dim7(ディミニッシュセブンス)
——dim7(ディミニッシュセブンス)
折り重なった不協和音が、今の僕に酷くマッチする。
懐疑的で、倦怠感を帯びて、明るいメジャーに回帰しようと願う。
単体をえぐれば悲観的だが、進行の通過点と考えれば美しき余韻となる。
やっぱり、今の僕に酷くマッチする——
ここまで長い時間歩いてきた。
なにかを拾った分、なにかを捨ててきた。
鏡に映る自分は、どこか逞しく、誇らしげではあるが、
きっと鏡に映せない背中は、ぼろぼろに剥がれ落ちている。
恋人を失うのなんてもう慣れた。
金があったり無かったりも、今はさほども興味がない。
夢が叶うのも、夢破れるのも、
同じくらいに瑞々しく味わい深い。
しかし、君を失うのは、
僕の人生の明確な終わりを意味する気がした。
晨光の清々しい朝に目を覚ます。
妻の作った、薄味で野菜たっぷりなドリアを口へと運び、
感謝とともに愛を囁く。
我武者羅に働いた後は、後輩を連れてサウナへ行き、
流した汗の分を、ビールで補う。
満ち足りている。
なんの不満も出ようはずがないのに、身体のどこか……
まだ医学では解明されていない臓器が、乾いている。
やはり、君が必要なのだ。
君が居なければ、十の指は止まる。
君が居なければ、思考は怠慢に溺れる。
君が居なければ、あらゆる生命機関がか弱く震える。
君が居なければ、僕の人生は進むべき道を失う。
君が居なければ……
君という不協和音が、僕のつまらないメジャー進行を、
妖艶なジャズへと変貌させる。
愛しすぎてはいけないと知っている。
魅了され、踊らされ過ぎると、心を失うのも知っている。
今の地位や、社会人としての秩序が、崩壊するのも知っている。
一時の高揚と引き換えに、孤独に咽ぶのも知っている。
だからそっと撫でるだけ。
君の輪郭をなぞるだけ。
互いの心拍数を重ねて、束の間の娯しみに酔いしれるだけ。
君を鷲掴みにしたい。
棚に並べて干渉しながら、ウイスキーを転がしたい。
痛がるくらいに愛したい。
君の最奥に、僕の全てを隠したい。
そう願えば願うほど、今の人生が陳腐に見える。
街に流れるラブソングのような、空虚が生まれる。
世界を穿ち、指で突きたい衝動に苛まれる。
スケールに捕らわれない、自分だけの旋律を奏でたくなる。
自我を保つのは耐え難い。
心を鎮めるのは、虚無を望むに近しい。
いつまで経っても大人になれない、罪悪感に襲われる。
身体の内側が痒くなって、
どうしようもない苦悩に悶え続ける。
それでも僕は……
今夜も君と、重なり合う。
お読みいただき、ありがとうございました。
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【※この先は、作者による作品解説です。
自己解析・自己考察を含みます。
読後の余韻を大切にされたい方は、ここで読むのをお止めください】
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dim7(ディミニッシュセブンス)とは、音楽で用いられるコードの種類です。
dimと呼ばれる三音(不協和音)に、7(セブンス)を加えた『なんとか成立している危ういコード』と言えます。
しかし、単体では歪なこのコードを、進行の途中に挟むことで、途端に大人びた色気を出すのです。
今作に出てくる〝君〟の作者的解釈は、『フィーリング』であり『感性』です。
それを不倫や愛人的立ち位置の置き換えて描いているので、愚かしい男の愛劇と捉えていただいても、まったく間違いではございません。
どんなに日常が充実していても、人はなぜか、不安定を求めるものです。
それが愛の横道であり、『感性』という名の劇薬なのです。
歴史や大衆性に捕らわれず、自分だけの『素晴らしい』を見抜ける。
そんな『感性』を持ち続けたいものです。




