名を借りた令嬢・夜の記録
その夜、レティシアは「名を借りた令嬢」について確かめられた範囲を整理した。夜、レティシアは起きたことを日付順に書き留めた。感情と推測を別の頁に置き、確かめられた事実だけを細い筆で残す。
異母妹ノエラは二つ年下で、社交界では病弱でおとなしい令嬢と思われている。姉のそばではよく笑うが、大勢の前では目立つ場所へ決して立たない。
セシルも自由には見えなかった。言葉を間違えるたび侍女が袖へ触れ、彼女は教えられた文句へ戻る。利用されている可能性をレティシアは捨てなかった。
レティシアは自分に有利な証言も、その場で採用しなかった。確かめられない味方の言葉へ寄りかかれば、後で崩れた時に真実まで巻き込まれる。
公爵邸の会計には、安価な青糸を買った記録が月に一度だけ残る。マルタは用途を知らず、レティシアも妹の刺繍だと思っていた。
机には母の肖像を写した小さな額がある。レティシアは答えを求めず、明日も公爵家の娘として立つことだけを静かに決めた。
姉妹のあいだには、幼いころからの合図があった。言葉にすれば他人にも奪われるため、指先やカップの向きだけで、今は話さないという意思を確かめる。
王都の新聞はまだ王家の名を出さず、「ある高位令嬢」とだけ書いた。名を伏せても誰を指すかは明らかで、曖昧さだけが責任を負わずに残った。
反論の機会は与えられているように見えた。ただし期限は短く、必要な資料は王宮が預かり、証人は面会を禁じられている。形式の公平と実際の公平は別だった。
レティシアは人の心を断定しなかった。利害で動く者にも恐れがあり、善意を語る者にも守りたい立場がある。単純な敵を作れば、見落とすものが増えるだけだった。
(本文実測:696字)




