第七話 来客
※誤字・脱字・書き間違いなど多々あるかもしれませんが、ご了承ください
ご指摘などをいただければ、訂正いたします。
特殊懲役七日目
二日目のバイルの雑務を終え、その後数日間は作業の覚え込むために同じ仕事をさせられた。
来る日も来る日も、皿を洗い、部屋の掃除をし、空いた時間は囚人としての仕事をやらされる。
そんな毎日を繰り返していた。
最初は通常の務め + 特殊懲役の務め で体力的にも精神的にも疲れ、嫌気が差していたが、こちらの仕事にも少しなれてきた今では、特に何も感じなくなっていた。
淡々と、仕事をこなしていればいい・・・そう考えると、それほどつらいものではなかった。
だが、俺には一つだけ、今でも苦痛に感じている事がある
それは―――――――
『――――まだ終わらんのかッ!!!さっさと終わらせろッ!!!』
俺の隣で声を張り上げたサカは、近くにあったタオルで手を拭いていた。
この数日間 “サカが監視をしている” ことだ。
サカは、俺が部屋にいるとき以外は、必ず俺の監視で近くにいるのだ。
最初は、ただ遠目から見ているだけで何も口出ししてこなかったが、今となってはこの通り。
『――――ハッちゃん、やる気はあるのか?。この皿はまだかすんでいるぞ。やり直せ』
「へぇ~へぇ、分かりましたよ~」
間延びした返事を返しつつ、サカから皿を受け取り、かすんでいるとか言うのでもう一度ごしごしとこすり始めた。
ほんっっとうにうるせぇ
何でサカが俺の監視やってんだよ
しかも、頭ごなしに怒鳴るしよぉ
俺だってな、最初に比べればかなり上達しているんだぞ?。
・・・まだまだサカには敵わねぇけど。
俺は横目でチラッとサカの様子をうかがった。
隣では、サカが既に違うものを洗い始めていた・・・
いや、もう、ブレてんだよ・・・手が
無駄にすげぇ、なんかもう、マネできるレベルじゃねぇんだよな・・・
俺は、ふぅとため息をはきながら、少しでもサカに対抗するよう、とにかく手を動かし続けた。
最初に比べれば、速度や精度は目に見える程度で上達してる。
おそらく、平均で2~3秒ほどは短縮できているのではないだろうか?
それでも、結局サカの足下にも及ばなかった
(なんか、“悔しい”とか通り越して“虚しい”な・・・)
『――――何をボサッとしている!!!!我は急げと言っているのだッ!!!』
「はいはい、そうワンワン吠えるなって」
『――――誰が犬だッ!!!』
サカは吠えながら、低いうなり声を上げ俺を睨み付けてきた
だが、俺はそんなのに構っている暇は無い、とにかく無視して皿を洗い続けた。
この数日間でだいぶサカの特徴や癖が分かってきた。
一、サカは不機嫌だったり気にくわないと低いうなり声が混ざる
二、“犬”に関係することを言うと異常なくらい怒る
三、文句を言いつつ最後には手伝ってくれる
四、たまに本人(以後“サイガス”という)がすごい出てくる。
※主に、俺が着替えようとしたら出てくる。
五、“サイガス”と“サカ”の記憶は、交代時に多少の誤差が生じる
例えば、“サイガス”が俺に話した内容について“サカ”は数秒の沈黙がなければ知ることが出来ない
こんなところだろうか?
ドレスやバイルについては、まだほとんどよく分からない。
近いうちに二人の特徴も調べてみようと思う。
役に立つかは分からないが、知っていて損はないだろう。
それに、こいつらはいじると面白いやつらだ。
他の二人もこいつみたいにいじることが出来れば、ここでの生活がもっと面白くなる。
『――――は・や・く・し・ろッ!!!!』
「はいはい」
『――――「はい」は一回だッ!!!』
サカは、机をダンッと叩いて俺を威嚇すると、そのまま低いうなり声を上げ始めた。
・・・威嚇してきやがったこいつ
ムカツクなぁ
俺は何も言わずにサカを睨み付けた。
すると、サカは再びダンッと机を叩いた。
『――――返事はどうしたッ!!!』
「は~い、すみませでしたぁサイガス様ぁ」(きゃぴっ♪)
俺は、わざと声をウザッたく変えてそういうと、首を少しだけ傾げてニッコリ微笑んだ。
精一杯の皮肉と冷やかしを込めて。
昔、俺の知人でこういう仕草をする奴がいたのだが、そいつが相手を挑発するときにいつもしていたのがこの一連の動作だ。
俺はこういう悪ふざけをすると、大体サカは面白い反応を返してくれる。
果たして、これにサカはどういう反応を示すのか・・・
少しわくわくしながらサカの様子をうかがったのだが、サカは特に反応するわけでも注意するわけでもなく、まさかの真顔&無言で俺を見ると、そのまま俺に背を向け、部屋を出て行ってしまった。
部屋に一人残されてしまった俺は、悪ふざけを無視されたことに、少しだけ凹みつつ、残った皿をせっせと洗い続けたのだった。
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同日 懲役業務終了後
清掃作業
『――――はいは~い、今日の掃除はこれでおしま~い。お疲れ様ハッちゃん』
「あ~、疲れた」
長めのため息を吐きながら、俺は持っていたモップを支えにして、ダランと両手を投げ出した。
今朝の皿洗いに加えて、普通の業務の後に部屋掃除
・・・辛い、体力的に
今日はいったい何部屋やったんだ?
少なくても、40近くはやった気はするんだが・・・
すると、フヨフヨと俺の頭上に移動してきたドレスがケタケタ笑いながら俺を指さしてきた。
『――――ハッちゃん、何そのだらけ具合w 顔がすごい事になってるよw』
「よっしゃそこ動くな、今すぐ叩き落としてやんよこの腐れチキンッ!!!!!!」
俺は、もたれ掛かっていたモップの頭を足で蹴り上げ、その勢いのまま頭上のドレスに向かって思いっきりモップを振るった。
だが、ドレスはそれを軽く受け流し、ふよふよと飛びながら俺の目の前に下りてきた。
『――――あらら、当たらなかったねぇ?。残念賞残念賞www』
「っざけんな!!!!」
怒声とともに俺はモップを蹴り上げ、その勢いを殺さないよう、再びドレスへ向かって振るった。
するとドレスは、また軽く身体をずらしてそれを避けると、両手を顔の横へ持ってきて、指をピロピロとさせながらべーっと舌を垂らして俺を煽ってきた。
あ"あ"~くそッ!!!!
むかつくッ!!!
おとなしく当たれよ、なッ!!
俺はドレスを睨み付けながら、今度は身体を大きく捻って遠心力も加えた。
そして、しっかりと目標を目でとらえたまま、渾身の力を込めてモップを大きく一振りした。
だが、ドレスはそれもヒョイッと音が聞こえそうなくらい軽く避けてしまった。
あ~、クソ!!!
結局当たらなr―――――――――
そう思った瞬間、振り切ったモップが“ゴスッ”と鈍い音を立てていた。
手にも、モップが何かに当たったのがしっかりと伝わってきた
こ、これはもしかして・・・モップが何かに当たった?。
嫌な予感がしつつ、俺はゆっくりとモップの先端の方へ視線を向けた。
『――――あっ』「あっ」
視線の先には、ピクピクとオオカミの耳を痙攣させているサカがいた。
サカはいつも通り、綺麗な姿勢でたたずんでいた。
モップの先端がサカの顔面にめり込んでるがなっ!!!
すると、サカはゆっくりと顔に刺さっているモップを掴むと、スポンッと顔からモップを引き抜いた。
『――――・・・貴様ら、覚悟は出来てるんだろうなぁ?』
サカは、青筋を顔に浮かべて、いつも以上に低い声でそう言うと、持っていたモップをそのままバキバキと派手な音を立てて握りつぶしてしまった。
俺たちを見るサカは、目がかなり血走っており、歯をむき出してうなっている姿からは、殺気すら感じ取れる。
こ、これは・・・
「わ、悪かった~~~!!!!」
『――――あははは、逃げろ~~!!!!』
『――――許さんぞ貴様らぁぁぁぁぁああああああ!!!!!!!!1』
サカの怒号を背に受けながら、俺とドレスは棟内を逃げ回ったのだった。
普段の懲役業務で疲れていたはずの俺の身体は、そのときだけは不思議と軽かった
・・・
・・・・・・ような気がする
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同日 バイル・マリカス執務室
『さて、お前達が暴れているのをたまたま私が早期発見し捕らえたのだが・・・お前達、何か言い残すことはあるか?』
『――――『――――「ごめんなさい」』』
声をそろえて謝罪した俺たちは、一斉に頭を下げた。
もちろん、全員正座で
すると、バイルはかなり深めのため息を吐いた。
『しっかりしてくれ・・・これからあの人が来るというのに』
「・・・あの人?」
俺は顔を上げてバイルをまっすぐ見ると、バイルはそのまま続けた。
『実はな、今日ある方がここを訪れる事になっている・・・まあ、“訪れる”と言うより“帰ってくる”と表現する方が正しいがな?』
バイルがそう言い終えると、隣で頭を下げていた二人がバッと立ち上がった。
その様子を見て、バイルはポリポリと頬を掻きながら二人を見た。
『仕方ないだろう、急に決まってしまったんだ・・・そういうわけだ二人とも。すまないが、今から準備に取りかかってくれるか?。あの人が来るのは、そうだな・・・約5時間後だろうな』
『――――分かったっ!!!』『――――了解っ!!!』
二人はおのおの返事を返すと、すごい勢いで部屋を出て行った。
事態について行けていない俺は、ポカンとバイルの方を見ていたのだが、俺の様子に気がついたバイルが咳払いをして、俺の前にしゃがみ込んだ。
『ハッちゃん、当然キミにも働いてもらう・・・ついてこい』
そういってバイルは、俺の腕を掴むと、そのまま俺を引きずって部屋を出て行こうとした。
「いやいやちょっと待て!!!一体何がどうしたって?!説明しやがれッ!!!」
足で必死にブレーキを掛けながらそう叫んだが、バイル無言で歩く速度を上げていった。
俺の抵抗はむしろ、バイルの引っ張る力を強くさせただけだった。
そうか、こいつの特徴を一つ見つけたぞ。
こいつ、人の話を聞かねぇクソ野郎だッッ!!!!!!
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同日 囚人棟 衣装部屋
「・・・で、これがお前の言ってた制服か?」
俺は片方の眉毛をつり上げながら目の前のバイルに確認すると、バイルはコクンと頷いた。
俺は今、来る途中にバイルに説明を受けて、これからやる仕事についてざっくり教えられた。
俺はどうやら “ウェイター” とか言う仕事をするそうだ
なんでも、制服に着替えてこれから来る客人をもてなせばいいらしい
っと言っても、仕事のほとんどは物を運んだり笑顔で相づちを打っていればいいらしい。
そして今、その制服とやらに着替えてみたのだが・・・
身につけてみた制服は、黒と白の布で作られており、黒い布のワンピースに白い布でフリフリを所々に縫い付けてある感じだろうか?。
その上から、これまたフリフリがふんだんにあしらってある白いエプロンを、フリフリの白い帯で腰あたりで結びつけてある。
正直、動きづらいな、フリフリも邪魔だな
下がスースーして寒い
・・・まあ、スカートが膝上くらいまでだから、動きやすいっちゃ動きやすいのか?
とにかく、俺はこの服が気に入らない。
『なかなか似合ってるじゃないか。・・・では、ドルマクのいる大会議室へ向かう。ついてこい』
「・・・分かった」
俺はそう返事をして、バイルの後に続いて衣装部屋の外へ出た。
そして、そのとき俺は初めて気がついたことがある。
それは・・・
(うっわ、寒ッ!!!)
廊下に出た瞬間、どこからか吹き付けてくる風が、丸出しになった俺の足を撫でた。
風は、俺の想像以上に寒かった。
今まではそこまで気にならなかったが、素足だとかなりこたえる。
(早く着かねぇかな・・・ううっ、寒ぃ~)
少し前屈みになって太ももの辺りを手でこすりながら、早足でバイルの後を追った。
数分後、バイルは他の部屋より少しだけ大きな扉の前で立ち止まっていた。
バイルは、一度こちらを振り返ってから扉をゆっくり開いて中に入っていった。
俺も後に続いて部屋に入った。
『――――この飾りどこに置こうかな?、この花はこっちで、あっ!!ここいいっ!!!次はこのクロスを~、あそことここに・・・えーっと、えーっと・・・そうだ明かり無いとまずいか!!』
部屋の中で、ドレスがブツブツと独り言を喋りながら、せわしなく飛び回っていた。
ドレスは、部屋の壁・天井・備品・照明などあちこちを豪華に飾り付けていた。
どれもこれも、風格とういか重圧言うか・・・とにかくすごそうな雰囲気を醸し出していた。
すると、バイルが両手を口元にかざして声を張り上げた。
『ドルマク!!!まだ掛かりそうか?』
『――――そうだね!!でも、あと少しで終わる!!!!!』
ドレスが声を張り上げてそう答えると、バイルは一通り部屋を見渡し、再び両手を口元にかざして声を張り上げた。
『とりあえず、私はサイガスの様子を見てくる!!!、ここにハッちゃんを置いていくぞ』
『――――はいはい了解したよ!!!ハッちゃん、早速だけどそこにある布持ってきて!!!』
「お、おう。これか?」
『――――そう!!、それ持ってきたら今度はテーブルに花瓶とロウソク!!!・・・そうだ椅子!!!!、部屋の端の方に固めてあるから、綺麗に並べといて!!!』
布を手に取ってから、ドレスに渡すまでに大量の指示を飛ばされ、俺はバタバタしながらその指示をなんとかこなしていった。
俺に出される仕事は、どれも指示された物を部屋に運び込んだり、運んできたものを至る所においたり設置するものばかりで、特別難しいことは頼まれなかった。
それでも、大量の指示を迅速にしなければならず、ドレスにもそれを要求された。
ちなみに、ドレスはドレスで俺の頭上をせわしなく飛び回り、様々な作業を進めていた。
『――――ハッちゃん!!!、これさっき指示したのと違う!!!こっちと取り替えてっ!!!!』
「わ、分かった!!これ終わったらすぐやる!!!!」
『――――分かった!!!。あともう少しで終わるから・・・ファイトっ!!!』
「おうっ!!!!」
でかい声で返事をしたが、正直もう限界に近い・・・
しかも、二人がかりで作業しているにもかかわらず、終わる気が全くしなかった。
ドレスも、少しつらそうで飛ぶ速さが落ちている様な気がする・・・
あいつも粘ってんだ・・・俺がここでへばってられっか!!!!!
最後の最後までやってやるぜっ!!!!
俺は額の汗を拭い、両ほほを軽く叩いて自分に気合いを入れ直すと、今まで以上にテキパキと行動をした。
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『終わったか?』
戻ってきたバイルが、部屋を見て最初に言った言葉がこれだった。
準備でへとへとになっていた俺は、近くにあった椅子にダランと身体を預けていた
ドレスも少し疲れたのか、隣で大きく身体を伸ばしながらフヨフヨと中空を漂っていた。
バイルは、部屋に入ってくるとまるで品定めするように机や備品を見て回り、一つ見終えるたびに頷いていた。
そして、最後に机の上を見て頷くとバイルはこちらを向いた。
突然こっちを見てきたので、俺は思わずビクリと身体を震わせたが、バイルの表情は優しい物だった
『上出来だ、よくやった』
「あ~?・・・ありがとさん」
適当に手を振ってそう言うと、漂っていたドレスが、フラフラとバイルの近くまで移動して、何かをボソボソと耳打ちした。
すると、バイルは少し険しい表情で首を横に振った。
『だめだ、もう到着する・・・お前もハッちゃんの手伝いをしてやれ』
バイルがそう言ってドレスの頭を軽く小突くと、ドレスはゆっくり回転しながら俺の隣まで来ると、ストンッと地面に降り立った。
『さあ、ドルマクにハッちゃん。そろそろお見えになる・・・ひとまず、その場で待機していろ・・・ハッちゃんはその椅子を今すぐ片付けておけ、いいな』
「へ~へ~、わかりましたよ~」
『・・・ドルマク、頼んだぞ?』
バイルがそういうと、ドレスは「ハーイ」とから返事を返した。
バイルは少し心配そうな顔をしたが、そのまま俺たちに背を向け、部屋を出て行った。
俺は、扉閉まるのと同時に大きなあくびをした。
(客人ってどんなやつなんだ
・・・こんだけ急いで準備してるし、貴族とかなのか?
それとも・・・上司とかなのか?)
俺は、これからここを訪れる人物を色々想像しながら、もう一度あくびをした。
すると、隣に立っていたドレスが急にピッと姿勢を正した。
『――――ハッちゃん、今すぐ椅子片づけて・・・気合い入れ直した方がいいよ?』
「・・・なんでだ?」
『――――今に分かるよ』
ドレスは話をそこで打ち切り、視線を正面に向けて動かなくなってしまった。
俺は文句を言おうと、椅子を元の位置に戻しながらドレスの方を向いた。
まさにそのとき
『――――ドルマク!!ハッちゃん!!!、来たぞッ!!今すぐ準備しろッ!!!』
乱暴に扉を開けて中に入ってきたサカが、肩で息をしながらそう叫んだ。
俺は、突然の事でサカを見たまま固まっていたが、ドレスはそれを聞いて素早く動き始めた。
ドレスは、今まで見たこと無いような速さで机の端に移動すると、サカもドレスの隣へ掛けていき、同じように並んだ。
そして、二人はキリッとした表情を作り、姿勢をまっすぐにした。
俺はその様子を黙って見ていたのだが、サカが首だけをこちらに向けてすごい形相でにらんできた。
『――――ハッちゃん!!、今すぐドルマクの隣に並べッ!!!!急げッ!!!!』
切羽詰まった様子でそう怒鳴ったサカに、俺は少しビクビクしながらも、言われたとおりドレスの隣へ移動し、同じように姿勢を正した
すると今度は、ドレスが俺の方を見た。
『――――違う違う!!!!ハッちゃんは両手をへその辺りで組むんだよ、こんな感じで』
そう言って、ドレスは素早く両手をへそ辺りで組むんで見せた。
俺は、なんだそれ?・・・と思いつつも二人の余裕のない顔を見て、渋々俺はドレスをマネて手を組むんだ。
そうして二人は、やっと俺から視線を元に戻した。
俺は、ふぅと小さくため息を吐き出し、首だけを扉の方へ向けた。
こいつらがこれほど慌てる程の人物・・・一体どんな奴なのだろうか
これは、しっかり顔を見ておかないとな
俺は期待と少しの好奇心を持ちながら、ピッタリ閉じられた扉が開かれるのを待った。
すると、しばらくして コンコンッ と小さく扉を叩く音が聞こえてきた。
その音が聞こえた瞬間、サカとドレスがほぼ同時にさらに背中を伸ばした。
俺もつられて姿勢を正したが、顔だけはしっかり扉の方を向いている。
すると、重苦しい音を立てて部屋の扉が開かれ、バイルが姿を現した。
『どうぞ・・・こちらへ』
そう言って、バイルは身体を半歩ほどずらし、客人を中に招いた。
部屋に入ってきたのは、案外普通のやつだった。
そいつは、バイルと同じくらいの背で、全身を深緑色のマントですっぽりと覆っていて、ここからでは顔はおろか男か女かも分からなかった。
俺は、少し拍子抜けしてしまい、口をへの字にした。
すると、バイルが俺を一瞥してから仰々しく頭を下げた。
『あちらにいる者が、先ほど私が説明した“囚人番号8番”です・・・囚人番号8番、この方に挨拶だ』
(げっ、俺に話し振るのかよ・・・)
俺は、思わず顔をしかめそうになったが、努めて冷静に見えるよう繕って、俺はペコリッと頭を下げた。隣で俺の様子を見ていたサカとドレスは、ホッとしたような表情をした。すると、客人は少し間を置いてからバイルの方を向いた。
「なるほど・・・どうやら仕事は無事にこなせている様だな、バイル」
『はい、皆が尽くしてくれるので・・・』
バイルの返事を聞くと、客人は深く被っていたフードの縁をつまむと、小刻みに肩をふるわせた。
おそらく、笑っているのだろう。
すると、客人はカツカツと足音を立てながら一番近くにある椅子へ腰を下ろした。
しかし、客人はすぐに椅子から立ち上がり、自分が腰を下ろした椅子をジーッと見始めた。
俺は「何してるんだ」と小声でバイルに話しかけたが、返事がいっこうに返ってこずチラリと目だけを隣へ向けた。
すると、玉のような汗を掻いたバイルが真っ青になっていた。
俺は思わず、体ごとバイルの方へ向けて目を見開いた。
その瞬間、客人がガタッと少し大きな音を立てた。
「・・・ふ~む、フードが邪魔だな」
客人はそう言うと、マントの隙間から両手を出すと、そのまま被っていたフードをとった。
フードが外れ、客人の顔があらわになった
出てきたのは、真緑のサラサラした髪を肩くらいまで伸ばした若い男だった。
男は、フーッと息を吐き出すと、あごに手を当てて再び椅子を品定めするように見つめた。
しばらくすると、今度は机に目を向けた。
「バイル・・・手入れが不十分のようだな?。それに、装飾や調度品も不釣り合いだ・・・私の見立てでは、この部屋は数時間で急ごしらえしたものだろう?。そうだな・・・準備したのはドルマクと囚人番号8番の二人・・・ではないか?」
男の言葉に、俺は目をまくるした。
男の推理は見事に当たっている。
少し椅子や装飾を見ただけで、すべて
何者なんだ、こいつ
すると、バイルが申し訳なさそうに頭を下げた。
『・・・申し訳ありません、なにぶん人手が足りておらず、このようなこr――――』
「言い訳はいい・・・“どんな状況でも最善を尽くせ”っと、私は常日頃から言っていただろう?お前は最善を尽くせたのか?」
『・・・』
男は不機嫌そうなその言葉に、バイルは黙り込んでしまった
すると、男はため息をついて今度は俺たちの方へ近づいてきた。
その瞬間、二人の間の空気が急にピリッとした。
男は俺たちの前に到着すると、品定めするように俺たちの顔を順番に凝視し始めた。
そして、ドレスの顔を凝視したまま男はバイルの方を向いた。
「なるほど、今のサイガスとドルマクは“宿主”が完全に休んでいるのか・・・バイルは起きているようだが、まあ、宿っている物が違うせいでもある・・・まあ、問題無いだろう・・・さて、問題はお前だが・・・」
そう言って男は、俺の顔を見るなり少しげんなりした表情をした。
・・・おい、何だその顔
面倒くせぇみたいな顔すんな
俺は、のどの辺りまで出かかったその言葉を必死に飲み込み、ただニッコリ微笑んだ。
こういうときは、何もせず笑っていれば何とかなるもんだ。
すると、男は二人と同じように俺の顔を凝視しはじめた。
俺は、努めて笑顔でただ黙っていたが、不意に男がピクリと眉を動かした。
そして、何かいぶかしむような顔で俺を見ると、先ほど椅子を見ていた時のように俺を見始めた。
(なんだよ、なんか気付いたのか?さっきから顔近ぇよ・・・俺なんか見てなんになんだよ)
そう思いつつ、笑みを崩さないようにじっとしていると、不意に男が俺の肩に手を乗せてきた。
突然のことに、俺は思わずキョトンとした顔をしてしまった。
「・・・お前も大変だったな。強く生きろよ」
「は、はい?」
言ってる意味が分からず、俺は首をかしげてしまった。
すると、男はなぜかニヤリと笑みを浮かべ、そのまま俺たちの前を離れていき、最初に座った椅子の手前まで来ると、ゆっくり腰を下ろした。
それを見て、バイルは少し早足で男の正面にある椅子に腰を下ろした。
「お前たちも突っ立っていないで座れ、バイルの隣でいい・・・それでいいな?」
『問題ありません』
バイルは座ったまま振り返り、俺たちをジッと見てきた。
・・・ああ、とにかく座ってくれって感じだな、これ
俺たちは、順番に椅子に腰を下ろしていき、全員が席に着いたタイミングで、男がニッコリと微笑んだ。
どうやらご満悦のようだ。
・・・さて、こいつがどういう奴なのか、しっかり見極めておかないとな
「さて、そこの女のためにも一度名乗っておこう。私の名は“デュセイブ・エルイカス”・・・まあ、バイルの旧友とでも言っておこう」
デュセイブ・エイルと名乗った男は、バイルの方に視線を向けながらそういうと、バイルは黙って首を縦に振った。
すると、サカとドレスが不満そうにバイルを横目で睨み付けていた。
・・・どうやらこの男、サカ達にとってあまり好ましくない人間のようだ。
サカやドレス、それにバイルも、どことなく窮屈そうだ。
「おい、女囚人・・・私は名を名乗った。今度はお前が名乗るのが礼儀だ・・・理解できるな?」
男はそういうと、両手を組んでその上に顔を乗せると肩眉をつり上げて薄く笑った。
(・・・なんか腹立つなこいつ)
少しだけ笑顔が崩れそうになったが、何とか持ち直してから軽くお辞儀をして名前を名乗った。
「お・・・私は、“囚人番号8番”と申します」
いつもの調子で喋りそうになり、俺は慌てて言い直した。
すると、エルイカスは手をひらひらと振って渋い顔をした。
「違う違う。なにも私は “囚人番号” を聞いているんじゃない。お前の“名前”を聞いたんだ・・・理解は出来るな?」
「・・・はっ?」
俺は、思わず地で声を上げてしまった。
その瞬間、バイル達が一斉に俺の方を向いたのを感じた。
俺は、慌てて自分の口を押さえて、デュセイブ・エルイカスの方へ視線を向けた。
すると、エルイカスは少し面倒くさそうな顔をして、ため息をはいた。
「昔から言っているだろう?、“一々私のことを気にするな”と、話がなかなか進まないだろう・・・はぁ、もういい止めだ。さほど重要なことでもないしな、またの機会にしよう、私も忙しいのでなあまり時間が無い、本題に入らせてもらおう」
そういうと、エルイカス(面倒だから“エル”で)は自分の襟首をグイッと引っ張り、そこに手を突っ込んでごそごそと中をまさぐり始めた。
しばらくして、エルは腕をマントから引き抜くと、その手にはいくつかの紙切れが握られていた。
「期間は7日だ・・・処理しろ」
『畏まりました』
エルから、書類をもらう間にそう返事を返したバイルは、もらった書類をパラパラとめくり、そのままその紙切れをサカに渡した。
『確認しました・・・本当に7日後でよろしいのですね?』
「ああ、丁度そのときにまたここへ来る予定があるのでな・・・報告はその時でいい」
『・・・ここへ立ち寄っていただけるだけでも、私は大変嬉しく思います』
「・・・だろうな」
一拍おいて、エルはフンッと鼻を鳴らした。
バイルは小さく頭を下げ、それを鬱陶しそうにエルは手で払った。
そして、エルは頬杖をついきながらうっすら笑みを浮かべた。
「さて、私の用はもう済んだが・・・お前たちの望み通り、食事でも頂いて行こうか」
『・・・畏まりました、こちらです』
「ああ。さぁお前たち、覚悟しておけ」
意味ありげなエルの言葉に、バイルは二つ返事で答えて席を立ち、いつもより少し早足で扉に向かっていった。
それに続くように、エルも席を立ち、少しゆったりとした歩き方で扉の前へ向かった。
・・・と思ったら、エルは急に歩みを止めて何かを思い出したかのようなそぶりをしてこちらを振り返ってきた。
「おお、そうだった・・・ “囚人番号8番” 不器用な奴らだが、これからのこと・・・よろしく頼むぞ?」
「は、はい・・・わかり、ました?」
何を頼まれたのかよく分からないが、俺はとりあえず頷いておいた。
すると、エルはわざとらしく肩をすくめ、既に扉の前に到着して待機していたバイルと共に、この部屋の外へ出て行った。
二人が出て行った瞬間、隣から盛大なため息が二つ聞こえた。
もちろん、ため息の主は隣にいるオオカミとワシだ。
『――――とりあえず、一段落かな?』
『――――そうだな、まあ、これからが正念場だな』
『――――あっ、そっか・・・俺も手伝うんだっけ』
サカの言葉に、ドレスは首をコキコキとならしながら席を立った。
すると、サカもそれに続いて立ち上がると、肩をぶんぶん回しつつ歩き出した。
部屋の外へ行くのかと思いきや、二人は出口とは全く逆の方向にある扉へと向かっていた。
「お、おい!!どこ行くんだよ!!」
そう言って、俺は二人が向かっている方向とは真逆の扉を指さした。
『――――厨房へ行く、お前も忙しくなるからな・・・覚悟を決めろ』
『――――あはは、大丈夫!!俺も一緒に手伝うから・・・がんばろう』
二人はこちらを見ずにそう答えると、そのまま厨房へ姿を消してしまった。
俺は、どうしようかしばらく悩んでいると、出口の方の扉が開き、バイルが姿を現した。
どうやら、エルとかいうやつは近くにいないようだ。
「バイル、どr――――」
『サイガス、ドルマク!!!!!・・・前菜からメインディッシュまでを至急運び込めっ!!!』
『――――もう出来ている!!!!、そこのカートを使え!!!』
『――――了解ッ!!、部屋はっ!!!』
『隣だっ!!、私も運ぶっ!!!』
『――――追加できたぞ!!!、持って行けっ!!!!』
『――――『了解』』
突然慌ただしく行動をはじめた三人に、俺は目をまくるさせた。
三人の怒号が、縦横無尽に飛び交っており、そのたびにドレスかバイルがカートに大量の料理をのせて部屋を出て行き、空のカートを押して再びここへ帰ってきていた。
その速さは、まるで早送りのビデオを見ているような速さだった。
『――――おいハッちゃん!!!!!、なにをボサッとしているッ!!!!、早くこっちに来て手伝えッ!!!』
「えっ?、ああッ!!、すまんッ!!!!!」
サカの怒鳴り声で我に返った俺は、慌てて厨房の方へ掛けだした。
それからはもう、料理を運び込んでは皿を片付ける作業でてんてこ舞いだった。
というのも、エルの桁外れな食事のせいだ
エルは、料理を運び込んでから、違う料理を誰かが運び込む頃には皿が綺麗になっている状態なのだ。
俺、バイル、ドレスの三人で絶え間なく料理を運んでいるにも関わらず、エルは常に「おかわり」と連呼していた。
俺たちがこの作業から解放されたのは、作業が始まってから軽く2時間ほど経ってからだった。
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同日 厨房(食事終了後)
「あ~、もう無理だ、動けねぇ~」
厨房の一角にある机で、俺はそうぼやきながら机に突っ伏した。
その隣で、同じようにドレスが机に突っ伏し、その向かいでサカが両手を組んで目をつぶっていた。
俺たちは、激戦を耐え抜き、やっと落ち着くことができたのだ。
『三人とも、良くやった・・・デュセイブ・エルイカス殿は先ほどお帰りになった』
厨房に戻ってきたバイルが、真っ先に口にした言葉がそれだった。
俺たちは、おのおの手を上げたり返事を返した。
バイルは、近くにあった椅子に腰を下ろすと、はぁーと長いため息を吐いた。
『――――ようやく帰ったか・・・前回より随分食べたのでは無いか?、食料がつきるかと思ったぞ』
『――――大丈夫だよ、俺がいれば供給は止まらないって』
『――――お前が珍しく動き回っていたのでは、少々心配になっただけだ』
『おっ?、サイガスがドルマクの心配か・・・こっちの方が珍しいな』
『――――う、うるさいっ!!!』
サカが顔を真っ赤にさせながら吠えると、バイルとドレスは楽しそうに笑い、サカも結局大口を開けて笑い始めた。
そんな三人の様子を眺めていたが、俺は笑うことはおろか体を起こそうとも思えなかった。
疲れの方が勝っていてそれどころでは無かった
正直、体がだるい・・・
俺は再び顔を伏せると、そのまま意識が少しずつ薄れていった。
ぼんやりと、三人が何かを言っているのが聞こえていたが、とくに気にしなくてもいいと判断し、俺はそのまま意識を手放した。
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『――――・・・あれ?、もしかしてハッちゃん寝てる?』
『――――むっ?・・・そうだな、寝ているぞ』
『疲れたんだろう・・・部屋で寝かせてやろう』
ドルマク、サイガス、バイルの三人は、お互いの顔を見ながら一つ頷き、すーすーと気持ちよさそうに寝息を立てている女囚人をそっと抱え上げると、そのまま部屋まで運び込んだ。
幸い、この女囚人を起こすことなく無事に部屋へ運び込めた。
その後、バイルたちは後片付けを済ませるために、“デュセイブ・エイル”が食事をしていた部屋へ向かっていた。
『――――・・・これでよいのか?、バイル』
『んー?』
部屋へ向かっている途中に、サイガスがバイルに訪ねると、バイルはわざとらしく首をかしげた。
サイガスは、わずかに顔をしかめ、ただバイルを見ていたのだが、結局バイルはわずかに笑みを浮かべて何も言わなかった。
『――――もーバイル、分かってるでしょ~?。本当にこのままでいいのかってサイガスは言ってるんだよ~。正直、俺も納得できてないことが多すぎてさ~、そろそろ俺たちに話してくれてもいい頃じゃない?』
おどけた様子でドルマクはバイルに語りかける。
だが、バイルは先ほどと同じように笑うだけで、何か言うことはなかった。
サイガスとドルマクは、お互いの顔を見て肩をすくめると、それ以上バイルに何かを聞くことはなかった。
バイルの反応は、長いつきあいの彼らにとっては、いつも通りの反応だった。
多くは語らず、必要最低限の指示しかしない。
バイルが今回のように質問をして何か言葉を返す事は少ない。
だが、彼らにも分かっている。
彼が何も言わないということは、サイガスやドルマクが知ってもどうしようもないことだと言うことだ。
悪影響や非効率を呼ぶようなことはしない
バイルが何も言わないと言うことは・・・そういうことなのだ。
そういうことなら、彼らがやることは一つだけ
『――――・・・いつも通り、業務に励んでいればよいと言うことだな』
『――――・・・そういうことだね』
お互いにそう言って笑い合うと、前を歩いていたバイルが突然立ち止まり、こちらを振り返ってニカッと笑った。
『さすが・・・分かってるじゃないか。これからも、頼むぞ?』
『――――うむっ』『――――はいはーい』
バイルは、満足そうに何度か頷くと、体を元に戻し、再び歩き始めた。
サイガスとドルマクも、その後を追って再び歩き始めた。
あのときと同じように・・・みんなで一緒に