第二話 僕の叔父さん、康お兄ちゃん その七~またがってどぅんどぅん~
怒られたらどうしよう。訴えられたら百パーセント負ける。
それいけ! 第二話、その七、スタート!
では、どうぞ。
ドキドキさせるあの子はあの手だから、玄関の鍵は手首の辺りの異様なふくらみが握って閉めた。
でも口を大きく開けて笑っていた。
それでもやっとのことで鍵を閉めるのに成功すると、今度はリュックサックのチャックを開けるのに戸惑った。
でも鍵という大事なものはちゃんと仕舞わないといけないから、ドキドキさせるあの子は根気よくチャックを開けて、鍵を仕舞った。
「あのリュックサック、康お兄ちゃんのものよね?」
お姉ちゃんが言った。
「あれは着ぐるみって言うだわよ。本物のドキドキさせるあの子ではなくて、なかにひとが入ってるだわよ。いまの場合は康お兄ちゃんが入っているのだわよ。姫たん知ってるだわよ」
姫たんはそれくらいの分別がつくお年頃なのだ。
お姉ちゃんが見たなにかとんがっているものの正体は、ドキドキさせるあの子の角(もしくは角らしきもの)だったわけだ。
「なんで着ぐるみなんて着てるんだろう? 歩いて行く」
お母さんの疑問は、無視したわけじゃないけど、あとを追うことでかき消された。
ドキドキさせるあの子の着ぐるみを着た康お兄ちゃんを「康お兄ちゃん」と呼ぶのは酷なので、ドキドキさせるあの子と呼ぶことにする。
ドキドキさせるあの子は、つまずいたりぶつかったりしないで歩いて行った。
どうやら慣れているようだった。
僕たちは後ろからスパイしていたから見えはしなかったのだが、すれ違うひとのほとんどが二度見しても、ドキドキさせるあの子は(なかではどうだかわからないが)ニッコリ笑顔だったはずだ。
「ずんずん歩いて行くわね」
お姉ちゃんはむしろ感心しているようだった。
「慣れっこなのね」
大小の差こそあれ、お母さんも同じようだった。
「康お兄ちゃん、コスプレが趣味なのかな?」
「だとしたらこりゃすごいことだぞ」
「でも、着ぐるみ着るのって、コスプレって言う?」
「さあ、わかんない」
僕の発言にお父さんが、とてつもない秘密を掴んだって顔をして、雪が投げかけてきた疑問に、僕は答えを持ち合わせてはいなかった。
ドキドキさせるあの子が歩く。
僕たちも歩く。
と、ドキドキさせるあの子が足を止めて手を振った。
その向こうに手を上げて答えるひとがいる。
金髪で黒いスーツを着た、身長が百七十七、八はありそうな男のひとだ。
距離がある上に暗くてよくは見えないけど、笑っているようだった。
「ホストかな?」
「ポイね」
「違うだわよ。ぐるぐる眉毛のお兄さんだわよ」
「ああ!」
外見のみで判断するならホストでも間違いではないのだが、お姉ちゃんと僕の間違いを姫たんが正してくれた。
そうだ、あれはたしかにぐるぐる眉毛のお兄さんだ。
近くで見れば、ちゃんと眉毛がぐるぐるしているはずだ。
ドキドキさせるあの子とぐるぐる眉毛のお兄さんが向かう先はどこか?
それ以前にどうして着ぐるみとコスプレなのか?
それはわからなかったが、今度はドキドキさせるあの子が手を上げなくても、そのゆるキャラのようないでたちで、仲間だな、とわかった。
白くてほぼ二頭身で緑色の風呂敷を背負っている。
ソフトクリームが大好きなあの子だ。
間違いない。
案の定、ソフトクリームが大好きなあの子が加わって、ドキドキさせるあの子は三人パーティーになった。
笑い声が聞こえてきて、肩に手を乗せたりしていて、きっと三人は自分たちがどんなコスプレ(と言うと雪の言うとおり違うのかもしれないけど、これはもうコスプレってことにさせてもらう)をしてくるか、内緒にしていたのだろうと推測できた。
「こうなると次が気になるわね。康お兄ちゃん、これで終わりとか、やめてよ」
お姉ちゃんが遠くで笑っている康お兄……ドキドキさせるあの子の背中に言った。
ドキドキさせるあの子はさらに歩く。
僕たちスパイは一定の距離を取ってついていく。
ドキドキさせるあの子は最初から尾行されているとは微塵も念頭にないようで、楽しそうにおしゃべりをしながら歩いて行く。
「そこ曲がったら、また住宅街よね。お店とかあるのかしら? ていうか、あの格好でお店には入らないわよね」
お姉ちゃんがそう言った角を曲がって、ドキドキさせるあの子たちは姿を消した。
僕たちが見つからないように角まで行って、お姉ちゃんが慎重に顔を出してみると、アパートの一室の前でぐるぐる眉毛のお兄さんがチャイムを鳴らすところだった。
ピンポーンと鳴らすと、しばらくしてひとがひとり、出てきた、らしい。
お姉ちゃんが顔を引っ込めて、
「見て。見て。見て。とにかく見て」
と声を殺して笑った。
何事か?
僕は言われるがままに、見た。
そこにはBON BON BONのMVのときのがりーばみゅばみゅのコスプレ(これはもうコスプレだ)をした、百六十五センチ、八十キロくらいの、あきらかにおっさんの男がいた。
足が男の足なのが遠目にもわかる。
僕は笑った。
雪も笑った。
姫たんも笑った。
お父さんも笑った。
お母さんも笑った。
声を殺して、だけど。
お祖父ちゃんもこのときばかりは
「ばあさんじゃあ」
とは言わずに、
「けったいじゃ。あれじゃあ嫁の貰い手がないじゃろ。いや、女子でもあるまい」
と言った。
お祖父ちゃんにもわかるくらいに、男、男していた。
ドキドキさせるあの子たちの笑い声が離れていったので、お姉ちゃんが様子を見て、またスパイを再開した。
がりーばみゅばみゅの破壊力は相当なもので、僕たちはその後ろ姿でまた笑いがこみあげてきて、声を出さないようにするのに一苦労だった。
ドキドキさせるあの子の後方、八十メートルほどを僕たちは歩いている。
もちろん、十字路があっても曲がらないこともある。
ドキドキさせるあの子たちは何筋目かの十字路を曲がらずに歩いて行くと、十字路からひとり、体格からして男が、ドキドキさせるあの子たちに、足音を殺して早足で近づいて、背後からとびかかった。
一瞬、僕は
「危ない」
と思った。
でも違った。
その男は長い肩当とでもいうのか、それをしていてマントをひるがえし、頭にはターバンのように白い布を巻いていて、腕と顔も緑色だった。
そう、つまり、変質者などではなくて、ペッコロ大魔王だったのだ。
後ろから
「わっ」
と肩を掴まれたドキドキさせるあの子とその仲間たちは、驚いて振り返ってから、手を叩いて笑った。
ぐるぐる眉毛のお兄さんとソフトクリームが大好きなあの子は、腹を押さえていた。
ペッコロ大魔王もそれぞれのコスプレを見て、指を指したりして大笑いしていた。
こうして、最初はひとりだったドキドキさせるあの子は、ぐるぐる眉毛のお兄さん、ソフトクリームが大好きなあの子、ガリーばみゅばみゅ、ペッコロ大魔王という頼もしい仲間たちとともに、またどこかへ向けて歩き出した。
閑静な住宅街からまた少し人通りのある道に入ったとき、民家の前に一台の大型バイクが停まっていた。
僕はバイクに明るくないのでわからないが、明るくないひとでも名前を聞いたことがある、バイカーのあこがれの「あれ」だと思われた。
ドキドキさせるあの子たちはそのバイクの前で足を止めた。
「なんだろう?」
とお姉ちゃん。
「あの家に用があるのかしら?」
お母さんが言ったあとは、僕たちはドキドキさせるあの子たちの様子を黙って観ていた。
ドキドキさせるあの子たちは、バイクを囲んでなにか言っていた。
そして、ドキドキさせるあの子がその大型バイクにまたがって
「どぅるん、どぅんどぅんどぅん」
とエンジンの口真似をしだした。
仲間は大爆笑だ。
「風を切れ」
とか
「ヘアピンカーブだ」
と囃し立てて、ドキドキさせるあの子は
「ぶおおおおおっ。どっどっど。ぶいいいいいいん」
と見事なドライヴィング・テクニックで走るところを想像して楽しんでいた。
ドキドキさせるあの子が遊び終えると、順番にぐるぐる眉毛のお兄さん、がりーばみゅばみゅ、ペッコロ大魔王がまたがって
「ぶるるるる、ぶおおおおん」
とやりだした。
ソフトクリームが大好きなあの子はその体型上、バイクにまたがることはできなかった。
そのとき、僕たちは五十メートルくらいに近づいていた。
「いい大人のすることじゃないのに」
とは言ったものの、僕は可笑しくて可笑しくて、僕は後ろを向いて声を出さないようにして笑った。
「姫たんもやりたいだわよ」
「駄目よ。あれは悪いお手本。ひとのもので勝手に遊ぶなんてしたらいけません」
お姉ちゃんが言った。
たしかにそのとおりだ。
真似をしたらいけない。
ドキドキさせるあの子御一行はどこに向かっているのか?
どこにも向かっていないのか? んなこたないんだっ(タモ〇さん)。
では、また。




