↓ ↑ページトップへ
表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
パラレル・トラベラー ”72時間だけ、もう一人の異世界のわたし”  作者: Hamin
終章 この世界の、この一回

この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

PR
52/52

52話 次の旅行先を検索しますか?

 1年後の、7月4日。


 朝6時。目ざまし時計が鳴る前に、遥《はるか》は、目をさました。


 窓の外は、もう明るかった。夏の朝の、少しだけしめった空気。坂の下の駅に、始発の次の電車が、すべりこんでいく音。


 遥は、ベッドの上で、のびをした。


 20歳《さい》になった。


 それだけのこと――ではなかった。


◇ ◇ ◇


 この春、遥は、新しい専門学校に入った。


 前とは、ちがう学校だった。ゲームの背景美術を学ぶ学科。人ではなく、場所を描《か》く仕事。


 入学の面接で、遥は、スケッチブックを見せた。人のいない、夜の駅のホーム。雨のバス停。夜明けの坂道。

 それから、竜《りゅう》と人がならんで飛ぶ、夜明けの空。石造りの、天井の高い広間。かやぶき屋根の、山里の村。

 窓のない、地下の廊下《ろうか》。結晶《けっしょう》の平原。何千、何万の窓がならぶ、白い光の部屋。


 面接官の先生は、長いあいだ、ページをめくっていた。


「……人は、描かないんですか」


 遥は、少しだけ考えて、答えた。


「描かないです。……でも、どの場所にも、だれかがいます。そこで、だれかが、生きている場所を、描きたいんです」


 先生は、ゆっくりと、うなずいた。


「この絵には、あなたがいますね」


◇ ◇ ◇


 月曜日から金曜日までは、学校。


 土曜日は、駅前のコンビニの、昼のシフト。


 去年の秋、退院してすぐ、遥は、コンビニに顔を出した。新しい学校の願書を出したことを、坂口《さかぐち》店長に伝えに行ったのだ。何か決まったら、顔を見せに来い。店長は、そう言っていたから。


 店長は、遥の話を、だまって聞いていた。それから、壁《かべ》のシフト表を、ちらりと見た。


「……土曜の昼、人が足りないんだが」


 それだけ言って、店長は、また書類に目をもどした。


 遥は、深く、頭を下げた。


 今も、壁のシフト表の、遥の名前の横に、赤い丸は、ひとつもない。


 蒼汰《そうた》は、大学院を出て、研究所で働きはじめた。ときどき、店に、缶《かん》コーヒーを買いに来る。


 この前、蒼汰は、レジで、こんなことを言った。


「七瀬《ななせ》さん、前に、枝が分かれる数がへってるっていう論文の話、したでしょ。……あれ、去年の秋から、急に、ふえはじめたんだって。だれにも、理由がわからないらしい」


 蒼汰は、缶コーヒーを手の中で回しながら、のんびり笑った。


「どこかで、だれかが、すごく大きな選択《せんたく》をしたのかもね」


 遥は、おつりを数えながら、少しだけ、笑った。


「……そうかもしれないですね」


◇ ◇ ◇


 そして、日曜日。


 日曜日は、鉛筆《えんぴつ》を削《けず》る日だった。


 朝いちばんに、遥は、机の上で、四本の鉛筆を削る。しゃり、しゃりと、木のかすが、くるりと丸まって落ちる。

 ヒノキに似た、あまい木のにおい。黒い芯《しん》の粉が、指先に、うっすらとつく。

 削るたびに、鉛筆は、少しずつ短くなる。だから、ていねいに削る。


 朝は、目ざましをかけずに、眠《ねむ》りたいだけ眠る。からだの鉛筆。


 それから、母と、ゆっくり朝ごはんを食べる。母は、去年の冬から、仕事を少しへらした。日曜日は、もう、仕事を入れない。人とのつながりの鉛筆。


 午後は、知らない町を、歩く。知らない本を、読む。知性の鉛筆。


 夕方は、ただ、空を見る。きれいなものを、きれいだと思う時間。心の鉛筆。


 はじめのうちは、休むのが、こわかった。止まったら、もう二度と、走れなくなる気がした。父と、同じように。


 けれど、日曜日に削った鉛筆は、月曜日、たしかに、前よりも、細く、まっすぐな線を引けた。


 ときどき、日曜日をさぼって、課題に追われることもある。そんなときは、次の日曜日に、またひとつ目から、始めなおす。


 それで、いい。


 ある日曜日、遥は、図書館で、旧約聖書の『創世記』を、はじめて開いた。父の手帳のルーティン7のページの、さいごの一行が、ずっと、気になっていたからだ。天地をつくった神さまでさえ、七日目には、休んだそうだ。


 はじめに、神さまは、光をつくり、昼と夜を分けた。空と水を分け、海と陸を分け、草と木を芽ばえさせた。太陽と月と星を置き、海に魚を、空に鳥を、地にけものを。一日ごとに、いのちの枝を、一本ずつ、ふやしていって、六日目に、人をつくった。


 そして、七日目に、休まれた。


 つくることを、やめたのではなかった。つくったものを、ながめて、よしとして、休まれたのだ。


 遥は、図書館の窓ぎわの席で、しばらく、そのページを見つめていた。


 六つの鍵穴《かぎあな》は、旅の中で、ひとつずつ光った。いのちの枝を、ひとつずつ、ふやすように。そして、七つ目は、休むことで、光った。


 休むことにも、理(ことわり)がある。走りつづけるだけでは、枝は、のびない。止まって、ながめて、よしとする日があるから、また、次の枝を、のばしていけるのだ。


 父は、そのことを、知っていた。知っていて、守れなかった。


 だから、遥は、守ろうと思う。父のぶんまで。


 日曜の朝、坂の下の小さな教会の鐘《かね》が、からん、からんと鳴る。白いシャツの家族連れや、杖《つえ》をついたおばあさんが、ゆっくりと、坂をのぼっていく。日曜には、近くの教会にも、人が集まるのだ。


 そんな日曜も、いいかもしれない。遥は、ふと、そう思う。


◇ ◇ ◇


 今日は、日曜日ではなかった。けれど、遥は、朝のうちに、母といっしょに、丘《おか》の上の墓地へ行った。


 『七瀬家之墓《ななせけのはか》』。


 白い花を、そなえた。母が、線香に、火をつけた。細い煙《けむり》が、夏の空へ、まっすぐに、のぼっていく。


 遥は、ポケットから、一枚の、小さな紙を取りだした。


 古い、子どもの字。


『おとうさんへ かたたたきけん 10かいぶん はるか』


 父の手帳の、ルーティン4のページのポケットに、はさまっていた券。一度も、使われなかった券。


「お父さん。……一回目、使うね」


 遥は、墓石のうしろに回った。夏の日ざしで、石は、あたたかかった。


 遥は、墓石の、肩《かた》のあたりに、両手を置いた。


 とん、とん。


 ゆっくりと、たたいた。


 とん、とん、とん。


 となりで、母が、口もとをおさえて、笑った。笑いながら、少しだけ、泣いていた。


「……お父さん、きっと、くすぐったいって言ってるわよ」


「うん。……でも、まだ、9回、残ってるから」


 遥は、券を、ていねいに、たたんで、財布の中にしまった。


◇ ◇ ◇


 午後、遥は、陽菜《ひな》と、駅前のカフェにいた。


 テーブルの上に、二人のノートパソコンが、ならんでいた。


 画面に映っているのは、小さなゲームの、最初の場面だった。


 夜明けの、白い廊下。その先に、白い扉《とびら》。扉には、七つの鍵穴。


 背景は、遥が描いた。扉の前に立つ、小さな女の子の絵は、陽菜が描いた。


「ねえ、遥。この子の耳、やっぱり、さわらせたいんだけど」


 陽菜が、画面の女の子を、指さした。


「どのさわり方にする? つまむ? 引っぱる?」


 遥は、少し考えて、笑った。


「……ぜんぶ、少しずつ、ちがうのにしよう。この子が、扉の前に来るたびに、ちがうさわり方をするの」


「なにそれ。むずかしいよ」


「むずかしいね」


 二人は、笑った。


 二人のゲームの題名は、まだ、決まっていない。けれど、来年の春の、小さな展示会に出すことだけは、決めていた。


 陽菜が、キャラクターを描く。遥が、背景を描く。


 1+1が、3になるように。


◇ ◇ ◇


 その夜、遥は、自分の部屋で、夢を見た。


 白い廊下。白い扉。


 七つの鍵穴のうち、六つが、それぞれの色で、光っている。


 そして、いちばん下の、飾《かざ》りのない、銀色のプレートの鍵穴が、ゆっくりと、光りはじめた。


 朝の光の色だった。坂の上の家の、台所の窓からさしこむ、ふつうの、毎日の、朝の光の色。


――ななつめ。


 扉の向こうで、だれかの声が、ささやいた。


 トワの声ではなかった。いや、トワの声だったのかもしれない。何千、何万の「もしも」の声が、ひとつに重なって、ささやいていた。


――おめでとう。


 鍵は、もう、いらなかった。


 銀色のプレートの下に、小さな取っ手があった。毎朝さわっている、自分の部屋のドアノブと、同じ手ざわりだった。


 遥は、それを回して、そっと押《お》した。


 扉は、拍子《ひょうし》ぬけするほど軽く、すっと、ひらいた。


 その向こうにあったのは、何千、何万の世界でも、星の海でも、なかった。


 遥の、部屋のドアだった。


 ドアノブの、銀色のプレート。


 ドアの向こうから、母の声が、聞こえた。


「遥、朝ごはん、できたわよ」


◇ ◇ ◇


 目をさますと、まくらもとのスマートフォンが、光っていた。


 見たことのない、アイコンだった。夜空の色の丸の中に、白い扉のシルエット。右下のすみの「β」の文字は、なかった。


『パラレル・ツアーズ(正式版)のインストールが完了《かんりょう》しました』


 遥は、しばらく、画面を見つめていた。


 それから、そっと、アイコンにふれた。


 画面が、ふわりと、夜空の色に変わった。


【……おはようございます。現在時刻は、午前6時00分17秒です。……はじめまして、でしょうか】


 声だった。


 男とも女ともつかない、すきとおった声。けれど、どこか、前よりも、少しだけ、幼かった。


【わたしは、パラレル・ツアーズのAIコンシェルジュ、ノヴァです。……あの、ふしぎなのですが。わたしのメモリには、あなたのデータが、ありません。それなのに、なぜか、あなたの朝ごはんのことが、とても、気になります】


 遥の目から、涙《なみだ》が、ひとつぶ、こぼれた。


 そして、笑った。


「……今から、食べるよ。お母さんが、つくってくれたから」


【それは、よかったです。記録しておきます】


 ノヴァの声が、ほんの少し、うれしそうに聞こえた。


【それでは、七瀬遥《ななせはるか》さま。旅行のご案内です。……次の旅行先を、検索《けんさく》しますか?】


◇ ◇ ◇


 遥は、少しだけ、考えた。


 魔法《まほう》の国。竜の空。山里の村。地下の町。星の海。光の部屋。


 どの世界も、今も、どこかで、つづいている。枝分かれしながら。


「ノヴァ」


 遥は、言った。


「その前に、ひとつ、お願いしてもいい?」


【はい。どうぞ】


「わたしに、質問して」


 ノヴァは、少しだけ、だまった。


【……質問、ですか】


「うん。わたしが、答えを教えてもらうんじゃなくて。わたしが、自分で答えを見つけられるように。……わたしに、質問してほしいの」


 ノヴァは、しばらく、考えているようだった。


 やがて、すきとおった声で、ゆっくりと、言った。


【では、おたずねします。……七瀬遥さまは、今日、何を、選びたいですか】


 遥は、窓の外を見た。


 夏の朝の空が、どこまでも、青かった。


 この世界の、この空。この一回きりの、今日。


「……いいえ」


 遥は、言った。


「旅行は、いいの。今度は、この世界で、自分の人生を、攻略《こうりゃく》してみたい」


 ノヴァは、少し、間をおいた。


 それから、声が、やわらかく、ほほえんだ。


【了解《りょうかい》しました。あなたの人生には、まだ、無数の可能性があります】


 画面に、白い星が、五つ、ならんだ。


『旅行の評価をお願いします ☆☆☆☆☆』


【……あの、旅行はしていませんが、なぜか、この画面が出てしまいました。ベータ版のなごりかもしれません。申しわけありません】


 遥は、声を出して、笑った。


 そして、白い星を、五つ、おした。


「五つ、★★★★★。……残りの二つ、ずっと、とっておいたんだよ」


【……? よく、わかりませんが。……ありがとうございます】


◇ ◇ ◇


 階段の下から、母の声がした。


「遥、朝ごはん、冷めるわよ」


「今、行く」


 遥は、ベッドからおりた。


 部屋のドアノブに、手をかける。銀色のプレート。ひんやりとした、毎朝の手ざわり。


 ドアを開ける前に、遥は、ふと、スマートフォンをふり返った。


 画面のすみに、小さな通知が、ひとつ、ともっていた。


『新しい予約が入りました 旅行者:――』


 旅行者の名前は、表示されていなかった。


 遥は、少しだけ、その通知を見つめた。


 それから、ドアを開けた。


 朝の光と、みそ汁《しる》のにおいが、階段の下から、ふわりと、のぼってきた。


おわり


本書は執筆にあたり、自立し、他者と協力しながら成長するための人生の原則

『スティーブン・R・コヴィー博士の著書:7つの習慣』を参考にさせていただきました。


【私的成功:自立する】

① 主体的に行動する

② 人生のゴールを思い描く

③ 最優先事項を優先する


【公的成功:協力する】

④ Win-Winを考える

⑤ まず相手を理解する

⑥ 違いを生かし、相乗効果を生み出す


【再新再生:成長し続ける】

⑦ 心・体・知性・人間関係を磨き、自分を成長させ続ける。


7つの習慣での個々の名称は変更させていただきました。

これは自分を変え、周囲とより良い関係を築き、人生を豊かにするための素晴らしい習慣です。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。