沈殿花(ちんでんか)
上を向き咲くのが花なのか。
いや、俯いていても花は、花だ。
きっとなにか憧れがあるのだろう。
花とは、後ろを振り返らないであろうと。
記憶を辿れば、私の人生も半々か。
胸を張る日もあれば、背を丸める日もある。
膝を抱え込んでは人間でなくなるのか。
いや、腐っても人は、人だ。
いかにも陰気な沼地があり、畔に花が咲く。
それは花と呼べるのか?
間違いなく、花であろう。
水面に浮かぶ花はどうか?
間違いなく、花であろう。
咲けば、それが、花なのだ。
沼の底に一輪の花が咲く。
光の届かぬ暗闇で、ヘドロにまみれた沈殿花。
周りなど関係ない……環境など造作もない。
咲けば、それが、花なのだ。
君とは、花だ。
人間の開花とは、胎児を乗り越えた時点で完結している。
結論、咲かずに産まれる人間など居ない。
ただ、枯れる人間が居るだけだ。
私とは、花だ。
両手を広げて見てみると良い。
それが奇跡でないならば、なんだと言うのか?
透き通る蒼い葉脈に、命と名付けられた液体が流れている。
度重なる困難に打ちひしがれようと、
君が咲き続けるならば光は訪れよう。
土砂降りの雨に背中を打ち付けられようと、
私が咲き続けるならば蜜は零れよう。
光なき日々に枯れてしまわぬよう、
視界の悪さに腐ってしまわぬよう、
今は上を向けずとも、
咲くことを諦めてはならない。
沼の底に一輪の花が咲く。
光の届かぬ暗闇で、ヘドロにまみれた沈殿花。
周りなど関係ない……環境など造作もない。
咲けば、それが、花なのだ。
たとえ地上が見えずとも、
陽の光が拝めずとも、
君と私が花である限り、
奇跡の鼓動が止むことはない。
いつの日か水面に届くまで、
静かな呼吸を続けようではないか。
お読みいただき、ありがとうございました。
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【※この先は、作者による作品解説です。
自己解析・自己考察を含みます。
読後の余韻を大切にされたい方は、ここで読むのをお止めください】
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『開花』という言葉は、しばしば人生の中に落とし込まれます。
才能の開花であったり、努力が花開くであったり。
しかし作者としては、人間とは生まれた瞬間に皆開花していると思うのです。
そしてあとは、枯れぬように生きているのだと。
物語の雰囲気は灰暗いですが、作者の意としてはかなり前向きで明るい作品です。
今の自分の環境やら、先の見えぬ未来への不安やら、人生とは一筋縄ではいかぬことばかりですが、そんな時こそ、そっと静かに、咲き続けてくれればと思うのです。




