【第7話:赫(あか)に染まる路地】
タルトはサシャに命じられて町に出てきている。サシャに命じられたのは、新作のドレスに合わせるための、最高級のシルク糸。 活気溢れる町の喧騒。見習い騎士たちは、窮屈な公爵邸を離れた解放感から、立ち並ぶ露店や行き交う女たちに目を奪われていた。
「おい、あそこの酒場、帰りに寄れるか?」 「馬鹿を言うな、閣下に知られたら首が飛ぶぞ。……おや、タルト様は?」
二人が慌てて視線を戻したとき、人混みの先にいたはずのタルトの背中は、霧が晴れるように消えていた。
■ アロウの脳内:【断絶の狂気】
その頃、屋敷の執務室。アロウは時計の針を凝視していた。 (……遅い。予定の時間を15分過ぎている。あの程度の買い物に、なぜこれほどかかる?) 心臓が警鐘を鳴らすように激しく打ち付ける。アロウは無意識に、自分の喉元を掻きむしっていた。
(もし、あいつがこのまま帰ってこなかったら? 誰かに奪われ、俺の知らない場所で、俺の知らない誰かに……) 「ソウ! まだ報告はないのか!」 吠えるようなアロウの問い。彼はまだ気づいていない。今、自分が感じているこの「死ぬほどの焦燥」こそが、かつての裏切りを超えた、タルトへの底なしの愛執であることを。
■ ソウの脳内:【鋼の殺意】
「……報告は、まだ入っておりませぬ」 ソウの返答は氷のように冷たかった。だが、その指先は剣の鞘を握りしめ、いつでも抜剣できる状態にある。
(閣下、あなたのその『中途半端な慈悲』が、彼女を死地へ追いやったのだ) ソウの脳裏には、町中の死角、汚泥の詰まった路地裏、そしてナイフを弄ぶ男たちの下卑た笑い声が、鮮明な映像として浮かんでいた。 (もし彼女に傷一つ付いてみろ。……私は閣下の命令を待たず、この町を血の海に変えてでも彼女を取り戻す)
■第2の事件:断罪のナイフ
タルトは、薄暗い倉庫のような場所に引きずり込まれていた。 口を塞がれ、壁に押し付けられる。目の前には、あの「リンゴの男」が立っていた。
「見習い騎士様方は、ずいぶんとお気楽なことで。お前みたいな極上の獲物を、あんな子供に任せるなんて、公爵家も焼きが回ったな」
男は下卑た笑いを浮かべ、ナイフをタルトの顔に近づける。 タルトは必死に首を振った。恐怖で声も出ない。
「……殺しはしねえよ。俺が依頼されているのは、「お前を二度と社交界に出られないように、歩けなくさせて来い!」と言われている事だからな。あの傲慢な令嬢や、スカした公爵嫡男の前で笑えないようにしてやる」
男は、タルトのドレスを乱暴に捲り上げた。 抵抗しようとしたタルトの足——白く、しなやかなそのふくらはぎを、冷たい刃が容赦なく薙いだ。
「――っ!!」
声にならない悲鳴。 鮮血が飛び散り、タルトの足元を赫く染めていく。 ナイフの先は深くはないが、それは確実に「一人の女」としての尊厳と、公爵家が守ってきた「聖域」を切り裂く、呪いの儀式のようだった。
「いい声だ。次は、どっちの足を……」
男が再びナイフを振り上げたその時、タルトは意識を失い それと同時に倉庫の重い扉が、内側から爆発したかのような轟音と共に吹き飛んだ。
逆光の中、そこに立っていたのは——。 主君の許可を待たず、獣のような殺気を纏って現れたソウと、その後ろで、自分の「世界」が壊された絶望に顔を歪めたアロウだった。




