第五十六章: 武闘大会
領都からナッシュビルに帰ってくると、武闘大会の熱気がもう溢れて来ていた。ヘンリーさんは準備のためにあたふたしている。
オルジさんはどうやら彼の建てたホテルが満室になったようでニコニコしている。「ええ、臨時の宿泊施設も準備しているんですけれどね。そちらも使うことになりそうなんですよ。」とホクホク顔である。
もちろん、その中から宿泊税が入るわけだから領主としても喜ばしいことだと言わねばならない。
ただ、そうやって新顔が大量に入ってくると犯罪も増える。スリやら強盗やらが増えても困る。また、血の気の多い冒険者達が喧嘩などしても困るのである。
そこについては一つはトーマスにお願いして騎士達の巡回を増やしてもらっている。また、王都の道場の子達を「武闘大会への見学」という名目で連れて来て冒険者有志と自警団を作ってもらっている。
どうしても暴れそうな冒険者には俺がこの間まで探索していたダンジョンにご招待しているようだ。
青の閃光がなるべく早く中級ダンジョンを解放したかったのはそういう暴れん坊をダンジョンに入らせてそこで発散させてもらうためでもあったらしい。
見物に来た貴族連中も増えて来ていて、フレッドの父親のロイド卿や王都の騎士団長のマリウスさんも来ていた。彼らは俺のことをフレッドやアランの保護者だと思っているようで、俺の方にお礼を言ってくれた。
フレッドやアランも久しぶりに両親と会えたことが嬉しいようだ。
ヘンリーさんはトゥラニアに来てくれた貴族達のために歓迎の舞踏会を開くことになったらしい。ヨアヒムさんも何度もナッシュビルの領主館に来ていて打ち合わせをやっている。
オルジさんもその会談に混じっているらしい。
一度、俺もその会合に混じったことがあるが、もうほとんど大枠は決まっていたが、ヘンリーさんが無限の心配事を吐き出しているという感じであった。
俺が大体こういう感じでいいんじゃない?と言うと、ヘンリーさん一旦は安心して、これで舞踏会をひらけそうですと言うものの、またさらに心配事を大量に出してくる。それをヨアヒムさんが書き留めて対策を出すということをやっていた訳である。
会合の後でオルジさんは「ヘンリーさんは能吏ですよ。あれだけ問題点を出せるということは才能ですね。」と感心してみせた。
武闘大会が近づくとオルジさんが言っていた通り、更に多くの参加希望者や見物客が増えていった。騎士団や自警団も走り回っている。最近栄えて来たよなあと思っていたナッシュビルだったけれどもうこれは王都の喧騒に近くなっている。
「もうこれは舞踏大会をやる前から集客としては大成功だよ。」とオルジさんに言うと「そうですね。私は大儲けです。けれども領主様は終わりよければすべてよしですよ。最後まで気を抜かないでくださいね。」と釘を刺されてしまった。
武闘大会の前日に夜会が開かれた。トレーシーは当然いないので俺がエスコートする相手はアリシアである。
この夜会にはSクラス冒険者なども招いているので貴族だけの格式高い舞踏会というわけではない。さすがに酒癖の悪い冒険者にはご遠慮いただいているが、やや砕けた気軽なパーティという感じである。
俺が開会の挨拶をした後、ファーストダンスを踊ることになった。もちろん相手はアリシアである。
ダンスの後は貴族達からの挨拶というのは王都の夜会と変わらない。
もうトレーシーがいないことでアリシアとの関係を突っ込まれて困った。顔から感情を消して「アリシアは聖女様ですからね。もう敬愛の対象なのですよ。皆さんも聖女様のご加護がありますように。」と繰り返し続けたわけである。
さすがにアリシアも心得ていて、何も返事せずに聖女の笑みを浮かべていてくれた。こういうところで失言して言質を取られるのは貴族として最悪の部類になってしまう。
冒険者達は俺よりもケビンの方に話しかける人が多かったようだ。ケビンも慣れない対応で大変そうだったが、俺の負担が減ったので良かった。
一通り挨拶が終わって周りを見回してみると結構女性が多かった。もちろん舞踏会なので男女ペアで参加するのがマナーだが、貴族令嬢と見える若い女性も少なからず参加してくれていたのである。
令嬢達も目当ては武闘大会なのだろうけれど、貴族達が自分の娘を連れてこられるほど安心だということになればトゥラニアに移ってくれる女性も増えるのではないか。何しろ、今領都のセレニアムではもちろん作業員がほとんどという事情もあるが、8割以上の人口は男性である。そういう人たちにも女性の移住者が増えてくれれば伴侶ができて家庭ができるとこの地に根を下ろしてくれるかもしれないと期待ができるのである。
人知れずダンジョンで魔獣を討伐しまくった効果が出て欲しいと切に願うのであった。
幸い、大きなトラブルもなく夜会を終えることができて、きっとヘンリーさんは胸を撫で下ろしているだろうと思ったし、そこで疲れ果てているケビンには労いの言葉をかけなきゃと思って近づいてみた。
ケビンはやっとのことで振り向いて弱々しく笑みを浮かべた。
「エドはこんなことを普通にやっているのか。俺は今まで夜会というとキャアキャアやってくる女の子からどうやって逃げるかばかり考えていたけれど、あんなに挨拶を受けたのは初めてだよ。」
「ケビンもこれからこんな機会が増えるだろうから早くなれた方がいいよ。とにかく今日はお疲れ様だ。」
俺は果実水をケビンに手渡して二人で乾杯したのである。
♢♢♢
翌日からは武闘大会である。エントリーした参加者が多すぎて予選は武道場を二つに分けて一度に二つづつ試合を行うことにして、しかも予選日程を1日増やさざるを得なくなった。
朝から王都の騎士団員やトゥラニアの騎士団員、それに冒険者達、異国風の派手な衣装を着た人たちが闘技場に集まって来ている。
それに合わせた見物客も会場を待って集まっているのでもう騒ぎは大変なものになっている。
集まった人たちを目当ての屋台も人だかりができており、結構繁盛しているようだ。
高級貴族は馬車で乗り付けているが、馬車置き場も次第に埋まって来ている。
試合に出場しない騎士団員や自警団はとにかくトラブルが起こらないようにおおわらわである。
そうして予選が始まった。俺は主催者として貴賓席にいる。
時々トゥラニアの騎士団員が俺の方に手を振ったりしてくれる。最初は若者がやり始めたので剣術道場の稽古のように微笑ましいシーンも多かったが、午後になると段々と強いものが混じって来た。
Sクラス冒険者などはシードにしているので出てくるのは予選後半である。
午前中はそれでも若者同士の戦いだったのでのんびりと見物できたが、午後からはベテラン勢が出場するようになっている。
だんだんと激しい戦いが増えて来て観客の熱狂も高まっていたのである。
翌日にはさらに強い人が予選に出場するようになったので好試合が続出して多くの観客が熱心に応援するようになっていた。
貴族達はオペラグラスを使って観戦している。
好試合の時にはもう闘技場全体がどよめく感じになっている。
去年取れた麦から作った麦酒が飛ぶように売れているらしい。子供は桑の実ジュースである。
オルジさんは「いやあ、予選だけで麦酒を予定数だけ売り切ってしまいました。明日の分は倉庫に保管してある分を出さなきゃいけません!」と嬉しい悲鳴をあげていた。
ヘンリーさんは「良かった、良かった。後は決勝戦まで大きな事故がないことを祈らなきゃ。」と心配性を全開にしている。
アランは「僕も出たかったな。」と言っているが、フレッドは「こんなのでなくて良かった。」という。こういうときの二人の対比は面白い。
ケビンは「観客の入退場がスムーズだよ。そういう運営の勝利だな。」と玄人っぽい感想を述べている。自分が選手として出場したら問題なく優勝できるという自信があるということだろう。
本当はアランみたいに選手として出たかったのかも知れない。
結局、この日の予選では28人の決勝ラウンド進出者が決定した。トゥラニア騎士団長(代理)のトーマスやSクラス冒険者の3人がシード者として決勝に加わるので合計32人が争う決勝トーナメントが明日行われるのである。
♢♢♢
決勝の日は朝から若者の部の決勝が行われている。早朝なのでまだ観客も少ないが、8人の若者が勝ち残っていた。
トゥラニア騎士団からはアーヴィンとソラン、シンが順当に勝ち残り、後は王都の道場からジョシュアという若者が勝ち残っていた。他にも学園の騎士科のエルクが残っている。アランは「え?エルクくん、この大会に出てたんだ!」と驚いている。
フレッドは「主催者側でよかった。出て負けてたら大恥じゃん。」と青い顔をしていた。
他にも王都騎士団の若手と地方の子が一人勝ち残っていたが、トーナメントの最終戦はシンとソランの対決になった。その頃には観客も入り始めていて、観客達は予期せぬ若者による好ゲームを見られて大盛り上がりを見せていた。
結果はソランの貫禄勝ちであった。
俺は優勝セレモニーで彼に小さなカップと金一封を渡した。
(ゲイリーがなくなったけれど若手も伸びてきているんだよなあ)
ゲイリーが若手育成に励んでくれたおかげで次世代も安泰のようである。
その後ジョシュアを見に行ったら彼は控え室の隅で悔し涙を流していた。
「あージョシュアくん」
俺が呼びかけると彼は俺に気がついたようでいきなり跪いて「伯爵様、お見苦しいところをお見せしました。」と謝ってくる。
「いやいや、君は決勝に勝ち残ったじゃないか。よく頑張ったよね。今度は君もトゥラニア騎士団に来てくれるよね。」
「はい、そのつもりでおります。」
「よかった。君のような優秀な若手が来てくれると嬉しいよ。武闘会は来年もやるからその時はソランをぶっ叩いてくれ。」
俺はそう言ってジョシュアを励ますと彼も表情を明るくして「はいっ!もっと精進して来年は伯爵様のご期待に添えるようにいたします!」と言ってくれた。
側にはエルクくんもいた。彼はD組の同級生であまり話をしたことがないが、顔は知っている。
「エドワードって本当に伯爵なんだなあ」
「ははは、これでも孤児院出身だから時々化けの皮が剥がれるけれどね。」
「けれど、トゥラニア騎士団の連中は強いな。王都の騎士より強いんじゃないか。」
「それは秘密にしておいてくれ。俺も王都騎士団の特別指南役だからな。王都騎士団を教えているのに弱いと言われたら困る。」
「僕もトゥラニア騎士団に入って鍛えてもらおうか。僕は平民だから王都騎士団に入らなきゃならないという縛りはないんだ。」
「そりゃ大歓迎だよ。」
彼が本気でそう言ってくるので俺はジョシュアに王都の道場の連絡先を教えるようにお願いした。
「今はあのソランもシンも王都の道場で師範代をしているから、そこでまず鍛えてもらってくれ。」
「ぜひ行かせてもらうよ。」
エルクも満足したようである。
俺も将来のスターになりそうな連中を二人もリクルートできたので大満足であった。
そんなことをしているうちに本戦の決勝トーナメントの準備が始まっている。
俺は決勝トーナメントの挨拶をしなければならないので係の人が呼びに来た。俺は慌てて係の人について貴賓席に向かった。
既に32人の決勝トーナメント出場者は闘技場の上に勢揃いしている。
「今日、ここに立っている人たちはこの2日間の予選を勝ち抜いた強者たちです。いや、もう英雄と言っていいでしょう。今日は決勝です。皆さんが正々堂々といい試合をしてここに集った観客を今日も大興奮させてください。」
俺の声は魔法で闘技場に響き渡った。
参加者たちは両腕をあげて熱戦を誓い、観客達は大声援を送った。
その後、参加賞として決勝トーナメントの参加者にはシルクのハンカチが贈られる。それを見た会場からは少し高い声でのどよめきが漏れる。女性達がキャーキャー言っているのである。
オルジさんによるとこの武術大会を見に来た貴族の女性達や大きな商家の娘さん達はこぞってシルクのハンカチを求めたらしい。
「いやあ、今年、生産した分はあくまでもまだまだ試験的なものですから王都にまでは出荷する予定はなかったのです。けれども噂が噂を呼んで王都で評判になっていたみたいでして。」
オルジさんはそんなことを教えてくれた。
桑の木は増やしているのだが、まだまだもっとシルクの生産量は増やしてゆかなければならない。
このままでは一過性のブームで終わりかねないので、それを防ぐためにはシルクのウェディングドレスをウィル王太子とベアトリスの結婚式でベアトリスにも着てもらわなければならないし、トレーシーと俺との結婚式でもトレーシーに着てもらうつもりなのである。
早くトレーシーを助けに行かないと。俺の心の中では焦りが走る。
現実の俺はシルクのハンカチを渡された決勝トーナメント出場者に貴賓席から拍手を送っているのである。
決勝トーナメント参加者は多くが男性だったが、そうではない人も数名はいるようだった。武闘大会なので基本的に魔法は使えないが、多くの騎士も身体強化魔法を使っていることがあるので、そこについては黙認されている。
身体強化魔法を使うと男女の筋力差はなくなるのでそれをうまく使うことで勝利する女性冒険者も少なからずいるのである。
シードになったSクラス冒険者にも一人女性の冒険者がいる。その人、セシリアは見かけは楚々とした女性だが、戦闘ではモンスターをちぎっては投げる人に変貌するのである。彼女は容姿が整っているので多くの男性からは人気があるが、彼女が属している「竜の牙」パーティの男達は彼女の話をすると表情をなくす。
「い、いや、俺は彼女とは仕事上の付き合いだけだから。セシリアにはもっと他にいい男がいるはずだよ。」
そう言ってみんなそそくさと立ち去っていくのである。
「そうなの。私はだから男の人とまともに付き合ったことがないの。」
セシリアはあの舞踏会の時に少し酔った感じで俺と喋ったことがある。
「わかった。じゃあ私が紹介してあげよう。どんな男がいいんだ?」
「エドワード様と言いたいところだけれど、伯爵には王女殿下という許嫁がいらっしゃいますものね。だからあの人。」
彼女は一人の男を指さした。トーマスである。
「あ、あいつはいい男だけれどやめた方がいいな。」
トーマスには王都に最愛の人がいるのである。
「どうして私がいいと思う人には既に先約があるのよ。」
彼女は舞踏会の後半はからみ酒のようになっていたのである。
そういうことを考えているうちに決勝トーナメントが始まった。さすがに予選を勝ち抜いてきた選手達である。その戦いぶりは壮観であった。
観客も全力で応援している。きっと麦酒も飛ぶように売れているに違いない。
青の閃光のメンバーによると予選敗退した冒険者達への「(負けた)鬱憤はダンジョンで晴らそうぜ」ツアーも見事完売御礼になったそうである。
「一気にいくつものダンジョンを開放できたので、あの大人数をダンジョンの方に誘導できました。」
青の閃光はホッとしたように報告してくれた。
負けた冒険者達がナッシュビルの酒場や店で暴れるようなことがあれば自警団や騎士団の負担は大きくなっただろう。けれども、冒険者ギルドがそういう冒険者達を引き受けてくれたので警備の負担はずいぶん減ったみたいである。
おかげで安全に武闘大会を楽しむことができるのである。




