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第二八番隊  作者: 鱗田陽
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迷い道④

「構わんよ。静も、その手を離しなさい」

 神平は、こともなく平野の下の名を呼び、そして平野よりも鋭い炯眼を彼女にぶつけた。たちまち平野は力を失くして俯いた。

「ええと」

「父だ」

 事態を掴めない白鳥が声を上げると、平野は苦々しげな顔を保ったまま言った。その言葉の意味を理解して、恐る恐る視線を神平に向けると、彼も頷いた。

「娘だ」

 そのそっけない態度は確かに親子の絆を感じさせるが、しかし、一体何が言いたいのだろう? 

 白鳥が首をかしげると、あの裏口で迎えてくれた若い男が縁側の方から姿を現した。

 その手には両手で持っても大きいと思えるような木箱が抱えられている。それを神平に渡すと、深々と頭を下げていなくなった。

 神平の方は、その木箱を一瞥し、白鳥の前に押しやった。

「出て行って何年経つのか覚えていないが、この紙きれを持った人間が来るのは初めてだ」

 神平は指令書を摘まみ上げていた。

 その内容を一瞥すると、ほんの僅かに、その面差しを緩めた。

 可愛らしい娘の記憶を呼び起こしているのかもしれない。当の娘はというと、恐ろしげな顔でその木箱を睨んでいたが。

 木箱は桐製らしい。何が入っているのだろうと蓋に手を掛けると、平野が怖い顔をした。

 何とも居心地が悪いが、父と娘が睨みあううちに白鳥は蓋を開けた。

「あれ?」

 中に入っているのは見るも鮮やかな着物だ。桜が描かれた、薄い桃色を基調とした逸品である。

 というのも、全部が全部絹で出来ていたし、紋様を浮き彫りにするために金糸や銀糸まで用いられている。

 その上、長く着られていないようだったが、その状態を保つために丹念に手入れをされているようだった。

 恭しく着物を持ち上げた白鳥は、その木箱の底に入っている紙きれに目がいった。ちらと隣を窺えば、冷厳な顔をした父と娘が息を飲んでいる。特に娘の方は、もう止めろと懇願しているようだった。

 その紙きれにはこう書かれていた。

〝これで終わり。私はあなたのお嫁さんです〟

 その恐ろしい現実に白鳥は恐る恐る平野を見やった。彼女は青ざめたり赤くなったり、忙しそうだ。

それで仕方なく神平の方を見ると、彼も彼で笑いを堪えるのに忙しそうだ。

 白鳥は顔を手で覆った。その着物を丁寧に戻し、引きつった顔で二人を見やった。

「ええと、僕はどうすれば……」

「どうもしなくていい」

 と言ったのは平野である。

「ぜひお願いしたいね」

 と返したのが神平である。

 白鳥からすれば、これほど恐ろしいこともない。

 彼は青ざめた顔をそのまま着物に落として、ともかくこれを持ち帰ることにした。神平はそれを了承し、平野は泡を食ったように喚き散らした。

「置いて帰ればいいだろう!」

「いやあ、せっかく集めましたから……」

 白鳥は髪の毛を掻きむしって、恐る恐るそう告げた。

 すぐに屋敷を辞することになった。

 神平はやはり平野と同じか、それ以上に迫力のある男だったが、どうやら白鳥には一種の親しみを覚えたらしい。立ち去り際、彼の肩に手を置き、こう囁いた。

「君には期待している」

 如何様の期待か、聞く気はなかった。

 辺りは斜陽に染められていた。どこもかしこも赤々と照らされていて、それは不機嫌そうな平野の面上とて同じである。

 そしてその彼女は苦渋に満ちた表情で木箱を睨んでいた。

 その視線を逸らすように、白鳥がそっと問いかけた。

「でも、何で平野さんはここに?」

「……別件だ」

 それ以上、彼女は言葉を重ねようとはせず、代わりに白鳥を鋭く睨んだ。

「それ、持って帰ってどうするんだ?」

「考えてませんよ。でも、大事にします。他にも色々貰いましたしね」

 この時、白鳥は初めて、この冷厳な上司に勝ったと思った。

 彼女の顔がさらに苦々しげに歪んだのもあるし、これにて用事が全て終わったことにもある。

「もう終わりましたから、明日一杯やりに行きましょう。まだ奢ってもらっていない」

「……駄目だ」

「約束を反古にするんですか?」

「違う」

 平野はそっけなくそう返して、白鳥の首に腕を回した。思わぬ膂力に引き寄せられる。甘い香りが鼻孔をくすぐる。

 そして、つんのめった白鳥の耳には恐ろしげな上司の声が響いた。

「これから行くぞ。潰れるまで飲ませてやるからな」

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