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第二八番隊  作者: 鱗田陽
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一攫千金②

 事件発生から一時間が経過しても、二人はまだ現場に残っていた。

今では金座の静謐が伝播したかのように辺りはしんと静まり返っている。

「被害者は奉介。十九歳。手漕ぎ船、天翼丸の漕ぎ手です」

 気風よく言ったのは河津である。

 さぼっていたせめてもの代償として、聞き込みを頑張ったらしい。隣にいる白鳥は、それよりも良く仕事をこなし、この奉介についての情報を集めていた。

「天翼丸はいわゆる御用船の一種で、主に金貨を運んでいたようです。最近では二日前に市中の港に到着し、次の出港予定は来週だったと報告を受けました」

 この殊勝な部下を睨む平野の手には富くじが握られている。それを二人の眼前に掲げると、この情けない男達は泣きそうな顔をして俯いた。

 平野が唸り声を上げた。

「ふん。それで奉介に恨みを持つ人間は?」

「……特には。典型的な船乗りだったみたいですな」

 と河津が言えば、白鳥の方は顔をしかめた。

「彼の主な仕事は金貨を運ぶことです。もちろん、それを他言することはありませんが、金座によく出入りしていたということくらいは、皆が知っています」

「皆とは誰だ?」

 平野が鋭い声を発すると、白鳥は急に体を縮こめた。

「色々な人としか……」

「ならば、その連中を探せ。奉介の懐からは財布が見つからなかった。金目当ての強盗の可能性もある。それから――」

 と平野はより一層表情を峻厳なものへと変容させ、木札を見せつけながら二人を交互に睨んだ。

「こいつは預かっておく」

「ええ?」

「何だ? 不満か白鳥」

 もっと面白い罰を与えてやろうか、と視線だけで問われて、この情けない若い同心は口をつぐんだ。もはや言うことはない。

 肩を落とし、夢に破れた男二人、とぼとぼと捜査に戻るしかない。

「……捨てずにいてやるか」

 その悄然とした後ろ姿を見ては、さすがの平野も厳しく出来そうになかった。

 今後の仕事ぶりしだいでは返してやるのもやぶさかでない、とその木札を大事そうに懐にしまった。

 

 さて、この上司の温情など知る由もない二人は、いつも以上に――いや、いつだって真剣ではあるのだが――身を入れて仕事に励んだ。

 彼らは近くの店に聞き込みに来ていた。

「それじゃあ、奉介が出入りしているのはよく?」

「ええ、そりゃもう。皆、羽振りがいいんだな、なんて言ってましたよ」

 と金座近くの店の店主が頷いた。

「皆と言うのは?」

「そりゃ、ここら中の人達です。もちろん、あの人が天翼丸の船乗りで、そういう仕事をしているって知った上で、ですよ?」

「……どういう意味です?」

 店主がそっと近づいてきて、白鳥の耳元で囁いた。

「仕事以外でも出入りしていたんですよ」

「何のために?」

「さあ? 私にゃ分かりません。でも、あすこから出て行ったあとは遊郭三昧です。それこそ船乗りじゃあ出来ないような遊びまで、いくらでも」

 店主が下卑た笑いを浮かべた頃になって河津が戻ってきたから、白鳥はねんごろな礼を言って彼に近づいた。

 どちらも情報は同じようなものだ。奉介は年齢と職能の割に金持ちだったということである。

「今日も金座からの帰りだったみたいだな」

 河津はそう言いつつ、足をそちらの方に向けていた。

 それで一歩遅れて白鳥も金座へと向かい、彼らは厳戒態勢の中を進んだ。

 そこには他の七傑の紋が入った印籠を腰にぶら下げた連中がいる。神平家の門は町奉行所だ。それだけで他の同心は事情を察して道を開けてくれた。

 金座では今日の富くじの販売を差し止めていた。

 本当であれば三日間売って、それから七日後に結果を発表するという予定だったのだが、すでに全ての工程を一日延ばすと発表されている。

 だから辺りは静謐に包まれていた。ひと気もほとんどなく、それは普段の金座周辺の姿であった。

「それで奉介の仕事ぶりについて……」

 と尋ねた時、二人は金座のとある一室に招かれていた。

 そこには金座を取り仕切る後藤夕斎という男がいた。彼によって市中の血流たる貨幣が流れているのだと、一目で分かるほど威厳に満ち溢れている。

「うむ」

 その後藤が頷いた。彼は何かを言い澱んでいるようだった。

 しかし、黙っていられるわけではない。彼はちらちらと二人を見ながら、その厳めしい顔を僅かに苦渋に染めた。

「あの男な、仕事は真面目そのものなのだが……」

「だが?」

「少し不審な点もある奴でな」

 後藤は荒っぽく髷を撫でながら、いくつかの心当たりを言った。奉介が出入りすると物が無くなること、時々金貨をがめていたこと、そして彼にはお気に入りの遊女がいたことなどだ。

「ともかく、入れ揚げている女が問題だった」

 と後藤は言った。

 その頃には口が滑らかに動くようになっていて、二人を見る目にも僅かな厳格さが戻ってきている。

 ただし、平野ほど圧倒的に感じられないのは何故だろう。白鳥は内心で首をかしげつつ、横帳に後藤の言葉をしたためていった。

「あの女は昔っから船乗りばかりを相手にする奴でな、こう、女に慣れていない者を虜にするという……」

 後藤は何度か手を宙で彷徨わせ、荒っぽく頭を掻いた。

 ピッシリと決まっていた髪型が段々と乱れていく。それを全く気にするそぶりもなく、彼は言い澱んでいた言葉を続けた。

「奉介も同じだ。若く、それでいて羽振りも良かったから、あの女の餌食になった」

「も?」

「ここ十年、何人が同じことをされたか……。奉介は働き者だし、盗む物と言ったって小物ばかりだからな。それとなく注意をしていた」

 後藤は消沈した様子である。

 悪い女に引っかかっていたとはいえ、奉介には見所もあり、これから良い船乗りになるだろうという予兆もあったからだ。

 しかしそれが無残に散らされてしまった。その無念から目を逸らし、白鳥が問うた。

「彼は今日も金座に?」

「ああ。そう言えば……今日は富くじの発売日だったな」

「ええ、買いました」

 上司に取られましたが、とはあえて言わないでおく。後藤は恭しく頭を下げて、それから眉をひそめた。

「……そう言えば、奉介は何故来たのだろうか?」

「え?」

「もうすぐ富くじ用の金貨が来るのだが……」

「彼が金座に来るのは、その時で良かったわけですか?」

「もちろんだ。それ以外に用はないはずだ」

 後藤はしきりに首を捻り、訳が分からぬ、と首を振った。まあ、考えるのはあとだ。白鳥は咳払いをした。

「じゃあ、その遊女の名前を教えてください」

「川原屋の暮葉という女だ」

 それきり後藤はむっつりと黙りこみ、二人は金座から出ることにした。

 後藤の部屋の前では一人の下男が待ち受けていて、彼の先導によって裏手に案内される。行きと全く同じ道を歩く。

 まあ、当然のことだ。あまりうろちょろされても困るだろうし、素人では道を見失うほど金座の中は入り組んだ構造になっていた。

 

 さて、苦労して裏手に出ると、そこではちょうど大きな木箱が中に運び入れられるところだった。

 見れば千両と書かれた箱が五つもある。その中身には、もちろん一つに付き千両分の金貨が入っているのだろう。それが何とも白鳥の小心をざわめかせるのだ。

 男達によって粛々と運び込まれる千両箱。その魅力に取りつかれたら最後、何でも出来そうな気がしてくる。

 ふらふらと近づく白鳥の首根っこを、河津がむんずと掴んだ。それで正気に戻る。いや、千両箱を奪ったって、逃げる時に腰を壊してしまいそうだ。

「ほら、さっさと運べ」

 と壮年の男が千両箱を指差して言った。金座の人かと思ったら、何と天翼丸の船頭だというのである。

「少し、話を聞いてもいいですか?」

 二人は神平家の印籠が描かれた印籠を見せ、その男、伍平の承諾を得た。

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