陸を離れて・2
―東グランマニエ港―
潮の香りが嗅覚に海の気配を伝える。
小さな港の奥に見える船を視界に捉えると、デューが感嘆の声をあげた。
「あれがジャンドゥーヤへの船か……立派だな」
「船酔いしないと良いのう、デュー」
ミレニアの言葉にむっとする少年の肩を、リュナンが軽く叩く。
振り向くと、生温かい目で「俺はわかっていますからね」と語って、
「少年は船旅初めてだし、でっかい船はやっぱりわくわくしますよねぇ。男のロマンですもんねぇ……船酔いなんかに男のロマンは止められませんよ、ね?」
「あーそうだな」
「って軽く流さないで寂しい!」
至極どうでも良さげに返すと定期船乗り場に足を進める。
少年はどこまでもクールなのであった。
「ジャンドゥーヤ行きのチケットを」
「はいよ、ちょうどもう少ししたら出るからね」
促されるまま船に乗り込むと、地から切り離されたような不思議な感覚をおぼえた。
足の下にはどっしりした地面はなく、船は海上に浮かんでいて足場は心なしか不安定だ。
出港するといよいよ、デューにとって未知の大陸に向かう。
リュナンの事は軽くあしらったが、内心では高揚感と不安が入り交じっていた。
(グランマニエでも記憶は戻らなかった。もし、このまま冒険を続けていても何も見つからなかったら……)
が、
「うおえぇぇぇぇぇ……」
湿っぽい思考は、情けなくもみっともない声に打ち砕かれ霧散した。
「だ、大丈夫か、リュナン?」
「だいっじょーぶです旦那、なんのぴろし、きっ……うっぷ!?」
どう見ても平気ではなさそうなリュナンに仲間たちは心配やら呆れの視線をおくる。
「船酔いなんかに男のロマンは止められないんじゃろー?」
「うごごごご……お、俺は負けませんよー……」
出港してしばらくこんな調子でふらふらしていた彼だったが、突然、その視界が大きく揺らいだ。
「はれ?」
どうにかもちこたえていたのがとうとう駄目なのかと諦めかけた刹那。
「ま、魔物が出たぞー!」
揺れを感じたのは自分だけではなかった。
凄まじい音と悲鳴が響き渡り、船体が傾く。
にゅるり、とタコを巨大化させたような魔物が長い足で船に絡みつき、顔を出した。
「あれは……前に追い払った魔物!」
「グランマニエに来る途中で遭遇したっていう?」
「はい! まさかまた襲ってくるなんて……一筋縄ではいかないようですね」
言いながらフィノは杖を構え、呪文を唱える。
他の仲間もそれぞれ武器を手にした。
「あらら、ちょっとあたしは相性が悪そうね」
「打撃は通りにくいだろうな。オレが出る」
イシェルナは不利と見るや下がり、ぐったりしているリュナンに付き添った。
「姐さんが俺を心配してきてくれるなんて……船酔いも悪くないですねぇ」
「あらん、それだけ喋れるなら戦闘にも参加出来そうね?」
「ああん容赦ない!」
などと後方でやっている間に、オグマとフィノは複合術を完成させていた。
「聖なる調べに加護を乗せ、」
「戦士達に力を!」
「「響け、天使の歌!」」
リィン、と清らかな音色がデュー達の耳に届くと、力がみなぎり、満ちていくのを感じた。
「これならっ」
「わしらもゆくぞ、デュー!」
高く飛び上がったデューにミレニアが炎の魔力を纏わせる。
落下の勢いをつけて振りおろし、炎の剣で切りつけると怯んだ魔物は何本もの足をじたばたと暴れさせた。
「まずい、このままじゃ船が……!」
さらに大きな揺れが船を襲う。
「魔物を止めなくては!」
オグマがすかさず術でとどめを刺すが、時すでに遅く、不吉な音と共に船が沈んでいく。
どうやら戦っている間に魔物が船底に穴を開けてしまったらしい。
幸い先程の攻撃が致命傷になったのか、魔物はゆっくりとその巨躯を沈め再び動き出す事はなかったが……
「こんな海の上で逃げ場なし、絶体絶命じゃのう……」
「悠長に言ってる場合か!」
「うむ、ここはいちかばちかじゃ!」
ミレニアは目を閉じ、意識を集中させた。
「清流の依りべ、その身に宿せ水聖霊!」
豊富な水のマナが、シュクルの小さな体に集まりだし、その姿を変えていく。
蒼い獣はミレニアを振り返り、そして互いに頷きあった。




