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8:夜空の下で語り合おう


 赤毛の少女は、担いでいた金髪の少女を屋根の上に下ろした。素焼きの瓦は夜風に冷やされて、立っているだけで、どこか頭が冴えていくようだった。


「あの……、ありがとうございます、怪盗ソキウスさん。本当に来てくださるなんて……」

「そうね。お礼の一つくらいあっても良いかな、とは思うけど。その、怪盗ソキウスさん、っていうの、やめてくれる? それ、あたしがつけたあだ名じゃないし」

「でも、怪盗ソキウスさん、って、良いと思いますよ」

「やだやだ。別にあたしは、あんたたちの『仲間』じゃないってーの。いうなら、私自身の味方、ってところかな」

「なら、なおのことソキウスさんで良いじゃないですか」

「だめっ」

「案外けちなんですね、怪盗ソキウスさん」

「あー、その名前で呼ばれただけで、言葉にならない寒気が襲って来る」

「大げさな」

「大げさじゃないって」


 赤毛の少女は、目の前の令嬢を見た。育ちの良さが、遠くを見たり、瓦に腰を下ろしたり、服の裾を整えたり、至る所に滲んでいる。

 それに、溜息がでるほど、可愛らしい。どうも、彼女を見ていると、自分の心の思ってもみないところが、こしょこしょとくすぐられるようだ。

 あれだけ強く言い切ったのに、目の前の少女、ルナリアはまだもの言いたげな目をしている。この目だ。この目が、育ちの良さを後ろ側から突き破っている、冒険心の表れだ。この冒険心さえあれば、遠く東の異国の地だって、隣町みたいに暮らしやすいに決まっている。


 赤毛の少女は、んんっ、と咳払いをした。

「私の名前は、ユーリ。ユーリ・ジュディティウム。呼ばれるなら、そっちの方が良い」

「あら、そう。ユーリ、私のことはルナリアって呼んで」

「…………、もっと短い方が良い」

「ルナリアで良いじゃない」

「さっきまで、私のことソキウスって呼んでたんだし、あたしにもあだ名くらい付ける権利、あるでしょ」

「何かおかしい気もするけど……。例えばどんなあだ名があるのかしら」

「そうだね…………」


 ユーリはしばらく考え込んだ。雲の覆い始めた夜空を仰ぎ、ゆっくりと頷く。


「ルーとかは、どう?」

 ルナリアは目を見開き、ユーリを見つめた。その瞳を真正面から受け止めるのが恥ずかしくて、ユーリは暗い空へと目を移した。

 雲が出て、星と月が隠れている。さっきまでより少し強い風が、屋根の上を吹き抜けた。


 ルナリアは目を瞑る。小さく頷いた。

「久しぶりだな、あだ名って」

「ご令嬢だと、あだ名で呼ばれることなんてないんでしょ?」

「うん。みんなルナリア様ルナリア様って」

 そして、彼女は、雫を一滴落とすように、言った。

「飽きちゃった」


 二人の間に、静けさが訪れる。いや、本当に、塵の舞う音さえ聞こえなかった訳ではない。二人の座る屋根の下が俄かに賑やかになったからこそ、屋根の上の冷たい静けさが、より研ぎ澄まされたように思えたのだ。


 ルナリアは、歌うようにつぶやいた。

「でも、彼には申し訳ないことをしてしまったかもしれません」

「今更?」

 ユーリは訝って聞き返した。それでも、ルナリアはまだ、夜空へ歌うように、答えた。

「私の自由と引き換えに、全く関係ない彼を苦しめる、というのは、やっぱり胸のモヤモヤが残ります」

「良いじゃない。ルーは自由になったんだ」

「いきなりそのあだ名使うんですね」

「当たり前じゃない。さ、続けて」

「えっと……、うまく言えないんですけど、彼の事を思い出すたびに、こんな気持ちになるなら、少なくとも、完全な自由とは、言えないのでは、ありませんか」

「どういうこと?」

「だって、私は、ふと彼を思い出してしまった瞬間に、こういう気持ちになることを、強いられてしまっているのです。全然、自由ではないでしょう?」

「ああ、そういうことね」

 ユーリは、仕方なく、とでも言いたげに、ゆるゆると頭を振った。

「あたしなんかを呼び出したりするくせに、ルーも案外、悪者にはなれないんだね」

 えへへ、そうですね、と、ルナリアは力なく笑った。


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