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死神の天敵  作者: 黒留ハガネ
症例3 巨影症
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巨影症3

 一連の騒ぎが収まるまで時間がかかったため、一団はその場で野営を行う事になった。随行の使用人たちの手で手際よく天幕の一群が立てられ、魔法の灯りがふんだんにともされ、すぐに肉と香草が焼ける香ばしい匂いが漂い始めた。


 骸骨戦で負傷した騎士を治した恩人であり、死神憑きでもあるジャレッドとその助手サララは下にも置かない扱いを受けた。厚い革張りの椅子に座らされ、何もしなくても上等の酒と肉、パン、スープが運ばれ、皿が空になればすぐに次の料理が出てくる。歓迎が全て食べ物で表されるのがキオ流である。

 二人が前菜だけで満腹になり付き人に体調を心配されていると、疲れ切った顔のアキュードがバクルクを御供にやってきた。バクルクはジャレッドの足元にまとわりついた。


「医師ジャレッド。少し意見を聞きたい事があるのだが、良いだろうか」

「構わん。良かったら残り食べてくれ、食いきれん」


 食事を勧められたら断らないのがキオ人である。アキュードは嬉しそうにテーブルをはさんで二人の対面に座り、奇石酒(キーン)(ジャレッドの好みの銘柄が出されていた)を一杯呷ってから話し始めた。


「あの骸骨の話だ。奴は毎日夕暮れ時になると襲ってくる。最初は奴もこれぐらいだったのだが」


 アキュードは手で膝丈を示した。


「日に日に巨大になり今ではあれだ。まだどうにかなるが、この調子ならばいずれ手に負えなくなる。あのような怪物に襲われる覚えはないが、我らは呪われているのかも知れん。ジャレッド氏はあの怪物の正体を御存知無いだろうか」

「ああ、知っている。あれは呪いじゃない、ただの病だ」

「おお! その話、詳しく聞かせてもらっても?」


 ジャレッドはデザートに山盛りのパンケーキを出され、顔を顰めてアキュードへ押しやった。サララは耳をそばだたせながらパンケーキの上に乗ったベリーをつまみ、足元で丸くなっているバクルクにあげた。


「あの骸骨は巨影症の影だ。巨影症は影骨が肉体からはがれて分離する病で、はがれた影は夕暮れ時に実体化して本来の肉体を殺そうとする。倒すたびに巨大化して復活するから何度倒しても意味はない。やるなら拘束無力化だな。あんなにでっかくなってたって事は相当倒しただろ」

「今日で六日目になる」

「六日! 拗らせてるな。気をつけろよ、大昔に十日粘って影が島を吹き飛ばした例がある」

「それは……」


 沈黙が降りた。古く高い森の木々を越える巨大骸骨を見た後では、そんな馬鹿なと笑い飛ばす事はできなかった。

 アキュードは弱々しく首を横に振った。


「我々の手には負えんな。いや、待て。先ほど病と言ったな。つまりあれは病気なんだな? どうすれば片付けられる? ジャレッド氏は医者なのだろう、治し方は知らないか?」

「別に難しい事じゃない。患者が影を受け入れれば元通りに融合する」

「……あー、つまり?」

「殺そうとしてくる影を、抵抗せずに受け止めるんだ。怖くても嫌でもとにかく自分の意思で受け入れる姿勢を示せば融合する。それだけでいい。難しい手術も霊薬も何もいらん」

「なんだ、簡単じゃん!」


 サララは拍子抜けした。巨影症の患者は魔力蓄積器官である影骨が体から抜け出しているため、魔力が回復しない。一団の中で該当する症状を呈しているのは一人しかいない。ならば話は簡単だ。事情を説明して影を受け入れてもらうだけでいい。サララはほっと息を吐いた。

 その鼻先を掠めて天幕から騎士が一人叩き出され、背中に罵声が浴びせられた。


「手抜き料理を出しおって! こんなものが食えるか、もっとマシなものを持って来い! あの怪物をさっさと片付けろ! バクルクを始末しろ! 私はエルフィリア王国全権大使コイッカスであるぞ!」

「……簡単に死ねるな!」


 サララは開き直った。コイッカスが粛々と影を受け止める絵面がどうしても想像できない。


「バクルクとアキュードには悪いが、あれは駄目だな。影を受け入れる器量はない」

「そうだな。しかし大使殿が死ぬような事があれば戦争を回避できなくなる。影を受け入れる方法以外でなんとかできないだろうか」

「あー、戦争か。それはなぁ」


 渋面を作るジャレッドの後頭部に酒瓶が命中した。一瞬、ジャレッドの腰の鎌から濃密な瘴気が溢れる。その間近にいたサララが四、五回死んだ錯覚に震えていると、天幕からコイッカスが錯乱した痩せた山羊のように喚き散らしながら出てきた。


「無能どもめ! もうよい、風呂だ! 風呂の用意をせよ! 背中を流す美女を連れて来い!」

 胸を反り返らせ荒々しく歩き去るコイッカスを付き人達が慌てて追っていき、三人はそれを見送った。


 ジャレッドは酒瓶を天幕の中に投げ戻し吐き捨てた。


「もう戦争になってしまえ」

「そ、そこをなんとか」

「いや、エルフィリアは戦争したくて仕方ないと思う。コイッカスを治しても戦争を回避できるかは怪しいぞ」


 気をとりなおし口を挟んだサララをアキュードは胡乱げに睨んだ。


「なんだね、突然。人格に問題こそあるが、非戦派の使者を寄越して来たのだぞ。エルフィリア王国も戦争を回避する意思はある」

「本当に戦争嫌ならあんなカス送ってこない」


 サララの正論豪速球にアキュードは言葉を失った。


「見てたけどエルフィリア側の護衛一人もいないよな。いくら全権大使でも、いや全権大使だからこそ仮想敵国に送るのに護衛を全部キオに任せるのはおかしい」

「ああなるほど、わざとカス野郎を無防備に送り込んで問題を起こさせたい訳だな? いくら傲慢でも全権大使だ、キオ側がイラついて殴りでもしたら大喧嘩になる」

「喧嘩というか戦争な」


 したり顔で頷いたジャレッドの甘い見通しを訂正する。


「巨影症に罹ってるのも知った上で使者に仕立て上げられたんだろうな。巨影症に罹ってあの性格ならまず間違いなくキオ国内で死ぬ。和平の使者を送ったのに死んだ殺された、許せん、開戦! って流れに持っていきたいんじゃないか? 要するにエルフィリアはキオを殴り倒す大義名分が欲しくて小細工仕掛けてきてるんだよ。コイッカスが馬鹿やってエルフィリアの評判落としても、その後の戦争で勝てばだいたい何とかなる」

「……妄想逞しいな」

「妄想だと思うか?」


 現実を突きつけるように、少し離れた風呂天幕から品性の欠片もない怒声と水音が聞こえてきた。アキュードは両手を上げて降参した。


「分かった、分かった、その通りだ。私も薄々おかしいとは思っていたさ。国境での大使殿の引き渡しも些か以上に粗雑であったからな。戦争を避けられるという希望的観測に縋りたかっただけだ。しかし、君はその若さで随分と賢いな。ジャレッド氏の助手と言っていたが、何者だ? 名前も聞いていなかったが」

「私はナロロ。ジャレッドと同郷で、その縁で助手をやらせてもらってる」

「ふむ……? どこかで見たような」


 サララは素知らぬ顔で用意していた偽装身分を答え、挙動不審に目を泳がせるジャレッドに肘鉄を入れた。謎の守護神系美少女の手配書が近くの馬車に積まれた荷物からはみ出しているのを見つけ、さりげなく奥へ押し込みながら知らぬ存ぜぬを貫く。名を変え髪型を変え化粧をしているが、よくよく観察されれば発覚する恐れがあった。


「どこにでもいるような顔ですから」

「どこにでもはいないだろう。サララはすごく可愛いからな。今まで見た中でも一番可愛い」


 ジャレッドは真顔で言った。サララは『ありがとう』と言うべきか『余計な事を言うな』と言うべきか迷い、言葉が出ずほんのり顔を赤くして俯いた。

 何を勘違いしたか、アキュードは温かい目で二人を見つめ納得していた。


「ひとまずは我々で大使殿に骸骨を受け入れるよう説得を試みる事としよう。貴重な知見感謝する。何かあれば遠慮なく声をかけてくれ」


 アキュードは礼儀正しくでっぷり太った腹を揺らし一礼して立ち去った。

 翌朝の食事は、キオ国内であったので全権大使も死神憑きも他の面々と同じ献立だった。

 コイッカスは乞食にとっては上等に過ぎる、しかし王国貴族にとっては下等に過ぎる朝食にもちろん満足せず、テーブルを蹴り倒しジャレッドとサララを含めた一団の全員を殺気立たせた。コイッカスは戦争を避けたいキオ側が自分に下手に出るしか無い事を把握し、それを最悪の形で傲慢無礼に利用していた。


「あいつ人イラつかせるの上手すぎないか? もうあれは一種の才能だな。人をイラつかせて飯食えるなら一生困らないだろう。大したもんだ」

「全くだ」


 ジャレッドは顔面に吹っ飛んできて直撃した魚介麺を啜りながら言い、また相談に来ていたアキュードも額に青筋を立て剣の柄に添えた手を痙攣させながら同意した。サララは皮肉ではなく素で言っているだけだと察したが、話がややこしくなるだけなので突っ込まないでおいた。


「バクルクの事なのだが、大使殿に事情を説明しても殺せの一点張りなのだ。死神様の善き眷属なのだから殺すわけにもいかんし、次の夕暮れにまた骸骨が現れる事を考えれば追い払うわけにもいかん。バクルクの協力無くば次は追い返すのも難しいだろうからな。かと言って影を受け入れて頂くのも難しい。あのような悍ましい怪物が自分の影骨のはずがない、それを無防備で受け入れろとは殺す気なのかと仰るのだ」

「ふむ」

「どうすればいいだろうか。エルフィリアが本心で開戦を望んでいるとしても、形だけの和平で良いから成立させたいのだ。もしかすれば契約神様に仲介頂き、形だけの和平条約を本物にできるやも知れんしな。そのためにも大使殿には生きていてもらわねば困る。どうか、知恵を貸して頂きたい」


 アキュードが頭を下げ、ジャレッドは渋々答えた。


「影を倒すのではなく、弱らせるのがいい。手足の骨をへし折って小さくして無力化するんだ。身動きできない状態にすれば融合しやすい。それでもコイッカスが気色悪いから受け入れたくないとかほざくなら花とかリボンで可愛く飾ってやればいい」


 後半が雑になったが、内容は合理的である。アキュードは手厚く感謝を述べ、礼として最高の昼食を用意する事を約束し、忙しなく騎士を招集し作戦を立て始めた。

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