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第二八番隊  作者: 鱗田陽
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早とちりの代償②

 さて、店の中に入ると、険悪な顔をした男二人が睨み合っている。

 その眼前では平野が腕組みをして、眉間にしわを寄せていた。どうやら困惑しているらしい。なにせ彼らの主張は正反対なのだから。

「当然のこと長男である俺が継ぐべきだ」

 というのが長男で、それに対して次男はこう反論する。

「兄貴は人情とか言って無駄なことばかりするじゃないか」

 長男は血筋と家族関係を、次男はその経営手腕を理由に対立しているわけである。

 さすがの平野も他人の家庭の事情に踏み込むわけにもいかない。ただ、このまま放ってもおけない。早晩、殺し合いにでも発展しそうなほど二人はいがみ合っている。

 どうやら義理人情を重んじる長男が買いこんできた無駄な品々を、次男の商才で辛うじて売りさばいているというのが現状らしい。

 いずれは二人の関係も破たんするであろうし、したらこの店は終わりだろう。長男に経済的な観念はなく、次男には人望がない。どちらが残っても未来はない。

「で、そのお父さんは遺言書などを用意していなかったんですか?」

「いいや、用意していたはずだ。それをこいつが――」

「何だと? 兄さんの方じゃないのか? 都合の悪いことが書いてあったから――」

 なんて言い合いをして、再び胸ぐらを掴みあう。髷まで掴んだところで、今度は店の連中が引きはがすと、この壮年の兄弟はじれったそうに互いに罵声を浴びせ始めた。

 呆れた様子の平野が足を踏み鳴らした。低い地鳴りのような音が轟き、騒ぎが収まった。彼らは般若か仁王か阿修羅かという顔をした女同心を見やり、あまりの恐怖に言葉を失った。

 人知れず、白鳥は彼女が振り上げた拳を抑えて、咳払いをした。

「で、事実としてその先代は遺書を書いていたんですか?」

 もう兄弟に聞いても仕方がないので、一番年かさの店員に尋ねると、彼は腰を低めて頷いた。

「ええ、ですが、その」

 ちらちらと兄弟を見ながら言い淀んでいる。白鳥が促すと、彼は意を決して頷いた。

「店の主には運も必要だとのことで、その……遺言書を隠してしまわれたようで」

「どこへだ?」

 と横柄に尋ねたのは次男であった。長男の方はもう立ちあがり、店の中を荒らして回っている。こんな二人に店を継がせられるのだろうか……。

「それは、その、わたくし共も知らなくてですね」

「誰か見ていたんだろう?」

「ええ、その、先日クビになりましたが……」

「何故だ?」

 次男が素っ頓狂な声を上げると、この年かさの店員はまん丸に目を見開いた。

「覚えておられないのですか?」

「……記憶にない」

「先代の介護要員として雇われた女性です。先代が亡くなったから不要だと、あなたがクビにしたんじゃありませんか」

 そう言われて次男は愕然と膝をついた。既に歩き回っていた長男は、ちらと老いた店員を見やった。

「今から聞くことは出来ないのか?」

「故郷に戻ってしまったようですね」

「馬鹿な弟を持つと苦労するよ」

 老いた店員が肩をすくめるに至り、次男の方も弾けるように立ち上がって、また喧嘩を始めた。どちらが悪いのかということで言い争っている。

 その醜い兄弟喧嘩を横目に、白鳥は隣に視線を転じた。思わず声を上げかける。隣に立つ平野は、罪人を追い詰める時と同じような憤怒の形相を浮かべていた。

「どうします?」

「どうします、とは?」

「警邏に戻ってもいいですよ?」

「……乗りかかった船だ」

 平野は荒っぽく髪の毛を掻きむしり、遺言状捜索の列に加わった。

 店は臨時休業だ。誰も答えを知らないから、店の中をひっくり返すような騒ぎになった。

 先に見つけた方が跡取りだ、なんてことを勝手にまくし立てて、次男は一人でどこかに行ってしまった。長男の方は手早く店員を集めて、彼らにも捜索を依頼している。

 危うい兄弟だ、と白鳥は思う。兎にも角にも部外者である同心二人は、兄弟達とは別の路線で探すことにした。どちらについても恨みは残りそうだ。

「でも、そのお父さんも厄介ですよね」

 先代が使っていたという床の間付きの寝室に上がりこむ。この部屋は当主が使うと決まっているらしく、残念なことにあの兄弟はまだ一度も使ったことがないのだそうだ。

 畳も、押し入れの中に入っている布団も、過不足なく手入れをされている。それらを引っ繰り返したり外に出したりしながら、白鳥は物憂げな上司を見やった。

「ああ、そうだな」

 平野の態度はそっけない。

 彼女は七傑神平家のお嬢さんで、今はその地位を捨てている。父親とも上手くいっていない。もしかしたら触れられたくない話題なのかもしれない。

 白鳥は一つ咳払いをした。考えてみれば、自分だって父親のことを話題には出したくない。この店の先代当主が厄介であったか否かよりも、別の問題の方が重要だ。

「それにしても、どこにあるんでしょうね遺言状」

「……そうだな。何故隠したのかと考えるのが妥当かも知れんな」

「何故隠したか、ですか?」

 平野は頷いた。後ろで束ねられた髪の毛がぴょこんと動いた。

「兄弟の結束を促したいのか、引き裂きたいのか、それともただの悪戯か……。その先代とやらの意図が分からん」

 ふむ、と白鳥も考えてみる。確かに不自然な話だ。ヒントも無しにあの兄弟に遺言状を探し回らせるなど、実に不合理なことだと思う。

 では、そこに何らかの意図があったとしたらどうだろうか。

 そしてその意図とは何か。先代の気持ちに浸ってみる必要がありそうだった。

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