29.ありがと
経緯はよくわからないが、すっかりご機嫌になった双子は今にも鼻歌を歌い出しそうなくらい浮かれている。
ものすごくホワホワしていて、周囲に小さな花がふわふわ浮かんでいるエフェクトが見えそうなほどと言えば、どんな感じかはなんとなくイメージはつくんじゃないかと思う。
まあ、不機嫌でいられるよりはご機嫌でいてくれた方が、同じ空間にいる現状、いくらか過ごしやすいので構わない。
ピリピリ、イライラしている人と同じ空間にいるのってそれだけで気を遣うし、精神的な疲労感もあるし、あんまり好きじゃないんだよね。
人によっては他人の機嫌なんて気にしない・気にならない人もいるのかもしれないが、少なくとも私は気になってしまうタイプなのでね。
そういう時は別の部屋に移動して、さっさと居心地の悪い場所から離脱したくなる人も一定数いるはずだって信じてるから……。
「マツバ」
「何?」
「マツバは手当て、しないの?」
さて、これで片付けはおしまい。と救急箱の蓋を閉じたところで、首を傾げたハイドがそんな問いを投げかけてきた。
どうしてそんなことを訊いてくるのかと思ったけど、「だってマツバも兄ちゃんに殴られてたじゃん」と言って自分の左側の頬をトン、と指さすハイドになるほどと納得。
確かに取っ組み合いの喧嘩、というか殴り合いをした時にスオウからがっつり左頬をグーで殴られているので、今の私の左頬は赤く腫れあがっている状態だ(風呂場にいた時に鏡で見て確認したから間違いない)。
ハイドはそれについて言っているのだろう、と思えば、気まずげに視線を逸らしたスオウから「……ごめんな?」と何度目かの謝罪。
私も殴ったんだからお互い様、とスオウの謝罪には返して、ハイドの質問には首を振った。
「別にいい。慣れてるし」
「「うぐ」」
「ふ、」
「!?」
「マツバ今、笑った……?」
「笑ってない。……これくらい、冷やしておけばすぐ治る」
声どころか胸を押さえる、というリアクションすら揃える双子に思わず失笑。
それに反応した双子が素早く顔を上げ、じっとこちらを見つめてくるので、気付かれる前に表情を消して『なんのこと?』というスタンスを貫いた。
……スオウもハイドも、私のリアクションにいちいち注目してくるのは本当にやめてくれないだろうか。
こうも反応されたらおちおち笑うこともできやしない、とひっそりため息をついて、片付けの終わった救急箱を元の場所に戻そうと立ち上がった――んだけど。
「っ、ちょっと」
「俺たちに手当てしたのに、マツバにしないのはおかしい」
「は?」
「俺がマツバを殴ったから、俺がマツバの手当てする」
「……はぁ?」
歩き出そうとした私の服の裾を掴み、引き留めてきたのはスオウだった。
危うく救急箱を抱えたまま背中から転ぶところだった、と抗議の声を上げようとすれば、すかさずスオウの謎理論をぶつけられて頭の中にクエスチョンマークがポコポコ発生する。
(何がどうしてそうなる??)
スオウと手当て、という言葉がどうにも結びつかず、フリーズすること数秒。
その間にスオウは私が抱えていた救急箱をひったくるように取り上げて、ふたを開けて、がさがさと中を漁り……あ、ああぁ……私が折角きれいに片付けたのに……! ウワー!! ウワーッ!?
「さっきどれ使ってた?」
「これじゃなかったっけ?」
「おま、おまえら……あぁああ……」
「なぁマツバ、確かこれで合ってたよな? ……マツバ?」
「もう知らない……」
「「え」」
そんなに救急箱ぐちゃぐちゃにして、誰がそれ片付けると思ってるんだこの愚兄ども!!
後片付けのことを考えずに救急箱の中身をぶちまけた双子には『手当てが終わったら元通りになるように片付ける』と約束させて、それから渋々、仕方なく私はスオウの手当てを受けることになった。
といっても、スオウは手当ての仕方なんて知らないし、そもそも誰かの手当てをすること自体はじめてなので、私の指示・監修のもとでって感じだけど。
ひとまず目立つところだけでも手当てさせれば満足するだろうと、スオウには腫れた左頬に湿布を貼ってもらうことにした。
原寸サイズの湿布を貼るのは大きすぎるため、四分の一くらいの大きさに切ってもらい、それを左頬を覆うようにぺたりと貼り付けてもらう。
鋏なんて使い慣れているだろうに、湿布を切るスオウはめちゃくちゃゆっくりと時間をかけていたし、湿布を貼る時もぷるぷる手を震えさせていた。
手当て、なんて慣れないことをしているせいで、もしかしたら緊張していたのかもしれない。
それでも湿布はしわもなく、いびつに寄ることもなく、きれいに貼れているので器用なものだ。
貼られた湿布の上からするりと頬を撫でながら、初めてのこともそつなくこなしたスオウに少し感心する。
「ありがと」
「! ……おー」
またいつでもやってやるよ、俺はマツバの兄ちゃんだからな。
澄ました態度でそう言葉を続けるスオウだけど、唇はもにょもにょと落ち着きなく動いていて、残念ながら得意げな様子が隠しきれていない。
ふ、と私の口元にかすかな笑みが浮かんだ時、スオウの手当てをじっと見守っていたハイドが控えめに声をかけてきた。
「な、マツバ。……俺にもできること、ない?」
「…………じゃあ、絆創膏貼って」
『俺にもできること』というのは、この流れからして、おそらく手当ての話だろう。
スオウとハイドはなんでも一緒にやりたがる双子と言うか、双子だから同じことをしたがるというか、とにかくそういうところがあるので私の想像で間違いないはず。
案の定、擦り傷の場所を示して絆創膏を貼ってほしいと言えば、ぱああっとハイドの表情が輝いた。
ちょろいというか、素直というか……まあ、今だけだろうし、野暮なことは何も言うまい。
右腕を持ち上げ擦り傷をハイドの目の前に来るようにして、貼る場所と使う絆創膏の大きさを指定し(大中小のサイズがあるので、今回は中くらいの絆創膏を指定した)、あとはハイドに任せる。
ぺりぺり、と接着面を保護するシートをはがして絆創膏を持つハイドの手もやっぱり震えていて、ぺた、と貼られた絆創膏はちょっとだけしわができてしまった。
失敗した! とハイドの表情がくしゃりと歪むが、……まあ、初めてにしては上々だろう。
ちゃんとガーゼの部分で傷は覆われているし、しわと言ってもそこまで大きなものじゃない。
これぐらいなら許容範囲の失敗というか、私もたまにやってしまうので、たいして気にするほどのことでもなかった。
「ごめん、マツバ……俺……」
「なんで?」
「えっ」
「ちゃんと傷の保護できてるし、謝るようなことないでしょ。……ありがと」
ずーん……と落ち込むハイドにフォローの言葉をかけて、薄く笑いかける。
するとハイドはたちまち持ち直したらしく、俺もマツバの兄ちゃんだからなと、はにかみながら笑って言った。
……そんな私たちを見ていたスオウがハイドに絡みだし、始まった言葉の応酬。
次第に雲行きの怪しくなるそれに嫌な予感がしたのだけど、でも、その時点でちゃんと止まるようなら、私だって何も言わなくて済んだ。
しかし結局、双子は片付けもせず殴り合いの喧嘩を始めようとするものだから、再び私が雷を落とすことになったのは当然の帰結というもの。
――なお、私が話している間は双子に正座をさせて、話し終わったあとは痺れた双子の足をつついて悲鳴を上げさせる一幕もあったのだけど、阿鼻叫喚の地獄だったのでそこは割愛させていただくことにする。
明日で第一部?第一章?は完結の予定です。よろしくお願いします。
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