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オトギリさんの生存戦略  作者: 遠野
マツバの生存戦略編

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21.私なんか悪いことした??


 ――芽吹いた新たな疑問が気にならないと言えば嘘になるけど、正直、今はシギを気にしているどころじゃない! というのが私の本音だ。

 ただでさえ自分の家の問題児どもに手を焼いているのに、新しい厄の種なんて持ってこられても困るとしか言いようがない。

 なにしろあの双子たちの反省が形だけのものなのか、心からのものなのかの判断がつかない以上、しばらくは経過観察が必要なわけで……その間、すべて嘘だった場合を考慮して私は気を張っていなくてはいけないから、なおのこと面倒事を増やさないで欲しい気持ちがあった。


 とはいえ、ムスカリさんには義父の付き人として大変お世話になっているのもまた事実。

 すげなくお断りの返事をするわけにもいかないので、『機会があればそのうちに』とやんわり、遠回しに、日本式のお断りをさせていただくことにした。

 ムスカリさんは大人で紳士な方なので、この断り方でも十分こちらの意図は伝わるはず。

 心配があるとすれば、ムスカリさんへの断り文句がシギに伝わり、ヤンデレ予備軍のシギが私の回答を曲解してオトギリ家に押しかけてくるというパターンだけど……マ、いい子ちゃんまっしぐらな時代のシギだしそんなことはないでしょと高を括ることにした。


 ――人はこれをフラグと呼ぶのだが、精神疲労度が赤ゲージに達して思考能力の低下した私が気付くことはなかったのである。



「お義父(とう)さん、いる?」



 ムスカリさんの電話を保留にしてリビングへ行けば、義父と双子が何やら話しているところのようだった。

 ひょこりと部屋に顔を出し、義父にムスカリさんからの電話が来ていることを伝えなければと呼びかけると、……えっ何その反応?

 目をカッと見開いて私を見つめる義父の反応が控えめに言って怖すぎるんだけど、



(……いやほんと待って何? 私なんか悪いことした??)



 瞳孔が開き気味の目で食い入るように見つめられるのってこんなに怖いんだな……と、幼女が若干腰が引けてしまうのも仕方がない話である。

 だってあまりにも怖すぎる。

 威圧感がどうこう、と言うより、ただただ不気味なのが怖いって感じだ。

 お義父様が大好きな小さいマツバも心の中で震え上がって涙目である。

 そうだね、大人の精神が混じった私でさえ怖いって思うくらいだし、純粋な幼女成分がぎゅってまとまった小さなマツバが怖くないはずないよね……!



「マツバ……?」

「な、何……?」

「『おとうさま』って、いままで、」

「え」

「さっきまで『おとうさま』って呼んでた!!」

「え」



 ギャンッ! と癇癪を起したように叫ぶ義父の姿に、一瞬思考が停止して。

 あ、なんかこれ面倒臭いスイッチ入ったのでは? と気付いた途端、表情がスンッと抜け落ちた。


 視界の端っこにはソファに座っているスオウとハイドが映り込んでいるのだが、その二人も虚無顔というか、とにかく『無』って感じの表情になっているので、おそらく今この瞬間においては私たち三人の心は一致していることだろう。

 ……なんか、双子とわかり合える日が来るとは思わないけど、義父の奇行に関してのみ共感することくらいはできそうだなって気がしてきた。

 なんせそれほどまでに、義父の奇行に私たち三人は揃ってドン引きしているので。


 わなわなと震える義父がなんで、どうしてと、呼び方が変わったことに対して猛抗議してくる。

 肩を掴んで前後に激しくぐわんぐわん揺さぶられて、……アッむりこれなんかすごい酔いそう。



(というか絶対に酔う!)



 吐きたくないし吐いたものを片付けるのも面倒なので、義父におかれましては早急にやめていただきたいところ。いや本当に。


 変わったと言っても様付けがさん付けになったくらいで、私からすればそんなに騒ぎ立てるほどのことか? と首を傾げてしまう程度の違いしかないんだけどなァ……。

 でも、義父にとってはかなりの大事(おおごと)だったようで、私が答えるまで梃子でも動いてくれない気配を感じる。

 私としてはムスカリさんを待たせているから、義父にはなるべく早く電話を取りに行って欲しいんだけど、……この様子じゃさっさと呼び方を変えた理由を話した方が早そうだ。


 なお、義父がその理由に対して納得する・しないについてはこの際、問わないものとする。

 義父の納得云々より、仕事の関係で電話してきたムスカリさんを待たせ続けることの方が、私にとっては大きな問題なので。



「ねぇマツバ、どうして――」

「私がそう呼びたかったから、呼んだんだけど……」

「え」

「駄目? あの二人も、お義父さんのことは『父さん』って呼んでるのに?」



 正確には、『お義父様』呼びはなんかむず痒くて恥ずかしくて無理なので『お義父さん』呼びにしたい、というのが私の心情。

 だけどわざわざそれを馬鹿正直に告げることもないので、双子の真似っ子をしたいお年頃の義妹……という体(てい)でこの場は通させてもらうことにする。

 これくらいの年頃の子って、なんとなくお兄ちゃんとかお姉ちゃんの真似っ子をしたがる傾向がある気がするし、理由としてはそこまで悪くない理由なんじゃないかな。たぶん。

 ……問題があるとすれば『双子のことは好きじゃない』と断言した私が双子の真似っ子をするなんて有り得るのか? という点だけど、そこを突っ込まれたら『本当は前々から呼んでみたいと思っていた』って主張でゴリ押そうと思う。

 ちょっと――いやかなりサイコパスなところがあるものの、なんだかんだマツバに甘い義父なので、そう言えば押し通せるだろ! と割と雑な思考で考えている。



「……………………そっか」

「うん」



 苦虫を二、三匹くらい一気に噛み潰したような顔で、渋々、本当に渋々義父は諦めてくれたらしい。

 私の肩を掴んで揺さぶる手をそっと外し、義父は哀愁を漂わせながら自身の肩を落とした。


 ……最終目標は双子と同じ『義父さん』呼びだけど、さすがにいきなりそこまで進めるより『お義父さん』呼びの方が幼女っぽくていいかなーと思った結果のあの呼び方で、大げさなまでのこの反応だもんな。

 様付けがさん付けに変わっただけでこれとか、接頭語を残しておいたのは案外賢明な判断だったのかもしれない。

 過去の自分の判断に心の中で惜しみない拍手を送りつつ、呼び方についてはようやくケリがついたものとしてムスカリさんから電話が来ていることを伝えれば、見るからに落ち込んでいる義父はとぼとぼと固定電話の方へ向かっていった。



(うーん……)



 こうして見るとごく普通の、若干娘バカの気があるお義父さんって感じなんだけどな。

 何がどうしてああなるんだろう、と風呂場での出来事を思い返してちょっぴり遠い目になる。

 できればもう、あの状態の義父さんと話すのは遠慮したいなァ……と心の底から思いながら、私はひとつため息を吐いたのだった。


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