忘れられていたイベント
腹を括ると言って、何をしたら良いんだ……?
瑞希と話したあの日から、ずっと腹の中は重しが入ったかのように重く、また、そわそわとしてざわざわとして、心が落ち着かない。
僕は何から話したら良いんだ……?
味覚が無いことか? それとも別……。
夏休みに入って1週間経った日、僕は暑苦しい一人暮らしのワンルームで悶々とした日々を送っていた。
「一人で唸っててもしょうが無いな。部室行ってギターでも弾くか」
そう独りごちると立ち上がり、家を出る。
一歩表へ出ると、太陽が体を溶かそうとしているかのようにジリジリと照りつける。余りの暑さに頭がクラクラするし、歩きながらも頭の中をぐるぐる回る不安ごとがうっとおしくて、もういっそ太陽に溶かされてしまいたかった。
部室についてアンプやらギターやらを用意して、練習を始める。適当にメロディーを紡いだり、曲を通したりするが、何だか身が入らない。気分転換を図るつもりだったが。これじゃあ何の意味も成さない。
「どうするっかな~」
夏休み、真っ昼間の部室にわざわざ来る人などそうそう居ない。それに、この話は誰かに話したいモノでもなかった。話したくても、どこから話せば良いのか分からないし……。
時計の針は15時を指していた。部室に来て早2時間が経とうとしている。今度やると聞いていた曲もあらかた弾けるようになってきたし、そろそろ帰るかな。そう思った時に扉が開いた。入ってきたのはえっちゃんと、もう一人は彼女と同じ2年の錦埜美知留だった。
「おわっ。コジローさん居たんですか。オハヨウゴザイマス」
誰も居ないと思っていたのか、えっちゃんが少し驚いた様に声を上げ、挨拶をした。それに続くようにしてミチルも挨拶をする。僕もそれに答えはしたが、
「コジローさん、聞いて下さいよ。ミチルが――
「ごめん。もう帰る所なんだ。また今度ね」
「……? そうっすか。おやすみなさい」
「うん。おやすみ」
いつもならこのまま話に花が咲くことだったろう。えっちゃんもミチルも何か不思議そうな顔をして見送ってくれた。
ああ、駄目だなあ。人に悟られないようにしないととか考えすぎてたな……。これじゃあ、不安がありますよって言ってるようなモノじゃ無いか。
とぼとぼと帰り道を歩く。すると、前から春樹が歩いてきた。
「今日はやけに知り合いと会うなあ」
そう小さく呟くと、僕は春樹に近づいていく。
「おはよ」
そうどちらからとも無く言うと、他愛も無い談笑を交わす。
数分経ち、別れ際。
「じゃあな~。次会う時は合宿かな」
「合宿……。お、おう! そうだな」
「なんだ? まさか忘れてたのか? 毎年あんなに楽しみにしているのに」
「そんなわけないだろ~。ちゃんと覚えてたって。じゃあ、また、合宿でな」
「おう」
忘れて居たわけではない。ただ、最近のゴタゴタで気に留める間がなかったのだ。
そうか……合宿か……。ウチのサークルでは毎年3泊4日で合宿に行く。別にバンドをしに行くわけじゃ無いが、毎年みんな何故か楽器を持って行く。一応スタジオの設備を備えているホテルに泊まる事もあり、昼間とかはよくバンド練習をしている光景を目にする。 そうか~。合宿かあ。最近少し遠ざけていたゆっこと3泊4日……。どうなることやら。
不安を感じる僕を余所に、無情にも時は過ぎ去り、合宿が始まろうとしていた。