南棟の侍女・夜の記録
その夜、レティシアは「南棟の侍女」について確かめられた範囲を整理した。夜、レティシアは起きたことを日付順に書き留めた。感情と推測を別の頁に置き、確かめられた事実だけを細い筆で残す。
噂には最初の語り手がいなかった。侍女は商人から、商人は役人から、役人は晩餐で聞いたと言い、辿るほど輪が閉じて元へ戻った。
オスカーは紙質、封蝋、配達時刻を一覧へ加えた。同じ紋章が押されていても、蝋の産地や書記の癖までは同じにならない。
貴族たちは王太子の選択を未来の権力として読み、まだ下されていない裁定へ先に従った。席が一つ離れるだけで、翌日には十家の招待が消えた。
王宮の記録は整いすぎていた。空白がなく、訂正もなく、関係者全員が同じ順序を語る。人が実際に動いた記録にはない滑らかさだった。
机には母の肖像を写した小さな額がある。レティシアは答えを求めず、明日も公爵家の娘として立つことだけを静かに決めた。
姉妹のあいだには、幼いころからの合図があった。言葉にすれば他人にも奪われるため、指先やカップの向きだけで、今は話さないという意思を確かめる。
王都の新聞はまだ王家の名を出さず、「ある高位令嬢」とだけ書いた。名を伏せても誰を指すかは明らかで、曖昧さだけが責任を負わずに残った。
反論の機会は与えられているように見えた。ただし期限は短く、必要な資料は王宮が預かり、証人は面会を禁じられている。形式の公平と実際の公平は別だった。
レティシアは人の心を断定しなかった。利害で動く者にも恐れがあり、善意を語る者にも守りたい立場がある。単純な敵を作れば、見落とすものが増えるだけだった。
オスカーは確認できた時刻を欄外へ書いた。記憶は後から整えられるが、鐘の音と受領印は別々の場所に残る。二つが重なるまで事実とは呼ばない。
(本文実測:742字)




