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9:終焉への論理

「お前が怪盗ソキウスだ」


 クラウスの声が確かな重みを持って、アキラを押しつぶす。アキラの喉は声を出そうとするが、ひゅうひゅうと息が通るだけだった。


「おい! どうした!」

 ダニエルを先頭に、男たちが廊下を駆けて来て、ルナリアの寝室へとなだれ込んだ。少し遅れて、召使を連れたニコラスが、寝巻き姿で入ってくる。

「いいかみんな」

 クラウスの声は冷たかった。自分がこうやってあらぬ疑いを掛けられていなかったなら、冷静で頼り甲斐のある声だっただろう。

 でも、今はアキラを阻む、大きな冷たい壁だった。


「俺たちの中に、裏切り者がいた」

「アキラが、そうだったのか…………」

 レオのぼそりとしたつぶやきに、クラウスは芝居がかって見えるほど、自信たっぷりに頷いてみせた。

「ああ。ボリスとカールが倒された。その後、ルナリア様がいなくなった。この二つの状況から、怪盗ソキウスはこいつしかありえない」

「それだけからか?」

 それから、声の主、ホルガーは、窓際に倒れたままの二人の脈を取り、「よし、大丈夫。怪我もないし、気絶してるだけだ」と言った。

「ああ、そうだ」

 クラウスは大きくうなずき、それから、勿体をつけて講釈を始めた。


「では、アキラが怪盗ソキウスでないとし、かつ、怪盗ソキウスが、この部屋の扉から侵入したとしよう。

 我々は扉の外を護っていた。廊下は全て見渡せた。ちょうど、二人が倒されたとお前が知らせてくる少し前に、廊下に置いてあった燭台が倒れるのが見えた。あったのは蝋燭の灯だけだ。暗かったのでよく分からなかったが、事前に細い綱でも通してあって、それをどこかから引っ張ったのだろう。石などが投げ込まれるような音はしなかった。

 燭台の火が廊下に燃え移ったらことだ。我々はまず火を消そうとそこへ近寄った。我々の声につられて、扉の内側の二人、レオとホルガーも飛び出てきた。この時点で、扉はガラ空きだった。燭台が倒れたのは偶然ではないだろう。そんな仕掛けを弄したなら、なぜさらに二人も倒して、あの部屋から出る必要があったんだ? もっと言えば、二人とも倒せるほどの実力があったなら、なぜ、初めから窓を襲撃していなかったんだ?」


 アキラは抑えられたまま、窓へ視線をやった。窓をみると、ご丁寧に金属製の、棒を穴に差し込む形の鍵は外してあった。外から襲撃したとしたら、窓にはめてあるガラスは割れていてしかるべきだろう。

 クラウスの言葉は止まらない。


「ソキウスにとって、二人との戦闘は予期しないことだったのかもしれない。それならまして、四人もの魔術師が待ち構えていた扉側で、我々の注意を逸らすような小細工を弄したんだ? これではまるで、もともとこちら側から侵入することを計画していたようじゃないか。

 しかし、元からルナリア様の寝室の中にいたとしたらどうだろう。外にいる我々の注意を逸らすことで、中で二人と戦っていることを気づかれにくくできるんじゃないか?」

「あ、そうか」

 ダニエルがそう呟くのが聞こえた。


「なら、この寝室にいた人間だけ、精査すればいいだけの話だ。

 まず、倒れている二人は除外する。もし二人が怪盗ソキウスだったとして、一瞬お前が外に出たんだ。視線がそれた瞬間に外に出た方が、よっぽど合理的だろう。そこの、いまだにお休み中の小さな召使さんにしたって、そうだ。

 そうなると、怪しいのはルナリア様とお前になる。ルナリア様がソキウスだったとしたら、そもそも我々が来る前に、いくらでも逃げ出せたはずだ。そもそも、自分のところに犯行予告を出すなんて、そんなことはありえない話だがな」

 クラウスの視線がアキラに突き刺さる。次はお前だ、と言わんばかりの鋭い眼光だった。

「だから、残ったのはお前、アキラ・インウェニアム、ただ一人だ。なぜ、二人が倒されたにもかかわらず部屋にのうのうと残っていたのだ? それは、顔も素性も割れているお前がソキウスだと知れたら、逃げおおす術がないからだ。さしずめ、外に協力者でも待たせているのだろう。

 どうだ?」

「違う! 俺は、ルナリアにもらった葡萄酒を飲んで、寝てしまっただけだ! だから、二人が倒された時も、気づくのに遅れたんだ!」

「ははは、この後に及んで、まだ言い逃れするつもりだぜ、こいつ」


 ダニエルの笑い声は、アキラの癇に障った。アキラは叫び返そうとしたが、今度はものすごい力で、クラウスの分厚い手がアキラの口を塞いだ。息もできない。涙が滲んできて、空気が足りなくて、目の前で星が回り始める。

 クラウスはそのままアキラを担ぎ上げると、ニコラスの方に向き直った。ニコラスは嵐のようなこの騒ぎに置いていかれ、ただ口を開けて、ぼうっとこのやりとりを見ていた。

「ニコラス様、この不届き者をどこへ繋ぎましょう」

「ま、窓のない部屋がある。そこっ、そこに、閉じ込めておこう……」

 力ない声が、最悪の宣言をした。

「だまれじじい! 俺が、俺が! 怪盗ソキウスにみえんのかよ! おい!」

 アキラは頭を振ってクラウスの手をどかし、叫んだ。もう一度クラウスの手のひらが近づいてくる。今度は噛み付いた。


「痛てっ!」

「おい、てめえクラウス! 適当なこと言ってんじゃねえぞ! それっぽいこと言って、何にもしてねえ俺を犯人にでっち上げてよお!」

「うるさいぞ」

 がぶり。

「痛てっ!」

「ほんとはてめえが犯人なんじゃねえのか?! あ? 真っ先に誰かをクロだって言って、自分が怪しまれないようにしたんじゃねえのか! ああっ?」

「うるさい」


 想像以上の力で今度は体が締め付けられた。クラウスの腕が、がっちりとアキラの体を捕らえている。

 アキラはもう一度、腕を動かしてみようとした。だめだ。クラウスに関節を極められている。足は動いたところで、身をよじる足しにもならない。そもそも、身をよじるだけの隙間がない。

 つまり、アキラはいまクラウスの思うがままなのだ。

 最悪だ、と思った。

 俺は、怪盗ソキウスなんかじゃない。


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