第二話 僕の叔父さん、康お兄ちゃん その八~子猫をハグハグ~
気が付いたら七時になってもまだ暗くはないような季節になっていました。
気が付いたらもうすぐ六月でした。
気が付いたら今年が終わってた、なんてことにならないように
中身のある人生を送りたいものですね。
では、どうぞ。
少し人通りがあるとはいえ夜の静かな町の中で、ドキドキさせるあの子たちの声はよく響いていた。
五十メートルくらい離れた僕たちにも聞こえるくらいに。
だからだろう、そのバイクの持ち主が玄関から飛び出てきて怒鳴り散らした。
「お前ら、なにやってんだ!」
ドキドキさせるあの子たちは一目散に走って逃げた。
「ごめんなさい」
と謝っているのが、はっきりと聞こえた。
ソフトクリームが大好きなあの子はやっぱり走るのにもむいてはいないので、派手に転んで頭が取れてしまった。
がりーばみゅばみゅとペッコロ大魔王に抱えあげられて、精一杯でもゆっくりのスピードで、頭を持ってどうにかこうにか走っていった。
ドキドキさせるあの子たちがときどき後ろを振り返りながら走るものだから、僕たちスパイはなかなかあとを追えなかった。
「見失ったら不味いけど、見つかったらもっと不味いものね」
お姉ちゃんの意見はみんなの意見だった。
お祖父ちゃんも
「そのとおりじゃ。不味い、不味い」
と賛同していたのだけど、本当にわかっているのかは怪しかった。
結局、僕たちが動けたのは、ドキドキさせるあの子たちが角を曲がってからだった。
「よし、行こう」
お姉ちゃんの号令に、みんなが反応した。
バイクに傷がないかと確認しているひと(三十代くらいのいかつい体格の男性)の横を走ってすばやく角まで走った。
走ったのは全員じゃなくて、お姉ちゃんと姫たんと僕と雪だけだ。
残りのメンバーは膝が痛かったり、年だったり、介護のために入らないほうがいいと判断したためだ。
少し遅れて角まで走ってきた姫たんは
「どうだわよ」
と、ドキドキさせるあの子たちとその仲間たちの様子を探っているお姉ちゃんに訊いた。
「立ち止まってる。そんなに遠くにいるわけじゃないから、しー、ね」
と人差し指を口に当てた。
遅れてお父さんとお母さんとお祖父ちゃんが来て、やっぱり
「康くんたち、どうしてる?」
と訊いてきた。
お姉ちゃんが説明した。
ドキドキさせるあの子たちはコンビニの前にいるのだけど、ぐるぐる眉毛のお兄さんが買ってきたジュースかなにかを飲んでひと休みしたあとで、また歩き出した。
正確にはわからないけど、そんなにかかったとは思えない時間、おそらく二、三分くらいだと思うけど、喫茶店のように思えるお店の前で、ドキドキさせるあの子たちは立ち止まっていた。
みんなコスプレをしているので、見た目が一番異様でないぐるぐる眉毛のお兄さんがこういう役回りなのだろう、そのお店に入っていった。
そりゃあ、がりーばみゅばみゅのコスプレをしたおっさんに入ってこられたら、警察を呼ばれる可能性だってある。
出てきたとき、ケージをひとつと、ノートらしきものを持っていた。
出入り口で、店員らしきツイン・テールの女性と言葉を交わした。
ドキドキさせるあの子たちが
「ありがとうございます」
と頭を下げたのが聞こえた。
「大事にしてくださいね」
はっきりとは聞こえなかったが、ツイン・テールの女性は恐らくそう言った。
「はい」
とドキドキさせるあの子が引き受けて、互いにお辞儀をして別れた。
ドキドキさせるあの子たちが歩き出して、ツイン・テールの女性がお店のなかに帰ってから、僕たちがお店の前に行くと、そこは猫カフェだった。
「つまりあのなかには猫がいるってわけね」
「借りたんでしょうか? もらったんでしょうか?」
お姉ちゃんの推測に、雪が訊いた。
「ここ、子猫差し上げますって張り紙、あるわよ」
お母さんが気付いて、みんながそれを見た。
たしかに書いてある。
疑問が解決した。
「じゃあ、行くわよ」
お姉ちゃんが言って、スパイを再開した。
ドキドキさせるあの子とその仲間たちは、少し人通りのある道から、また閑静な住宅街に入っていった。
駅から離れているせいか、昔からあるような佇まいの家が増えてきた。
もうすっかり夜で、ひとは、いるにはいるけどかなりまばらだった。
僕たちはスパイがばれないように足音を殺して歩いた。
今度は十分ほど歩いた。
角を曲がって大小の家々、アパートの前を通り過ぎて、どこまで歩くんだろうとみんなが思い始めたであろうころに、ドキドキさせるあの子が立ち止まって、ここだと指を指した。
それは古いアパートで、お世辞でしか綺麗とは言えないような外観だった。
道路側に窓があって、玄関に行くにぐるりと回りこまなければならない造りになっていた。
ドキドキさせるあの子がそのアパート、一階三部屋の二階建ての、どの部屋に行くのかはわからないので、ドキドキさせるあの子とその仲間たちが玄関のほうに消えてから、僕たちはそっと道路側に近づいた。
すると、一階の真ん中の部屋からのチャイムが聞こえてきて、次に
「はーい」
という女の子の返事が聞こえてきた。
まだ幼稚園児くらいの子どもの声だ。
僕たちはドラマで見るスパイさながら、窓の周りの壁に身を隠した。
お祖父ちゃんはなぜだか、ピストルをかまえる格好をしていた。
会話が聞こえてきた。
「どなたですか?」
「こんばんは。アニメの国からプレゼント持ってきたよ」
ドアが開く音が聞こえてきて、続いてなかに入ってくる足音が聞こえてきた。
「こんばんは。わたしが誰か、わかる?」
「ドキドキさせる女の子」
「じゃあこのひとは?」
「ぐるぐる眉毛のお兄さん」
「あったりー。ソフトクリームが大好きなあの子もいるよ」
「こんばんは、ずら」女の子の笑い声が聞こえてきた。
「ペッコロ大魔王もいるよ」
「本当に緑色だ」女の子は大はしゃぎだ。
そして、
「次はこのひと」
とペッコロ大魔王が紹介したのは
「こんばんは。がりーばみゅばみゅです」
がりーばみゅばみゅ(のコスプレをしたおっさん)だった。
女の子は泣いた。
それはもう泣いた。
火がついたように泣いた。
どんなにあやしても泣くので、ドキドキさせるあの子が
「プレゼントだよ」
と言った。
リュックサックに入れてなにか持ってきたのだろうか?
違った。
「猫ちゃん!」
女の子の泣き声がぴたりとやんだ。
「かわいい」
おそらくケージから出して抱っこでもしているのだろう。
女の子は
「もう名前は考えてあるの」
と言った。
「男の子でも女の子でも、マシュマロちゃん」
かわいい名前だと、僕は思った。
「これ、このノートに、マシュマロちゃんの飼い方がいっぱい書いてあるから、これ何回も何回も読んで、マシュマロちゃんをかわいがってあげてね。約束ね。困ったことがあったら、まずお母さんに言って、それからここのおねえさんのところに相談してね」
ドキドキさせるあの子がそう言うと、元気な
「はい」
という返事が聞こえてきた。
「それからこれは、わたしたちみんなからのプレゼント。マシュマロちゃんを飼うのに必要なもの。じゃあ、ぐるぐる眉毛のお兄さんが帰らないと、仲間たちが船に乗って冒険できなくて困っちゃうから、わたしたちは帰るね」
「はい。誕生日にマシュマロちゃんをプレゼントしてくれて、ありがとうございます」
「どういたしまして。鍵、ちゃんと閉めてね。じゃあ、バイバーイ」
ドキドキさせるあの子が、そしてドキドキさせるあの子の仲間が口々に
「バイバイ」
と言って、ドアを閉めた。
言われたとおりに鍵を閉める音がして、お姉ちゃんが
「康お兄ちゃんたち、こっち来る」
と言い、僕たちは慌てて窓から離れて、来た道とは反対の角へと走った。
ドキドキさせるあの子とその仲間たちはそのアパートを離れると、真っ直ぐがりーばみゅばみゅのアパートへ行った。
どうやらみんなで打ち上げをやるらしい。
僕たちが、ドキドキさせるあの子とその仲間たちががりーばみゅばみゅのアパートに入っていくのを見届けると、お父さんが言った。
「もうスパイごっこ終わりにしないか?」
「え、なんで?」
お姉ちゃんは不服そうだった。
「まだ九時前よ。これからじゃない」
「みんな、見て」
お母さんが静かな声で言った。みんなが振り返った。
「姫たんが眠そう」
見ると、お母さんが手をつないで歩いている姫たんのまぶたが閉じそうになっていた。
「姫たんまだ眠くないだわよ」
と言ってはいるものの、ろれつがもう半分夢のなかだ。
「このままスパイしててもどうせ飲んだ喰ったの大騒ぎで時間が過ぎるだけだよ。粘るだけ無駄じゃない?」
僕はやんわりとお父さんに賛成した。
お姉ちゃんは僕と姫たんを見て観念した。
「わかった。姫、おんぶする?」
姫たんは素直に肯いて、お姉ちゃんに駆け寄って、背中につかまった。
住宅街を抜けて通りに出て、タクシーを止めた。
一台目にお姉ちゃんと姫たんと僕と雪が、二台目にお祖父ちゃんとお父さんとお母さんが乗った。
タクシーに乗るころには、姫たんはもうぐっすり眠っていた。
僕はなんだか興奮していたのだけど、どういえばいいのかうまく言葉にできなくて、結局なにも言わずにいた。
お姉ちゃんも雪も車中なにも言わなかったのは、同じ気持ちだったからか、それとも眠った姫たんを起こさないようにするためか。僕たちは家に着くまで、なにも喋らなかった。
一旦、お祖父ちゃんちとお父さんち別れた僕たちは、お姉ちゃんが姫たんを着替えさせてベッドに寝かせてから、お祖父ちゃんちの茶の間に集まって、少しの間、話した。
ひとりでパンケーキを食べたこととか、幼児を抱きかかえたときは犯罪の臭いがしたとか(みんなが笑った)、道に迷うかね、とか。
僕はお父さんとお母さんに「UFO降臨の儀式」を話したのだけど、話し方が下手なのか、伝わりきらなくて、あまりウケなかった。
コスプレは猫の女の子のためだったんだなあ、と陰でボランティアをしている康お兄ちゃんの優しさを知らされて、僕たちは満ち足りた気持ちになったのだ。
「康には今日のことは内緒にしような」
みんなが肯いて、そうしてまた思い思いに夜を過ごして、眠った。
お姉ちゃんは起きてきた姫たんに、お風呂入ってないだわよと言われて、一緒に入浴してから眠った。
なかなかにスリリングな夜だったと、僕は顔のほころびを止められなかった。
もしかしたら眠っている間もニヤニヤとしていたのかもしれない。
なさそうでありそうな話だ。
こうして、お姉ちゃん発案のスパイごっこは幕を閉じました。
康お兄ちゃん、ボランティアをして、いいひとでしたね。
そして、まだまだ掘り下げられるキャラでもあります。
次回作を期待してくださるひとが大勢いたら………見られるかも。
では、また。




