シェルフィの帰り道【若゛さ……故に】
「なあ、クロウ。あの猿にまみれた露天風呂の中に“魔剣”はあるのか?」
「そういう情報ですが、確定はしていません。正直、話半分未満でいた方がよろしいでしょう」
「それ、ほぼガセって言ってないか?」
「論より証拠です。ほら若、ファイトファイト」
「何時もながらスゲー棒読み口調の応援だよなー」
スートフォグタウン西郊外の、手付かずに近い森林の一角。
この辺りは天を突く大山脈である〈赤の壁〉を水源とする湧水地帯で、至る所に泉が湧き出している。その豊富な水を糧に多種多様な雑木が溢れ、だが密林という程でもなく、実に手頃な間隔で生い茂っていた。
その理由は主に大地が原因である。大地とは言ったものの、付近一帯にあまり土という環境が無く、殆どが岩や石砂で覆われている為にろくに大木が根をはれる環境では無いのだ。
今ここに生える木々は、岩の隙間に運良く根をはれ、もう一つの障害である様々な湧水の中に交じる毒性のものからは離れていたというもの。
つまり、木の生えてない場所は中々危険という、景観とは裏腹に行動の支障が多い場所であったりする。
そんなこの辺り一帯の湧水地帯は、地元の者には『千湧泉』と呼ばれる。スートフォグタウンと赤の壁の間に広がる、実に多くの、清濁まみれの泉が混在する場所なのである。
「ですが現地での補完情報では、かなり魔剣がある可能性が高まったと判断します。後は若の才能が有れば探索には問題無いと確信しておりますので。しかし、目の前の猿温泉はともかく、さすがにあちらにあるような“動物の骨が散らばるような泉”には迂闊に近付かぬようご注意してください」
「なあ、その言い方だとさ、あの猿温泉はハズレとかに聞こえるぞ」
「視点を変えてください。この辺り全部の泉が候補という事なだけでございます」
混在する泉の中には何故か湯気発つ露天風呂のような物もある。そこを当人達的には“こっそり”と伺うように近くの丈の低い木の陰に身を隠し、あくまで当人達的には囁くように話しあっていた。
が実態は、周囲をはばかる事無く、むしろ怒鳴りあいの漫才に近い音量で、バカ丸出しの掛け合いをする少年二人の図である。
この少年達は、片や赤毛の少年貴族アルバロセット・ドゥ・ログナルドと、黒髪の少年小姓クロウであった。
沸き立つ湯気を吸えばたちまち昏倒しかねない、毒の泉も点在する場所に人気は無い。二人の目の前で湯に浸かる猿達は、野生の本能と経験で安全を確認しているから、あのように寛いでいるだけだ。
しかし全員……、もとい全ての猿は、湯の温かさにふやけていた表情も改め、自分等にも負けない奇声を上げているアルバロセット達を警戒心全開で注目している。
「この街名物の千湧泉は、ほぼ隣接するように湧き出しつつも性質の違い激しい物ばかり。その原因は湧き出し口近くに濃い魔力を発する物があるのだろう。との地元の自称、千湧泉研究家のご意見です」
「いやその研究家ってさあ、街の酒場でサイコロ博打してた爺さんじゃん。普通に麦わら帽子とか首にタオル巻いてる姿で、しかも座ったイスの脇に鍬とか置いてたし、単なる農夫の爺さんなんじゃ……」
「研究だけで食べて行けるわけなんて無いでしょう。自活の術を持っているのが当然です。加えて研究などは年月がモノを言うのですから、地元の情報に明るいのが御老人なのも当然です。本人も言ってたでしょう、『わしゃあ、もう八十も千湧泉見てきたんじゃあ』と。その流れで得た貴重な情報なのですから、後は私達で確認するのも当然です」
「……、……、そぉーかぁ?」
「そうです。さあ若、あの猿どもを蹴散らして、周囲の毒霧を寄せ付けない効能の原因を調べま……、何故服を脱いでいるのですか?」
「いやほら、湯に浸かるなら脱がないとさ」
「湯治では無く調査ですから!」
どこからかハリセンを抜き出したクロウが、無駄の無い流れる動作でアルバロセットの頭部を殴打。
“スパン”と小気味いい音が鳴って半裸のアルバロセットが近場の泉に転落する。
「うわ危ねーっ。ちょっ、クロウ!、ここ熱湯みたいなのもあるんだから不意打ちは危険!」
アルバロセットが転落した泉は、色がやや緑がかったものであるが異臭も無いし変な肌触りのものでも無い。が、僅か一メートル隣には無色透明ながらグラグラと煮立つ泉があったりする。正に間一髪の状態であった。
「狙いましたので問題ありません」
「ならいいけどさ!」
「……若」
ボケとボケのツッコミ勝負のような、成立するようなしないような、終わりの見えない妙な掛け合い。
実はこの様子を観ていた猿らから、パチパチとまばらな拍手が贈られていたりした事を、少年達は全く気付いていなかった。
◆ ◆ ◆
スートフォグタウンは木と漆喰の街という外観の造りである。
その歴史はミスリルウッドタウンよりも古く、簡単に言えばミスリルウッドタウンという開拓地を作る為に作られた中継点としての開拓村を前身とする。
湧水地があり、岩や礫ばかりの天然の地形を利用した、周囲をグルリと『C』の形に赤の壁に囲まれた場所は敵性動物も少なく、寄って来る野生動物や魔物から容易に守りやすいと選ばれた地域だったのだが、ミスリルウッドタウンが完成してしまえば魔物は殆ど出没しなくなり、その防衛性の必要も無くなった。
そんな日常の生活の場としては考慮しない仮の逗留地として考えられたのが災いし、人が流れる中継点という意味でしか産業も無いのが追い打ちであり、やがては住人が減少しきって棄てられる寸前までいった過去もあった。
だが、当時は思ったよりも物質輸送の手間がかかったため、ミスリルウッドタウンから王都へと、直接の行程を組むことが無理とも分かり、王都直轄の基地として存続する事となる。
だがそれも数十年。輸送の為の街道整備が進み、キグルミックによる定期的な護衛も組まれ、現在のように夜営込みで三日と掛からず到着するようになると、ミスリルウッドタウンから僅か半日あまりという位置は近過ぎる故に中継点としての意味が無くなったのである。
王都直轄の処置も解かれ、移住できる者は街を離れ、愛着ある者のみ残って廃れるのを待とうという状況の時、何処からか王都直轄解除に変わる話が持ち上がる。
それは複数の貴族が持ち回りで管理してはどうかというもので、最低限の援助で僅かな税を得られるならと、通された案であった。
以降数十年近く、多くの貴族に代わるがわる管理されて。というのがスートフォグタウンの日常となる。
そして管理者がよく代わる事で、街は中々複雑な状況が降りかかるようにもなった。
いくら最低限の援助といっても、ただ金を出して税を得ると割り切った貴族はそういない。税を得るならば多いほうが良いし、自分の自由となる土地ならば、自分の色を出したいとも思う。
管理の名の下に街の住人を手荒く扱う事は禁止されていたので、ならば己の才覚で街自体を大きく発展させてやる。といった野心に燃えた貴族も、案外多くいたのである。
今の街の状況は、その結果とも言えるものであった。
最初は最低限の自給自足を確立させようと、地域で可能な産業を模索した。
岩石地帯で農耕には致命的に向かない。狩猟においても小動物が中心で、街全体に行き渡る程豊富に穫れはしない。
最終的に行き着いたのは、その有り余る岩石を利用した漆喰と、それを作る上で必要な燃料の作成、つまり『炭』である。
材料の木材はミスリルウッドタウンより買い入れ、それを木炭へと加工。漆喰作りに使用すると同時に、余剰は王都へと売り出すなどの流通が成り立つ事となり、当時、名もない街から〈煤煙の街〉へと改められるキッカケとなったのである。
その後、管理者となる貴族は数多の改革案をスートフォグタウンで行い、その殆どは失敗するものの僅かな成功を街の利益にしてきた。
そして現在、二代前の管理者貴族が発見した湧水地の薬効利用の解析が実を結び、湧水そのものを活用する事や温泉を湯治に利用するなどの手法で安定的な産業を確立した。
更に先代の管理者貴族が、湯治からこの地を観光地化させる事に成功。王都からの定期便が来るようにもなっている。
当代の管理者貴族はそれらの成功を継承し、ブランド化を画策中だが、今の所その成果は現れていない。
「……という事で、あの千湧泉の一部は街に流れる温泉の源泉にもなっているわけなのです」
アルバロセットとクロウは千湧泉での調査の後、街に戻って現状の再確認をおこなっていた。
調査自体はこの二人にとっては極普通の行動として、原因と思われる場所へアルバロセットが近づくだけであったりする。
「あれだけあった泉全てがハズレとは、若、もしかして能力を何処かに忘れてきましたか?」
「いや忘れられるとかいうもんじゃないぞ」
「ではスられたとか?」
「スられるもんなら一度は見たいな。ついでに捨てれもしないぞ」
「……ち」
ログナルド侯爵家縁の者は、男子ならば余さず魔剣を扱える。それは基本的なものであり、ログナルド侯爵家では普通の事だ。
そして当時者以外は、この能力の有名さからログナルド侯爵家の持つもう一つの特性の事を知る事が無い。
それは〈魔剣に惹かれる〉という能力。
より正確には、ある特定の魔力を感知できる能力。と言った方がいいだろう。
その魔力は魔剣が発するものであり、ログナルド家の者は本能的な感覚で感知できる能力を持っているのである。
「でもさあ、全くの無駄ってわけじゃあなかったよなー」
「ほう?」
「反応の大小はあったけど!、どの泉からも同質の魔力は感じた!。俺が感じれるんだから!、やはり魔力の元は魔剣だと思う!!」
何時までも終わりそうにないグダグダの展開も自然消滅し、本来の目的である泉の調査が始まり、続き、終わった。
何故か猿温泉の猿からは甲斐甲斐しい毛繕いを貰い、次のやたら透明度の高い泉は冷泉の如く、というか水面が少し強めに揺れたとたんに凍りつく代物であった。
次の骨まみれな泉はとんだ毒のものと思いきや、かなり高濃度の酒泉でしかなかった。亡骸の死因の大半は酔いどれての溺死か、急性アルコール中毒死といった感じである。
以降、本気で危険な泉も幾つかあったが、なんとか目に付く範囲のものの調査を終えて、街へと帰還。異臭や気味の悪い泥汚れを落とそうと、中々に広い宿の露天風呂でのミーティングとなっていたのだが。
「理由は分かりましたけど、言葉を切るタイミングで脳筋的なポージングをするのは止めてください。しかも全裸で」
「いやほら、こう開放感ある状況だと何か自然と意味ない格好取りたくならね?」
この状況をあえて表現するならば、居るだけで注目される美形少年二人の、湯による艶付き効果有りな“腐”のつく系統の人種には甘美で猛毒のような絵面である。
アルバロセットが取るポージングがボディビルドチックなのが減点対象であろうが、細めの身体に浮く筋肉のラインは、それはそれで需要のありそうなものである。
因みに、ポージングの為の派手な動きは絶妙な水しぶきを立てており、透過光過多の演出によって肝心の部分は見えませんので悪しからず。
「僕達の他に客がいないので問題はありませんが、来たら静かにしてくださいませ」
「はいはーい」
バッシャバッシャと湯をはじき、それが済んだら平泳ぎと、アルバロセットのお子様行動は止まらない。が慣れているのかクロウが強く止める事もなく、その状況で話は進む。
「今回の魔剣探しは体のいい王都脱出のネタでしたが、この分だと最低限の報告書くらいは作れそうですね」
「だよなー。これで“嫁”とかも連れてけたら大収穫だよなー」
「そっちはそっちで難関みたいですけどね」
二人が今回、魔剣探しに出た理由の大半はここ、スートフォグタウンが目的地ではない。本当の目的地は、隣街であるミスリルウッドタウンである。
しかしこちら方面には魔剣があるという情報もほぼ無く、旅立つ理由をでっち上げれなかった。
ログナルド家は魔剣が関係しなければ容易に王都を出ることもできない故に、何かしら、無理矢理な関連付けのできそうな情報を集め、ようやくこのスートフォグタウンの情報が利用できたのである。
移動を決めてから一週間。偽装情報としてクロウとその配下がろくに寝ずに集めた『泉の魔剣』というネタは、その実、本当に魔剣の可能性を高める結果となり、二人に予定外の行動を作る事にもなった。
「明日にはミスリルウッドタウンへ移る予定でしたが、もう数日は追加調査が必要になるでしょう。可能ならば魔剣本体の回収もしたいですが、それは状況次第ですね」
「まあ、数日じゃ“兄貴”に変化も無いだろうし、特に問題も無いだろう。嫁も俺同様、決められた場所からは動けないってクチだしな」
騒ぐのを止めたアルバロセットは再び湯船に背を預け、青く抜けるような空を見上げて言う。
「そう言えば、マークは何てったっけ?、嫁の名前?」
「確か……、シェルフィ……ですか」
「あーそうそう。金髪の美少女としか聞いてないからなぁ。俺好みだといいなぁ」
「……断られる事も念頭において、行動してください。本命の方で無駄足は御免ですよ」
クロウの釘さしに、しかしアルバロセットはニヤリと返し。
「ナイナイ。俺が“魔剣”に惹かれるように、魔剣も“俺”に惹かれるんだ。なら絶対にシェルなんたらってのも俺に惚れる。なんせ世の“魔剣”は、全部俺の“嫁”だからな!」
と、傲岸不遜に言い放つのであった。
気づいてみれば、登場人物の入浴シーンが多いなー、などと、今更ながら思ってみたり。
ですので野郎のも載せないとなー、などと血迷ってみたりw
ええ、需要は低いと分かっていますともww




