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 猫のアメリー以外に誰もいないと思い込んだ悪女は油断した。わからないと思って、アメリーを殺したこと、僕を殺そうとしていることを自ら白状したのだ。カーテンの陰に潜んでいた僕は全てを聞いた。


「シャ……シャルルさま! いったいいつからそこに」

「きみがこの部屋に通される前からさ。アメリーの名を持つものを前にして猫以外誰もいないと思ったら本性を現すかと、不確実な予想だったけど見事に馬脚を現したな」


 勿論これはアメリーの案だ。ちなみにアナベルに出されたお茶は、アメリーが口にした毒のお茶と同じものだ。同じ名前、同じお茶の香り。告白を聞くのが猫であれば、その証言は使えない。けれど、王太子自ら暗殺の過去と計画を聞いて告発すれば、王弟派と闘える……。


「ま、まあ、悪戯がお好きなのね! もちろん、猫相手の作り話ですわ!」


 とアナベルは虚勢を張る。なんと厚かましい女だろう。僕はこの女がアメリーにした事を思えば、裁きに委ねることもなく今すぐ斬り捨てたい程なのに。


「作り話にしては物騒だね?」

「申し訳ございません。こんな悪趣味な女はお嫌いでしょうか。でも、シャルルさまをお慕いする心は三年前から変わりません。シャルルさまに敵対する者はわたくしが消し去りたい……という気持ちから生まれたものなのです」

「ふぅん。邪魔な者は、毒を盛って消すのがきみの流儀なんだね」

「シャルルさま。わたくしは毒など手にした事はございません。でも、もしそれを持っていたならば、シャルルさまの為に使ってもいい、と想像したのです。わたくしは気の弱い女ですから、出来るかどうかはわかりませんが」


 アメリーの言葉を聞いていなければ、昔の愚直な僕ならば、もしかしたら信じたかもしれない、と思う位にその口調は真剣みを帯びていた。でも、全部嘘だと僕は知っている。


「その言葉がほんとうなら、僕は嬉しいんだけれどね」


 と言って僕は彼女の隣に座った。猫のアメリーは不服そうに唸って壁際に寄った。ごめん、アナベルを油断させる為なんだよ。


「本当ですわ。わたくしは、シャルルさまの御子を産み、国をひとつに、平和にする為に働きたいのです。そしてシャルルさまの癒しになりたいのです」

「僕に嘘はつかないで欲しいのだけど」

「嘘なんて。わたくしは少し妄想癖がありますが、嘘は言いません」

「そう。でも、なんでアメリーが毒で死んだと知ってるの? 彼女は病死したという事になっているけれど」


 はっとアナベルの身体が強張った。


「そ、それは、だって、そういう噂もありましたもの……」

「もし噂が本当だとしたら、一番疑わしいのはきみだよ。だって、その日の朝にアメリーを訪ねているんだから」

「! どうしてそれを」


 言ってからアナベルは口を押えたけれどもう遅い。


「あの時、不審な訪問者はいなかった、という調べになっていたけど、やはりきみはアメリーのところに行っていたんだね」

「いいえ、行ってません」

「いま自分で言ったろう」

「言ってません」


 なかなか強情だ。


『あの日、貴女はわたくしを訪れたわ。貴女の毒で苦しむわたくしに言ったわ。『これでもう殿下に確かめる事は出来ないわね』って』


 陽の光を背に受けながら。猫のアメリーが静かに言った。金の毛並みが斑に光っている。驚愕の表情を浮かべてアナベルは後ずさった。


「ひっ……猫が! 喋ったわ!」


 アメリーは感情を抑え、静かに諭すように言った。


『わたくしは貴女に殺されたアメリー・ベルトワーズの生まれ変わり。全てをシャルルさまにお話ししたわ』

「生まれ変わりですって。じゃあ、あんたの魂は天の国に行けずに獣に堕ちたというわけ? いいざまじゃない、いつもお高くとまっていたいたのに、哀れなこと!」


 猫が人の言葉を話し、名を名乗ったのでアナベルはそれを信じた様子。


「何の罪もないアメリーを殺しておいて、言う事はそれだけなのか?!」

「罪があるから、そうやって天から見放されて獣になったのでしょう」


 勝ったようにアナベルは猫のアメリーを見下した。けれどアメリーの態度は毅然として崩れない。


『わたくしに罪があったとすれば、貴女などの言葉を一瞬でも信じてしまい、シャルルさまのお心を疑ってしまったこと。でも、貴女はそれより遥かに大きな罪を犯している。わたくしを殺し、シャルルさまをも手にかけるつもりでいる。そんな大きな罪を犯した者はどうなると思いますか。仮に貴女の企みがうまくゆき、王妃として力を手に入れたとしても、死ねば貴女は永遠に虫けらや家畜に生まれ変わり続け、人間に惨たらしく殺されて死ぬ生を送り続けるのですよ』

「う……うそよ、そんなの……」


『死んだことがない貴女に何がわかるの? 罪を認めなさい。そうすれば貴女はいつか天の国に行けるかも知れない。でも、いつまでもしらを切れば、永遠の苦しみが待っている。その罪は、貴女の子や孫にも及ぶかも知れないわ……』


 本当なのだろうか。それとも、アナベルを追い詰める為の話? 

 でも、それを僕がアメリーから聞く事は出来なかった。


「いやああああ!」


 アナベルは真っ青になって泣いて蹲った。アナベルには罪を犯した自覚がある。殺した者が人でないものとして目の前に甦り、恐ろしい運命を告げては、流石に虚勢も崩れ果てたようだった。


「そんなのいや。そんなの……誰も教えてくれなかったもの! それに、子や孫にまでなんてひどい。お腹の子には何の罪もないのに!」

「お腹の子?」

「王弟殿下の子どもよ! あなたの子どもとして育てる筈だったの!」


 数秒間考えて、僕はアナベルとの婚約を強いられた理由を悟る。


「そうなのか。きみは叔父上を愛しているのか」

「そんな訳ないじゃない。あんなけだもの!」


 アナベルは泣き喚き、猫のアメリーを見た。


「なんでこうなるの。お父様とお兄さまには喜んでもらえると思ったのに。わたし、わたし! この猫が! あの女が!」


 アメリーは俊敏に避けようとしたけれど、自棄になった女の方が僅かに早かった。


「アメリーはみんな死ねばいい!!」


 止める間もなかった。アナベルは恐ろしい程の力で、猫のアメリーを壁に叩きつけたのだ。短い叫びを上げてアメリーはそのまま動かなくなった。


「アメリー!!」

「死ねばいいのよお!!」


 アナベルは喚いていたけれど、ぐったりとしたアメリーを抱いて僕は、アナベルを糾弾するのも忘れていた。


―――


「猫は、頭をひどく打っていますが、命は助かりそうです」


 と医師は言った。王室抱えの医師が猫の診察をさせられて機嫌が悪そうだったが構わない。


「アメリーは助かるんだな?」

「そうですね。頭は打ってますが」


 そう言って医師は一礼して退室した。やがてアメリーはゆっくり目を開けた。


『シャルルさま……』

「アメリー、大丈夫だよ。これからはずっと一緒だ。アナベルは全部自白した。これで叔父を糾弾できる」

『よかった……』


 猫はぶるりと身を震わせた。


『シャルルさま。あとは、あなたさまが王位を継いでお妃を迎えるだけです』

「僕の妃はアメリーだけだ。そりゃあ、猫を王妃には出来ないけど……』


 全てがうまくいけば、その代わりに僕は王妃を迎えない、と決めた。後継は、歳の離れた弟だ。今までは地盤が不安定だったので出来なかったけれど、王弟派を一掃して僕が王になれば、6歳の弟を王太子にする。僕は猫のアメリーと一緒。女性が欲しくないと言えば嘘になるけれど、アメリーは何も知らないままに僕のせいで死んだ。ならば僕もそんなアメリーに尽くすべきだろう。


『シャルルさま……実は、もうお別れなのです……』

「え?」


 そう思っていた僕に、アメリーはとんでもない事を言いだした。


「お別れってなに? もう離れないよ」

『シャルルさま。頭を打ったせいで、わたくしはアメリー・ベルトワーズの意識がなくなるようです。或いは、未練が薄れたせいでしょうか。眠って、次に目覚めたら、わたくしはもうただの猫になるとわかるのです……』

「そんな! アメリー、ずっと傍にいて欲しい! 人間じゃなくても、きみと話が出来れば僕は救われるんだ。きみなしで王になるなんて出来ない!」

『まあ。シャルルさまったら。大丈夫ですよ』


 アメリーは笑ったようだった。


『わたくしは猫に生まれ変わって、シャルルさまのお手伝いが出来て幸せです。シャルルさまも、これからはもうわたくしの事はお忘れになって、お妃をお迎えになってください』

「いやだ!」

『でも、わたくしは行かないと……』


 呟いて、それが、猫の放った最後の人間の言葉になった。


―――


 自分は悪くない、悪いのはアメリーだと呟き続けるアナベルに誰も同情しなかった。アナベルは死んでも尚、罰を受けるのだというアメリーの言葉に精神を折られてしまったようで、自分だけでなく家族や王弟の罪を全て白状した。

 叔父にとって最もダメージになったのは、国王暗殺を企てた罪で告発された事よりも、隣国から嫁いで長年連れ添って来た妃も気に入っていた養女が、実は叔父の子を孕まされており、その子をいずれ王に、という目論見を暴かれたことだった。妃は激昂して離縁を申し出て国に帰ってしまったのだ。叔父は最大の後ろ盾であった隣国との関係を断たれた途端に支持者を失い、逃げ出そうとしていたところを捕縛された。


 叔父を始め、アナベルの父と兄、その他幾人かの貴族は処刑された。

 アナベルは、妊婦であるという事で、出産を待ってから処刑が行われる事になった。けれど、死を待つばかりの日々は徐々に彼女を狂わせた。ある時は、機嫌よく、腹の子は王になるのだ、と監視の者に語りかけたかと思えば、翌日には、自分はけものになってけものの子を産むのだ、と泣き叫ぶ、といった具合だった。

 そして、ある日監視の目を盗んで、窓から身を投げてお腹の子共々死んでしまった。


 僕は裁判以降アナベルに会う事もなく、僕とアメリーの運命を狂わせた者の死の報告を淡々を聞いただけだった。

 アメリーの言った通り、彼女は虫けらに生まれ変わったのだろうか……。

 猫のアメリーは無邪気な目で僕を見上げて膝に乗って喉を鳴らしていた。


―――


 政敵を退けたシャルルはやがて即位し、王国史に残る善政を行った。王の傍には美しい毛並みの愛猫がいて、後の世に残る肖像画にもその姿は描かれている。

 猫が寿命でその生を終えると、王もその5年後、30代で病を得て、誰からも惜しまれながらその生涯を終えた。若き弟王子がよく跡を継いで国はそのまま栄えた。


―――


「アメリー! 生まれるよ!」


 おばさんの声にあたしはわくわくして駆けつけた。

 あたしは村娘のアメリー、5歳。そしていま、隣の奥さんに赤ちゃんが生まれる。


「男の子だよね? シャルルって名前にしてくれるかなあ?」

「賢王さまの名前だからね、男の子ならそうするって言ってたね」


 お向かいのおばさんはそう言った。

 

 間もなく、産声が聞こえた。旦那さんが、息子だぞぉ、って嬉しそうに叫ぶのが聞こえた。


「うふふ」

「なんだい、にやにやしてさ。毎日弟の面倒見させられてるのに」

「ううん、シャルルは特別だよ」

「何が?」


 何が? って言われるとよくわからないんだけども。


「やーっと、『始まる』気がするの!」


 って笑ってあたしは言った。

粗い仕上がりになりましたが、お読み頂きありがとうございました

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