春の肖像
十八歳の公爵令嬢レティシアは、亡き母の肖像が掛かる朝食室で、異母妹ノエラと新しい社交季を迎える。王太子の婚約者として、彼女には失敗の許されない日々が始まる。 朝、レティシアは侍女長マルタから予定と来客名を聞く。衣装の色一つにも政治的な意味がつき、選ばないことさえ意思表示として数えられた。
マルタが選んだのは公爵家の色を控えめに織った春服だった。華美にも地味にも見えない線を探すのが、婚約者となってからの日課である。
ノエラは社交界の大広間より温室を好む。人前で咳き込むことが多く、今季も必要な夜会にしか出ない予定だと家令へ伝えていた。
二人の母は違っても、幼いころ同じ温室へ隠れ、同じ教師から叱られた。宮廷が血筋を細かく分けても、姉妹の記憶に境目はなかった。
王都では春の馬車が増え、門前の石畳が一日中鳴っていた。新しい季節は華やかでも、公爵家の予定には義務の文字ばかりが並んだ。
窓の外で王都の鐘が鳴った。ノエラは読みかけの本を閉じ、姉は予定表を伏せる。食堂へ向かう二人の歩幅は自然にそろった。
オスカーは予定を一刻ごとに区切らず、移動と休息の余白を残した。宮廷は余白を怠慢と見るが、人は帳面どおりの速さでは動けない。
レティシアは分からないことを分かったふりで埋めなかった。小さな違和感も、今はただ日付と場所を添えて記録するだけにした。
夕暮れには公爵邸の窓が順に閉じられた。明日の支度をする使用人の声が行き交い、姉妹のいる居間だけは静かなままだった。
ノエラは読みかけの本へ細い青紐を挟んだ。姉が題名を尋ねると、まだ途中ですから、読み終えたら話しますとだけ答えた。
マルタは窓辺へ季節の花を一輪だけ飾った。過剰な装飾を好まない姉と、明るい色を選びたがる妹の、ちょうど中間になる白い花だった。
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