもが絶叫した。
みんなコップを回して早速注ぐと、チビッと呑んで顔を顰める。そして、
「うま~~~」
と、声を上げる。僕もワンテンポ遅れてうま~と言った。
しばらく呑んでいると、元々酒がそんなに強くない雅也が、ベロベロに酔って、口火を切った。
「先輩~。聞いて下さいよ~」
「おお、よしよしどうした?」
僕にもたれかかるようにして、ろれつの回っていない舌で必死に言葉を紡ぐ。
何だかイヤな予感がした。この後どんな言葉が紡がれるのか。創造してみたら、何故か冷や汗が流れ落ちた。