1.行方不明者 ロスト
ずっと適当に生きていたいと思っていた。
寝たい時に寝て、起きたいときに起きて、遊びたい時に遊べる将来、それが僕の夢だった。
自分でも、なかなか馬鹿で意味のわからない夢だと思う。
だけど、そんな馬鹿げた夢が叶った。
探索者になって―――
※
アルトバルン王国 王都アルス 郊外にて
小さくもなく、大きくもないなかなか丁度いい大きさの木でできた家のリビング、ソファーの上でもぞもぞと動く白い塊がいた。
その白い塊はピタリと止まったかと思えば、ひょこっと中から黒髪の少年の顔と手が出てきて、近くにあった時計を手探りで探して拾い、半開きの目で時計の針を見つめる。
「ん?ああ朝か」
その白い塊の正体は
探索者協会所属、第二階級『ロスト・ワンダー』
通称、行方不明と呼ばれている男だ。
「十二時、か」
昼の十二時、恐らく、この世界を生きる者たちの大半がもう目を覚まし、仕事とかで活動をしている時間帯を彼は朝と呼び、その時間帯に自然と目を覚ます。
顔を戻し、もぞもぞとまた布団の中で包まった後、起き上がるわけもなく二度寝を決行する。
そこから三度寝くらいした後、ようやく毛布から這い出る。
そして、行きつけのパン屋で買ったゴーンパンを切り、適当な果物とチーズを取り出すと、適当に食べる。
食べながら、寝ぼけた脳と半開きの目、朦朧とした意識の中で少し考える。
「久しぶりに、行くか」
そう言うと、食べ終わり少しダラダラした後、適当にその長い髪をまとめ、いつものダボッとした腰下くらいまであるジャケットに袖を通すと、ようやく外に出る。
向かうは、探索者協会、僕の仕事場だ。
今日はなんとなく調子が良かったので、働くことにした。
適当な荷物を持って、鞄無しで家から出る
探協まで、ここから歩いて二十分くらいだ。
結構遠いが、逆に遠いくらいが良かったりする。
この時間に来いとかいうのがないからかな。
「ピィピィ」
ルルウ鳥が跳ねている、呑気でいいね、君は
働くと言っても、好きな事ができるので苦ではないが、仕事となるとなんか嫌な気分になるのはなんでなんだろう。
探索とか魔獣狩りとか、仕事以外ならいくらでもできるのに
「ふわぁ」
欠伸とともに、なんか気が滅入ってきた、今日は辞めようかな。
そう思い、家に帰ろうと、踵を返すが、今来た道を見て、面倒くさくなって辞める。
そのまま、だらだらと寄り道しながら道を歩き、大きな門をくぐり街の中心部に入ると、人で溢れる市場をぼーっと観察しながら歩く、すると、目の前に馬鹿みたいにデカい建物が見えてくる。
その馬鹿みたいにデカい建物についている大きな大きな扉を開けると、ようこそ、探索者協会だ。
「なぁ、受付もっと早くしてくれよ、こっちはなぁ」
「すいません、すぐに対応を」
「おい、探協、この依頼間違ってるんだけど」
「はい、すいません、私が対応いたします」
「おい聞いたか?あの探索区域、第三って書いてるのに、第二だったらしいぜ」
「はぁ?それはやばいだろ」
忙しそうだなぁ、それに面倒な客が多そうだ。
まぁ探索者なんて面倒くさくない方が珍しいまである。
僕は死んでも探索者協会の職員には生まれ変わりたくないね。
そんな事を考えながら、適当なテーブルにつき、探索者協会の様子を眺めてみる、なかなか面白い
ん?働かないのかって?まぁいいじゃないか
ちょっとだけだよ、ちょっとだけ
「ロスト、久しぶりだな」
そんな感じで椅子の上でぼーっとしていると、聞き覚えのある声が後ろからしたので、そちらを見てみる、すると、やはり知り合いがいた。
赤い長髪と、黒いニットに黒いスキニーデニム、さらに黒い大きなファーフードコートを羽織っている女性、あと、いつも酒を持っている、今日はヴィンセントの印がついているのを見るにかなりいい酒だ、楽しみ。
ぱっと見は人間とそう変わりのない姿をしているが、背が高く、ごつごつとした龍の様な角が頭に生えているという特徴がある女性、そう、彼女は竜人だ。
「ああ、久しぶり、レヴ」
龍の代理人、レヴ
僕と同じ探索者で僕の友人だ
彼女とは結構昔からの付き合いで、結構仲がいい
「どうだ?調子は」
そう言いながら、彼女は同じテーブルに座り、懐から自分のグラスを取り出すと、グラスにワインを注ぎ出す。
「まぁまぁかな」
さらっとグラスに手を伸ばすと、僕の手がグラスに到着する前に、レヴの手がつきゆっくりと自分の方にグラスを寄せる。
「フッ、お前は何時もそうだな」
そう言いながら、レヴはグラスに入ったワインを嗜む、その様子をじっと見つめた後、テーブルの上に目を向ける。
僕のグラスの用意はない、いや分からない、この後出てくるのかもしれない。
「今日はやらんぞ」
じっと見ていた視線に気づかれたようだ。
久しぶりに飲めると思ったのに、ヴィンセント印のワイン……
「まさか、レヴはどう?調子」
「忙しい、何故か知らんが、誰かさんがほっぽり出した依頼の処理があってな」
「それは大変だね」
「ああ、本当に大変だ、本当に」
ハハ、まぁ少しばかり、いやかなり迷惑を……かけてるかもしれないな、うん
「あとで、またなにか贈るよ」
「それより、仕事を手伝ってくれると嬉しいんだが」
「それは、別の話」
「別な訳が―――」
「おい、俺は本気だぞ、第一階級に俺はなる」
レヴが何か言ったようだが、何者かの声で掻き消される。
ああ、僕は何も聞こえなかった。神に誓って真実だ。
声のする方を見てみると、一人の少年が受付カウンターの前で受付嬢に何か叫んでいるのが見える。
「だから第二階級のこの依頼を受けさせろと言っているんだ、第一階級になるためにッ!」
普通に第一階級になりたいだけならコツコツ階級を上げればよく、飛び級する必要なんて無いのでは?という疑問をぐっと抑える。
「普通にコツコツやって上げればいいのにね」
うん、疑問は抑えた。
まぁそういうのに憧れるお年頃なのだろう
にしても、何回見ればいいんだろう、この手の奴を
……あ、そうだ、少し遊んでみるか
いいお宝が拾えるかもしれない
「レヴ、彼、あの少年が第一階級になったら少しは楽になるんじゃないか」
「はぁ?いつものやつだろ、見たらわかるゴミだ」
レヴ……見てないけどね、まぁわかるか
「レヴは弱い人には本当に容赦がないね、その通りなんだけどさ」
レヴがぐっとグラスに入ったワインを飲み干した後、僕を指差しながらこう言う。
「あんなゴミカスより、お前がなれよ、ロスト」
レヴがそう言うと、その場はしんと凍りつき、辺り一帯静寂の空気に包まれる。
なんか面倒くさいことになりそうだ。
予想が的中しその沈黙を破ったのは、やはり先程の少年であった。
「ああん?なんだ、お前、俺様のことを馬鹿にしやがったか?」
レヴの言葉に少年が反応する。
そして、ズカズカと歩く音がする、恐らくこちらに向かっているのだろう
「こんなチビな子供が、俺様より第一階級にふさわしいだと?誰が物言ってるんだ」
少年がロストとレヴを睨みつけながらそう言う
僕は何も言ってないんだけど
「俺はもう第三階級に至ったんだぞ、17才でだ」
そう声を張り上げる少年を行け行けと煽る探索者たち
段々と騒ぎが大きくなっていき、野次馬が次から次へと現れる。
「ならないよ、それになれないでしょ、依頼バックレまくってるのに」
「確かに、今のお前を上げたら探協は終わりだな」
「ハハハ、でしょ?」
第一階級なんてただ、面倒くさいだけだ。
なりたい理由もなれる理由もない
さて、どうしようか、後は少し煽れば……
「――俺様を無視するなッッ!チビと蜥蜴ッッ!」
え?トカゲ?あ、まずい、これは……
そう思い、レヴの方を見る。
ただ遅かった、いや、間に合う訳がなかった。
それに、間に合ってもどうしようもなかった。
「あ?」
そう言いながら、先程までこちらに向いていた綺麗な瞳がぐるんと少年の方に向く
先程まで意気揚々としていた少年はその一瞬の視線と威圧で、顔があっという間に青ざめる。
レヴは瓶に直で口をつけ、残った酒を半分ほど酒を腹に流しいれた後、ドンと瓶をテーブルに叩きつけて立ち上がる。
「誰が、誰が蜥蜴だって?」
腰が抜け、どうにかしてこの場から離れようと後退っている少年にレヴはずんずん近づいていく
「あ、あ、ああ、ああああ、誰か、助け……」
少年の悲痛な叫びが協会内に響く、だが誰も助けてはくれない
先ほどまで煽っていた探索者たちは次々と席を立ち、逃げるように離れていく
それを見たか見ずにかはわからないが、レヴは空を殴った。
そして、殴った空の一点が衝撃と共にヒビ割れ、波状する。
協会内にいる者の全員がその衝撃とレヴの威圧に慄き崩れる。
「さっきから五月蝿いぞ、ゴミが」
「いいぞ、死にたいのなら殺してやる、生きたいのなら……」
「勝手に生きろ」
探索者には階級がある
第五階級から始まり、一番上は第一階級
階級に関して、誰かがこう言った
第三までは努力すれば誰でもいける
第二は天才しかいない
第一は、言葉では表せない『何か』の集まりだ
と
第一階級、第四席、龍の代理人『レヴ』
探索者強さランキングがあるとして、そのランキングを上から数えたら四番目に位置するのが彼女だ。
龍人である彼女にとって蜥蜴という悪口が地雷じゃないわけがない。
そして、そもそも、わざわざ彼女を刺激する奴はいないが、彼女の地雷を踏んで、無事に帰れた者はこの世界に二人しか存在しない。
彼がその二人のついで三人目になれるといいね
僕は……逃げます。
※
ふぅ危なかった、あのモードになると、本当に見境が無いからな
僕は許されたけどね
これが長い付き合いというやつだよ
一発殴られかけたけど……
はぁにしてもついてないな、レヴの事を知らない奴がいるなんて、あれは田舎の低レベル帯で階級を上げたタイプだな、王都に来てテンションが上がってやらかすタイプだ。
……もうやらかしたか
まぁご愁傷さまということで、運よく生きれたら多分第二くらいなら手が届くんじゃないかな
というか、煽った他の奴らも同罪だよ、同罪
……僕がレヴをちょっと煽ったのはノーカンにしよう
まぁ煽った奴らも流石にあそこまで馬鹿だとは思わなかったんだろう、レヴが唯一怒るポイントは龍関係だから、逆にそれ以外なら問題は無いわけで、あんなに綺麗に地雷を踏み抜くと予想できないのは仕方がない
はぁあんなのに巻き込まれるなんて、本当についてないよ
まぁついでに、こっそり酒取ってこれたからいいや、これが不幸中の幸いってやつかな
右手に持つヴィンセントの印がついた瓶をじっと見つめる。
うんうん、僕は酒を保護しただけだ。
あの衝撃とレヴの怒り様だと、木っ端微塵になって床のシミになって発見されるのがオチだからね。
ああ、本当に、不幸中の幸いというやつで
いい経験になったと思うよ、少年も
そう思いながら、俺はグッと瓶の先に口をつけ酒を腹に流し込む
ふぅ、やはり美味い、これが飲めたのだから、あの少年の犠牲も無駄ではなかったという事だ。
……それにしても第一階級か、そんなものになって何が嬉しいのか
僕はこれでいいんだ、寝て起きて、適当に遊んで金稼いで、酒飲んで
第一階級になるなんて望んじゃいない
第二階級だろうがなんだろうが、金稼げて、適当に生きれればいいんだよ。
「さて、依頼に行くか」
さっきのゴタゴタに乗じてこっそり依頼を受注してきた。
あの様子だと、今日はもう協会をまともに利用できなそうだったからね。
勝手に取って、勝手に判子を押したんだけど、中身をよく見てないんだけど……えーっと
「魔の森の探索?」
第二階級推奨依頼から選んだはずなんだけど……
魔の森は近くに街道もあるくらい低レベルな探索区域だ、やばい所だと普通の人は近くを通りかかる事も出来ないからね、漏れ出た魔力だけで危険だから
そんな低レベルな探索区域である魔の森の探索が第二階級適正なわけがないという話だ。
魔の森は深層でも適正はギリギリ第三だろう、なのになぜ第二の依頼に混ざってたんだ?
そんな事を考えながら、下の方に書いてある報酬欄を見てみる
へーこれで報酬100万G、あたりだ
特に難しそうな条件も見つからないし、入ってある程度探索するだけか、楽勝じゃん
よーし、適当に働いて、森でキャンプでもしようかな〜
そう思い、僕は魔の森に向かった少しのお金稼ぎと、キャンプ目的で―――
※
「ロスト、おめでとう、第一階級に昇格だ」
探索者協会という大きな建物にある小さな部屋、協会長室と呼ばれる場所で、いかにもインテリ眼鏡と言った風貌の男が一つの机の先でそう言った。
探索者協会、協会長であるノルド・ガードナーだ。
「まさか、魔の森でスタンピードが発生し、推定第一階級の魔獣が登場、その魔獣に女性が襲われていた所、お前がその魔獣を討伐、女性を救ける、そして、その女性がエルフの女王だったとはな」
ガードナーは淡々とそう言いながら落ち着かない様子で歩き回ったり、適当に本棚に置いてある本を取ったり戻したりしている。
「正直、俺は上げてはいけない―――ンッンッ、いや、いつか上げてもいいと思っていたが……まぁいい、女王の圧力――ンッンッ、熱い推薦でお前は第一階級に上がることになったというわけだ」
「実力は申し分ない訳だし、普通ならもっと早く第一階級に上がってるからな、うんうん問題はない」
「で、第一階級には指名依頼や緊急招集という制度があるのは知っているな?」
「指名依頼、第一階級の探索者を指名して依頼を出せるという制度の事だ」
「何故こんな話をしたのかというと……ロスト、お前に指名依頼が来ている、例のエルフの女王からの依頼だ」
「エルフの国、ユグドラシルに向かい、エルフを救って欲しいらしい、報酬は10億G、とんでもない金額だな」
「依頼の詳細については、エルフの女王に聞いてくれ、探索者協会の『客室』にいる、俺が説明したいところだが話がつかめなくてな」
「そして、当たり前の話だがいつもの依頼のようにバックレたりするなよ、これは国からの依頼だ、この依頼をバックレるということは国に喧嘩を売ることと同義だと思え、まぁ普段の依頼もバックレてはいけないんだが……」
「とにかく、今回の依頼はレベルが違う、心してかかれ、くれぐれも、絶対に、本当にバックレるなよ、分かったか?」
「ふぅ、では改めて、おめでとう。
第一階級、ロスト・ワンダー」
「健闘を祈る」
そう告げられると、僕は部屋を出る。
そして、トコトコと階段を降りる。
そして、探索者協会を出る。
そして、ある建物の中に入る。
そして、ワイバーンの背に乗る。
そして、ワイバーンで空を飛ぶ。
「……」
指名依頼、緊急招集……
僕は『行方不明』になる。
面倒くさいから
『行方不明なロストワンダー』
始まり。
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