表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
15/42

到着!

バスから降りると、湿った土の香りと木々の香りが一気に鼻腔へ迫ってきた。そして目の前に広がる河口湖が、もう傾きかけた太陽を煌びやかに照り返していた。

「あ~合宿って感じだな~。空気がうめえ~」

 さんざん僕や春樹から食料をせびった光樹が声高々に叫ぶ。

 その様子を見て、財布が大分軽くなった僕らは深いため息をつく。


 僕らはそのままホテルの支配人さんへ挨拶を済ませると、各人割り振られた部屋に荷物を置きに行く。

 僕は春樹と真成と同室だった。

「これが俺の~」

「じゃあ、こっちが僕の~」

 ベッドは2つしか無いため、先輩2人は大人げなくベッドを陣取る。例年、大体の部屋は年功序列でベッドを割り振っていた。

 真成は先輩の子供っぽい行動に呆れたようで、やれやれと首を振っていた。


 僕らは一度集まり、夕食を済ませると、風呂へ向かう。

 ここの風呂は地下にあり、大浴場である。

 悪ガキのような3年生4人組が我先にと服を脱いで浴槽へ向かう。勿論掛け湯はちゃんとして。

 ドボーンという音を立てて四人が一斉に飛び込む。湯船には大波が立ち、サブーンと湯が溢れていった。

「うわ~今年も負けた~」

 一番風呂を狙っていた雅也が悔しそうに顔をしかめる。

 だが、先輩達はそんな彼を余所に、

「俺が一番だった」

 だの

「いや、僕が一番だったね」

 だのと口々に言い合っていた。

 ひとしきり遊んで、体を洗いに湯船を出ると、高い壁の向こうから華やかしい声が聞こえてきた。

「うわ~。ゆっこちゃん、体綺麗だね~。どんな手入れしてるの~」

「うわ~。悦子さんやめてください~」

「ミチル! そっちに逃げたよ」

「まかせて!」


「……」


 男湯が静まりかえる。

「おいおい。メインディッシュのお出ましだ~」

 巧が悪そうな笑みを浮かべてそう言う。

「今年はどうします?」

 雅也もノリノリだ。

 真成はというと、我関せずを気取っているが、耳は完全にこちらを向いている。

「去年はあの岩場を登ったんだよな……」

「ああ。それで負傷者も出た」

「そういえばそうだな……」

「せんぱ~い! 何話しているんですか?」

 1年生の真壁雪利まかべゆきとしが空気も読まずに大きな声を出す。

「雪! こら! 静かに!」

 春樹が現状出せる最大の声を出して制する。

「いいか。雪。今から始まるのは聖戦だ。あの壁の向こうに存在すると言われているユートピアを目指して、俺たちは突き進むんだ」

 巧が偉そぶって、そう言った。

「ゆ~とぴあ! それは凄い! 僕も協力しますよ!」

 ただ純粋な雪はあまり状況が分かっていないようだ。

「だけどどうする。この壁、崩壊させるわけにはいかないだろう」

「そうれはそうだ」

男達がヒソヒソ話していると、また壁の向こうから声に耳が向く。

「いやっ! ちょっと、えっちゃん何処触ってるの!」

「良いでは無いか~。ゆっこも触ってみな~」

「ええっ。いいんですか」

「良くない~」


「……」


 男達の目にギラリと闘志が宿る。

「ここで!「勇気を「出さなきゃ!「男じゃ」

「ない~~~~~」

 全員が岩場をめがけて走った。転ぶ者も居た。上を上っている者に蹴落とされる者も居た。この様はまるで蜘蛛の糸に群がる亡者の群れだった。


 数分経った。湯殿には聖戦に敗した傷だらけの男達が倒れていた。

「くそ~~~。誰か!? 誰かユートピアにたどり着いた者は居ないのか!」

 僕が悔しさのあまりそう叫ぶ。

「恥ずかしながら! 何の成果も得られず落ちて参りました!」

 雅也が泣きながらそう言った。

「いや、大丈夫だ……。生きてるなら、生きてるならな~」

 僕は雅也を抱きしめるとそう言ってみんなを見た。

 みんなも泣いていた。雪はよく分かっていなかった。


 ボディーソープが何だか滲みた。


 14 初日の夜


 風呂上がり、自室へ向かう途中に自販機へと向かう女子の一群に出会った。

「みなさん揃いも揃って傷だらけじゃないですか! どうしたんですか!?」

 ミチルが心配そうに声を掛けてくれた。

「いや、いいんだ……。ほっといてくれ……。あと、明日からは入浴時間ずらそう」

 巧がまるで甲子園に負けた強豪校のような貫禄でそう言った。

「よく分からないですけど、お大事に……」

えっちゃんは大体察したようで、呆れていたし、ゆっこの視線はとても冷ややかだった。


「え~。聖戦には敗れたが、俺たちの夜は始まったばかりだ! では!」

 この合図で全員、カシュッっと缶ビールの蓋を開ける。

「かんぱ~~い」

 巧の音頭で酒盛りが始まる。風呂上がりのビールは味覚が無くても旨かった。とりあえず、シュワシュワした冷たい液体ってだけで嬉しかった。まだ未成年の雪はジュースを掲げていた。

 風呂上がり、巧の点呼を済ました後に、全員で僕の部屋に集まり(3人部屋は僕の部屋だけだった)各々酒とつまみを持って酒盛りとなったのだ。

 雅也が持ち込んだBluetoothスピーカーでBGMを流して、酒を飲む。光樹と巧はタバコに火を点け、楽しそうにしている。雪はお酒に目を輝かせていたが、それは真成が制していた。

 そして、夜も更け、みんなが缶の酒に飽きてきた頃だった。

「お前ら! これを見ろ!」

 春樹が満を持して背後から何かを出す。

「そ、それは!」

「なななんと! 日本酒だ~~~~」

「キタ~~~~~~~~~」

 酒飲みどもが絶叫した。

 みんなコップを回して早速注ぐと、チビッと呑んで顔を顰める。そして、

「うま~~~」

 と、声を上げる。僕もワンテンポ遅れてうま~と言った。

 しばらく呑んでいると、元々酒がそんなに強くない雅也が、ベロベロに酔って、口火を切った。

「先輩~。聞いて下さいよ~」

「おお、よしよしどうした?」

 僕にもたれかかるようにして、ろれつの回っていない舌で必死に言葉を紡ぐ。

何だかイヤな予感がした。この後どんな言葉が紡がれるのか。創造してみたら、何故か冷や汗が流れ落ちた。


評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ