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第8話「呪術を使えるほどの魔法使いなのに」

「自分が呪術をなんとかできるって言ったんだろ! 自分が救うって言っただろ! 責任も取れないのに、気安く魔法を使うな!」

「っ、こんな廃病院で働いたところで、あなたに未来なんて……」


 たとえ少年の声だとしても、感情を爆発させた声には強さが込められている。

 勢いよく言葉をぶちまけていたセレンさんは勢いをなくし、ルトを説得するための言葉を探す。でも、セレンさんの言葉が続くことはなかった。


「まだ、自分の人生で、やれることあるのかなって」


 静寂が広がる空気を打ち破ったのは、ルトの一言だった。


「自分の人生には期待できない。でも、美味い飯は……食べてみたい」


 ルトの願望を聞き入れた私は、フェルと視線を交える。


「セレン、拘束させてもらう」

「くっ……」


 どんなに大金を所持していたとしても、私とフェルを説得することはできない。

 そう察したセレンさんを絶望が飲み込み、彼女はおとなしくフェルに拘束されるのを待った。


(良かった……これで事件は解決……)


 呪いの類である呪術と対峙することで、大量の魔力を消費した。

 魔力の枯渇が全身を蝕んでいくような感覚に危機感を覚えるけれど、わずかな力を振り絞って自身の足を鼓舞する。


「助けてくれたお詫びに……僕が地上に出て、警吏を呼んでもいいけど」

「うん、ありがと……」


 足元が危うく揺らいで、膝が折れそうになった。


「えっと……セレンさんは呪術を使えるほどの魔法使いだから、病院にはフェルが残ってくれた方が助かるかな」

「それには、僕も同意見」


 咄嗟に、近くの古びた棚へと手を伸ばす。


(良かった……体調不良、ばれてない……)


 微かな指の震えを抑えるように、強く握り締める。

 棚に触れているっていう感触が支えとなって、私は深く息を吐き出した。


「フェル、それでいいよ……」


 なるべく穏やかな笑みを浮かべながら、フェルに話しかけるつもりだった。

 でも、私を支える役割が、古びた棚からフェルへと代わる。


「ディアナ、役割を分担する必要はない」

「え」


 私を気遣う言葉を発すれば、それはセレンさんにとっての好機へと繋がる。

 ルトにとっての不安に繋がる。

 それをよく理解しているフェルは私を支えながらも、何事もなかったかのように会話を先に進めていく。


「そこに、ちっとも力を貸してくれなかったお兄さんがいるから」


 最後の気力で背筋を伸ばして、フェルの支えから離れる。


「犯罪者の逮捕への協力、感謝いたします」


 月の光のよく似た銀白色の髪色と青紫色の瞳。


「捕らえろ」

「はっ!」


 アルノ・バレッタ様の背後から、重厚な鎧に身を包んだ衛兵たちが顔を見せる。

 拘束されたセレンさんを引き渡す役割を担ったのはルトで、セレンさんが抵抗しないように警戒心を解かなかったところをかっこいいと思った。


「君も、事情聴取に付き合ってもらえるかな」

「……うん」


 ルトは頷いて、了承の意を示した。


「大丈夫。ディアナ様が待つ五十階層まで、ちゃんと送り届けることを約束するよ」


 廃病院へと駆けつけたアルノ様は、一瞬にしてルトが抱えている不安を見抜いた。

 まだ少年と称することができる年齢のルトにとって、大人のセレンさんと対峙するのは相当な恐怖だったってことをアルノ様は理解していた。


「ということで、彼の夕飯の準備をお願いします」


 鎧の軋む音が響き、セレンさんをがっちりと拘束した衛兵は彼女を外へと連れ出す。


「ルト、何が食べたい」

「食べれるなら、なんでもいい。稼ぎのない病院で、贅沢とか言ってられないから」


 その言葉を受けて、私とルトの口角が一緒に上がった。

 ルトはこの場にいる大人たちを気遣うための笑みを用意して、私よりも随分と大人に見えた。

 完全にルトから不安を拭うことはできないことを歯痒く思ってしまうけど、今できるのは自分の不甲斐なさを嘆くことではないと思った。


「フェルのご飯、すっごく美味しいの。期待して」


 ゆっくりと息を吸い込んだルトは、警吏(けいり)に付き添われながら病院の外へと一歩を踏み出した。


「全部、アルノ様が仕組んだことですか」

「ディアナ、事情を聞くのもいいけど、まずは……」


 私の不調に気づいているフェルの手を、ぎゅっと握る。

 手に力を込めることができると彼にアピールすると、彼は私がアルノ様と話し合うための時間をくれた。


「呪術を使う人間が、ダンジョンに逃げ込んだって通報があってね」


 心地よい風が吹き込み始めたと思ったら、崩れかけた壁から入り込んでくる風は冷たい。


「そこで、第二の聖女候補であるディアナ様の手柄にしてもらおう」


 風の流れが常に変化を見せるのは、ダンジョンと呼ばれる解明されていない土地を舞台にしているせいなのか。

 それとも、国に仕える重鎮クラスのアルノ様が関わってくることに不安を隠せないせいなのか。


「クラレッド様の企てに、乗っからせていただきました」


 冷たく湿った空気の中に、微かな花の香りが混ざっていたような気がした。


「……懐かしいお名前ですね」

「ディアナ様に、そうおっしゃってもらえて……安堵いたします」


 アルノ様の一言一言に、私の心が揺さぶられるのをフェルは察してくれたのかもしれない。

 私の手が震えてしまわないように、フェルが繋ぐ手に力を込める。

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