第一話「最弱の騎士」
初めまして。
『FURSEIS ―最弱の騎士、72柱を喰らう―』を読んでいただきありがとうございます。
最弱と呼ばれた一人の騎士が、72柱の悪魔を相手に成り上がっていくダークファンタジーです。
楽しんでいただけたら嬉しいです。
地獄には、王が存在しない。
天界には神がいる。
人間界には王がいる。
だが、地獄だけは違った。
七十二柱の悪魔。
彼らは互いに支配し、裏切り、殺し合いながら均衡を保っている。
誰か一柱が頂点に立てば、必ず他の七十一柱が引きずり下ろす。
それが、何万年も続く地獄の秩序だった。
だから誰も王になれない。
……そう、信じられていた。
⸻
赤黒い空から、黒い灰が降る。
地面はひび割れ、その裂け目から青白い炎が揺らめいている。
ここは地獄。
弱者が生きることを許されない世界。
巨大な城がいくつも並び、その上空を飛竜が旋回する。
王たちの城。
公爵たちの城。
侯爵たちの城。
そのどれもが、一つの国ほどの広さを誇っていた。
だが、その華やかな景色から遠く離れた最果てに、誰も近寄らない小さな塔がある。
石を積み上げただけの古びた塔。
「黒曜の塔」。
そこに、一人の悪魔が住んでいた。
⸻
「……また雨か。」
窓辺に立つ青年が、小さく呟く。
雨ではない。
空から降るのは、罪人の魂が燃え尽きた灰だ。
彼はそれを知っている。
だから傘を差すこともない。
黒い髪。
切れ長の瞳。
細身の身体。
悪魔らしい巨大な翼もなければ、威圧感もない。
腰に差しているのは、一振りの黒い剣だけ。
名を――
フルセイス。
爵位は騎士。
七十二柱の中で、唯一その称号を持つ悪魔だった。
⸻
彼は机に積まれた本を閉じる。
『悪魔戦術論・第七版』
『魔力循環学』
『失われた神代文字』
『王侯悪魔の戦闘記録』
塔の中には、本しかない。
食器も。
装飾も。
財宝も。
あるのは知識だけ。
「また増えたな。」
本棚を見て、少しだけ笑う。
それが彼の日課だった。
⸻
コンコン。
静かなノックが響く。
こんな塔を訪ねる者など珍しい。
扉を開けると、そこには二人の悪魔が立っていた。
「おぉ、いたいた。」
「最弱さん。」
公爵家に仕える使いだった。
二人は顔を見合わせて笑う。
「公爵様がお呼びだ。」
「……俺を?」
「荷物運びが足りねぇんだ。」
二人は大笑いした。
「騎士様なら荷物持ちがお似合いだろ?」
フルセイスは無言だった。
怒らない。
反論もしない。
昔は悔しかった。
だが何千年も言われ続ければ、感情も薄れていく。
「断る。」
たった一言。
それだけだった。
「……は?」
「断ると言った。」
沈黙。
そして次の瞬間。
腹に重い衝撃が走る。
拳だった。
フルセイスの身体が壁まで吹き飛ぶ。
本棚が崩れ、何冊もの本が床へ散らばった。
「誰に口利いてんだ?」
「騎士ごときが。」
もう一人が、本を踏みつける。
ページが破れる。
「お前、何でそんなに本ばっか読んでんだ?」
「知識で王にでもなる気か?」
二人は腹を抱えて笑う。
フルセイスは静かに立ち上がる。
破れた本を拾う。
折れ曲がったページを丁寧に伸ばす。
「……終わったか。」
「は?」
「用がないなら帰れ。」
その一言が癇に障った。
悪魔は剣を抜く。
「殺すぞ。」
しかし、その瞬間。
塔の外から、地鳴りのような音が響いた。
ズシン。
ズシン。
ズシン。
三人が外を見る。
そこには巨大な黒狼がいた。
全身が漆黒の炎を纏い、口から紫色の息を漏らしている。
「魔獣……!」
使いの悪魔たちの表情が変わる。
「あれは伯爵領の……!」
黒狼は一直線に塔へ向かって突進してきた。
ドォン!!
壁が吹き飛ぶ。
塔が揺れる。
使いの一人が悲鳴を上げた。
「何でこんな所に!」
黒狼は真っ先に、一人の悪魔へ飛びかかる。
「ぎゃあああああ!」
喉を食いちぎられた。
一瞬だった。
もう一人は腰を抜かし、後ずさる。
「ま、待て!」
「助けろ!」
さっきまでフルセイスを殴っていた悪魔が、必死に手を伸ばす。
フルセイスは剣へ手を掛ける。
だが――
(勝てない。)
一目で分かった。
あれは自分より格上だ。
真正面から戦えば、数秒で終わる。
それでも。
目の前の悪魔は叫ぶ。
「頼む!」
「助けてくれ!」
さっきまで自分を踏みつけていた相手が。
フルセイスは目を閉じる。
数千冊の知識が頭の中を駆け巡る。
魔獣の習性。
筋肉の動き。
床の傾き。
崩れた柱。
窓から吹き込む風。
灰の流れ。
すべてを、一瞬で組み立てる。
そして静かに剣を抜いた。
ギィィィン――。
黒い刃が、初めて歓喜するように鳴いた。
その音を聞いた黒狼が、ピクリと動きを止める。
赤い瞳が、ゆっくりとフルセイスを見据える。
その瞬間だった。
頭の奥で、誰かの声が響く。
『――適合者、確認。』
フルセイスは息を呑む。
声は続く。
『王権継承機構。起動条件を満たしました。』
「……誰だ?」
返事はない。
ただ黒い剣だけが、まるで心臓のように脈打ち始める。
そして黒狼は、低く唸りながら牙を剥いた。
戦いが始まる。
最弱の騎士が、初めて”運命”と剣を交える瞬間だった。
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